15.カラクリ兵
「カラクリ兵さん、今日も来なかったんだ」
食事をしながら、ルリットは寂しそうに呟いた。シノブは慰めるように、汚れたルリットの口元を拭いてやる。
「きっと仕事で忙しいのでござるよ」
「そうかなぁ……」
ベロニカの研究所に滞在し、今日で1週間になる。
「シノブくん! 明日の夕方、パーツが届くそうよ」
食事の場にやって来たベロニカは、サンドイッチを口に運ぶ。
「おお、ありがたい」
「私としてはありがたくないわ。もっと研究したかったのに!」
「拙者はもう御免でござるな」
やれやれと首を振るシノブ。ベロニカは食事中も設計図片手に研究に勤しむ。
夜、ルリットを寝かしつけたシノブは、ベロニカが書き上げた自身の設計図を眺めていた。
「いい出来でししょ?」
ベロニカが温かいコーヒーを啜る。シノブは顔を顰めた。
「カフェインを摂ると眠れぬぞ」
「かふぇいん?」
「……何でもござらん」
ベロニカは一つ伸びをして、大きな溜息をついた。
「いいのよ、眠りたくても眠れないから。カラクリ兵を探さなきゃね」
「まだ見つからぬのか」
「ええ。自分が作った物なのにね」
カラクリ兵が行方不明となったのは4日前。知らせが届いてから、ベロニカはほとんど寝ずにカラクリ兵を捜索している。
「街中に探索用のカラクリを飛ばしてるけど、全然駄目だわ」
握り拳くらいの、小さな探索用のカラクリ。カラクリ兵の電波をキャッチできるというが、未だに反応はないらしい。
「何があったのかしら……。もし、万が一の事があったら──」
「万が一、とは?」
シノブは尋ねた。真剣な眼差しである。
「どこかで壊れていたら、という心配でござるか? それとも、逃げ出していたら? あるいは……人を傷つけたら?」
「何が言いたいの、シノブくん」
シノブはそっぽを向いた。
「何でもござらん」
ベロニカは、また一つ溜息をついた。
「全部よ、全部。私にとってカラクリたちは子供みたいなものなの。だから、あの子たちが傷つくのは嫌だし、人を傷つけてしまうのも嫌」
シノブは毒気を抜かれたような表情でベロニカを見つめた。赤い瞳が揺れている。
しかし突如、その目が鋭く光る。
「その大切な子を、廃棄するのでござるか?」
怒っているわけではない。責めたいわけでもない。ただ、シノブは知りたかった。
ベロニカは静かに目を閉じ、コーヒーを机に置いた。
「これは責任なの。製作者である、私が背負う責任」
優しい声色。しかし、どこか力強く芯のある声。
「壊れる前に止めてあげるの。働けなくなる前に、不本意なことをする前に──。苦しまないように。それが責任」
規則的な歯車の音。シノブは反芻するように、ベロニカの言葉を繰り返した。
「責任……」
シノブにはなんとなく分かる気がした。働けなくなって、存在する意味を失う前に終わらせる。それがベロニカの言う“責任”なのだ。
「だから探さなきゃ。あの子を、この手で見つけないと」
「……で、ござるな」
シノブは頷いた。ベロニカの答えに、どこか安堵している自分がいた。また、これほどまでに製作者に愛されるカラクリ兵を羨ましくも思った。
シノブは回る歯車をぼんやりと見つめた。胸の奥で、コアが複雑に蠢いているような気がした。
◆◆◆
翌日。今日も子供達は楽しそうに遊んでいる。
庭には穏やかな光が降り注ぐ。
ふと、ルリットは遠くに見慣れた影を認めた。
「あっ、カラクリ兵さんだよ!」
ルリットはぴょんぴょん飛び跳ねて、嬉しそうだ。他の子達が、カラクリ兵の方に駆けていく。
カラクリ兵は研究所に真っ直ぐ歩く。子供達がその巨体にまとわりつく。ルリットは庭で手を振って、カラクリ兵を待っている。
「なー、カラクリ兵! どこ行ってたんだよ!」
「……」
カラクリ兵は何も答えない。歩くだけだ。
「カラクリ兵? どうしたんだ?」
「……」
ガシャン、ガシャン、と足音だけが響く。まとわりつく子供達が首を傾げる。
「なあ、カラクリ兵ったら!」
とん、と子供のひとりがカラクリ兵を軽く小突いた。その瞬間。
「……人間ガ イケナイ ンダ!」
カラクリ兵が手を振り上げた。明らかな攻撃の予備動作に、子供達が固まる。
ルリットは目を見開いた。
「駄目……ッ!」
瞬間、紋章が光り輝く。カラクリ兵の動きが一瞬止まった。我に返った子供達が散り散り逃げ惑う。
「人間ガ……イケナイ……人間ガ……!」
カラクリ兵はブツブツと呟きながら、踵を返して去っていく。子供達の泣き声が響く。
「カラクリ兵、さん……?」
ルリットは呆然と、カラクリ兵の背中を見つめていた。




