13.ベロニカ博士
カラクリ兵に連れてこられたのは、2階建ての建物だった。外壁には大小の歯車が音を立てて回っている。中で何かをしているのか、建物全体が時々ガタガタと揺れた。
「あの……これが街一番の技術者の研究所でござるか?」
もう少し近代的でシャープな建物を期待していたシノブは、不安を覚えた。
「ベロニカ博士 ハ 世界 デ イチバン!」
カラクリ兵の言葉をルリットが唱和する。
「世界でいちばーん!」
シノブは腹を決めた。とにかく診てもらうしかない。
◆◆◆
数十分後、研究所にて。
「本当にカラクリだわ……!」
白衣を着た中年の女が顔に両手を当てた。満面の笑顔であった。短い黒髪を振り乱している。
彼女こそがベロニカ博士であった。
「すごい! すごいわ! こんなすごいカラクリが存在するなんて!」
診察台のようなものに寝そべっているシノブは、不安そうな表情である。
右肩の皮膚パーツがめくられ、内部が露出している。複雑に入り乱れた色とりどりのコード。チカチカと点滅する小さな光。
全てがベロニカにとっては衝撃的だった。シノブの内部を覗き込んでは、紙に何かを書き込んでいる。
「あの、拙者は右肩のパーツを直して欲しいのでござるが」
「なんて滑らかな喋り方! 自然な感情表現……!」
ベロニカがシノブの肩をガシッと掴む。あまりの勢いにシノブは気圧される。
「ルリット殿が待っておる。早く戻らねば……」
「大丈夫! あの子なら外でカラクリ兵と遊んでるわ!」
確かに、庭の方からルリットの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「カラクリ兵さ〜ん、こっちこっち!」
「ルリット カケッコ 上手 デスネ!」
ルリットの声に、シノブはホッと胸をなで下ろした。
ベロニカはシノブの右肩にぐっと顔を寄せた。
「で、ええっと、肩の……この関節みたいな部分かしら? 確かにひび割れてるわね」
シノブは頷く。
「このパーツだけ交換したいのでござる。作れるだろうか?」
ベロニカは、う〜ん、と考えたあと笑顔になった。
「素材は一緒にはできないでしょうけど、同じ形のパーツなら作れると思うわ」
「まことか! ありがたい!」
ベロニカは鉛筆で設計図を描き始めた。丸っこい図形。シノブの肩パーツだ。
「これを発注して……。あ〜、でも特注だから急いでも1週間はかかるわね。それまではウチに居ても大丈夫よ」
ベロニカはシノブをまじまじと眺め、ニコッとした。
「というか、居なさい。研究、させてくれるでしょ?」
「そ、それは……」
シノブが言い澱んでいると、ベロニカは、
「タダで直してあげるから、ね」
とひと押し。シノブは折れた。
◆◆◆
「ルリット殿ー?」
ようやくベロニカから解放されたシノブは、庭に出てルリットを探す。するとそこには、見慣れない数人の子供達が。
「ルリット! つかまえたー!」
鬼ごっこをしているようだ。ルリットは三つ編みを揺らしながら、子供達の間を駆け回る。
「じゃあ次はルリットが鬼! い〜ち、に〜、さ〜ん!」
「逃げろ〜!」
シノブはその様子を眺め、微笑んだ。はしゃぐ子供達を見るのは久しぶりだった。遊園地では毎日のように見ていた光景だ。
カラクリ兵はいつの間にか消えていた。仕事に戻ったのだろう。
シノブの後ろから、ベロニカが話し掛ける。
「ウチ、子供達の溜まり場になっちゃってるの。ま、楽しそうだからいいんだけどね」
「絶景かな、絶景かな……」
とても穏やかで幸せなそうなシノブの表情を、ベロニカは興味深そうに眺めた。
「子供が好きなのね」
シノブは子供達を見つめながら、静かに頷いた。
「拙者の仕事は人を──子供を楽しませる事。拙者にとって、子供の笑顔ほど素晴らしいものはないでござる」
庭にひらりと蝶が舞う。なんとも美しい午後だった。




