20.春惜しむ
シノブはぐるぐると右肩を回す。滑らかな動きに、満足そうに頷いた。新しいパーツは違和感なく馴染んだ。
「問題はなさそうね」
ベロニカは安心した様子で、工具を片付ける。
「流石は世界一の技術者でござるな」
「もう、おだて上手ね」
「事実でござるよ」
シノブはフッと笑った。
遠くから行政放送の音がする。
『中央広場の立ち入り禁止は、本日から解除──』
あの夜から1週間。街は瞬く間に元の姿に戻っていく。
無論、カラクリを危険視する声も上がった。だが、結局は共存するしかないというのがメカニケルの街の結論だった。
部屋のドアが開いた。
「シノブお兄ちゃん! もう元気になったの?」
ルリットがシノブの胸に飛び込む。シノブはそれをそっと受け止めた。
「うむ! 元気百倍でござる!」
「良かった〜!」
ルリットの手には白い花が握られている。5枚の花弁は少し元気がなさそうだ。
「お花! これだけしか咲いてなかったけど……」
ベロニカが花を見て、思い出したように声を上げる。
「その花はそろそろ時期が終わるわ。……もう春が過ぎるのね」
ルリットは花を見つめて、それからシノブに差し出す。シノブはそれを受け取った。
ルリットは小首を傾げる。
「次は? また春になったら咲く?」
ベロニカは笑って頷いた。
「ええ、もちろん。また来年も、その次も」
窓から温かな風が吹き込む。ざわざわと若葉の騒ぐ音。もう新緑の季節だ。
◆◆◆
「ベロニカ殿、世話になったでござるな」
研究所の庭。シノブとルリットが、ベロニカと向かい合っている。
シノブはベロニカと握手をした。ルリットはペコリと頭を下げる。
「またね、ベロニカさん!」
「ええ、またねルリットちゃん」
ベロニカは研究所を振り返って、微笑んだ。カタカタと規則的な歯車の音。
「いつでも帰ってきてね。自分の家だと思ってくれていいから」
「かたじけない」
そして、ベロニカは少し不安そうな表情を見せる。
「ウィンドリの町まで行くのよね?」
「うむ。港町なら情報も集まると思ってな」
ルリットはぴょんぴょん跳ねる。
「ママを探すの!」
ベロニカは南の空を見る。ウィンドリの町の方角だ。
「あの町に行くなら、途中、大きな河口を渡るの。気をつけてね」
「かこう?」
ルリットの声に、ベロニカは
「川の終わりの部分よ。船で渡るの」
と優しく答えた。
「お船!」
ルリットは目を輝かせた。
「行こうよ、シノブお兄ちゃん! ルリット早くお船に乗りたい!」
ルリットがシノブの手を引く。シノブは名残惜しそうにベロニカと研究所を見た。そして、ルリットの方を向いて歩き始める。
「行ってらっしゃい、二人とも」
ベロニカが手を振る。ルリットもそれに返すようにぶんぶん手を振った。
無数の煙突と、空を覆うような煙。その向こうに、青い空が覗いていた。




