21.船着き場の停滞
果てが見えないほどの大きな河口。爽やかな風が吹き抜ける。雲一つない晴天だ。
白い海鳥が気持ちよさそうに空を飛び回っている。
大きな船着き場にはいくつもの船が停泊している。何百人も乗れるであろう船は、揃いも揃って帆を畳んでいた。
そして、人、人、人。みんなウンザリした顔をしている。
シノブはルリットとはぐれないように手を繋ぎ、水夫に話し掛けていた。
水夫は慣れた口振りで言い放つ。
「船は出ねぇよ! クラーケンが出るから!」
「くらーけん?」
ルリットが尋ねると、水夫は深いため息をついた。
「こ〜〜んなデッカイ、イカさ! まさに悪魔だよ、悪魔! 商売上がったりだぜ」
水夫はぶつくさ言いながら去っていこうとする。その水夫に、また誰かが話しかけた。
「なあ君、船は出ないのか?」
聞いたことのある声にシノブは息を呑んだ。水夫は遂に堪忍袋の緒が切れて「船は出ねぇよ! クラーケンが出るんだ!」と怒鳴っている。怒鳴られた人物は、やれやれと首を横に振る。
「セリオン……!」
シノブは思わず構えた。ルリットがシノブの手を強く握る。
二人の気配に気付いたセリオンが、フッと振り向いた。
「ほう……どうやら俺達は何かと巡り合う運命らしいね」
ヒュ〜、と口笛を吹くセリオン。シノブは真剣な表情で後ずさる。セリオンは両手をひらひらと振って敵意がない素振りを見せた。
「こんな人混みのど真ん中で戦うわけないだろう? スマートじゃない。ルーザならともかくな」
ルリットがグイグイとシノブの手を引く。
「い、行こう! シノブお兄ちゃん!」
セリオンはそれを聞いてニヤッと笑った。
「こりゃ随分嫌われたもんだ」
ルリットは怯えを隠さない。シノブはルリットに従い、人混みの中に紛れて消えようとした。
セリオンは1歩踏み込んだ。
「まあ待ちなよ。船が出なくて困ってるのは一緒じゃないか。実はさ、俺も急ぎなんだよ」
ざわざわと人々の声が船着き場に溢れている。シノブはセリオンに鋭い目線を向け続ける。
セリオンは意味深に微笑んだ。
「一緒に倒そうじゃないか。クラーケン」
シノブは数秒考えたが、やはり信頼できないと結論付けた。今までのセリオンの行動データに信頼できる要素など1ビットもない。
「お断りでござる」
「ならいつまでも向こう岸には行けないぞ? 何か目的があるんだろ?」
知ったような態度に、シノブはカチンときた。
「今お主から情報を聞き出してもいいのでござるよ」
「言うねぇ、戦えないくせに」
人々の地を這うような声。水に揺れる船が軋む音。その時、船着き場に大きな声が響いた。
「皆様の中に、クラーケンと戦える方はいらっしゃいませんか! 今から討伐の船を出します!」
船着き場が一瞬ざわめき、そして水を打ったように静まり返った。
「行かせてもらおう」
沈黙を破るように、セリオンが手を上げる。
「ああ、それと──」
その手を降ろしてシノブを指差した。シノブは呆然と指の先を見つめる。
「そこの勇気ある少年も行くそうだ」
瞬間、人々の目線がシノブに集まった。シノブはぶんぶんと首を振る。
「いやっ、拙者は……!」
セリオンは畳み掛ける。
「そう謙遜するなよ。君はめっぽう腕が立つし、勇気も人一倍。な、シノブくん?」
ねっとりと名前を呼ばれ、シノブは顔を引き攣らせた。
「こ、の……!」
周囲の人々が沸いた。拍手をする者すら現れる。
「なんて勇気のある人たちなんだ!」
「どうかクラーケンを倒してくれ!」
セリオンはシノブにウインクした。シノブは苦虫を噛み潰した様な顔で頭を抱える。
ルリットは人々の異様な興奮に怯え、シノブの背に隠れた。




