10.地下からの脱出
セリオンがレイピアを突き立てる。シノブはルリットを抱え、部屋の端にひらりと逃げた。
懐からナイフを取り出す。しかし、シノブは攻撃できない。人に危害を与えるのは禁止されている。
(どう切り抜ける……!)
「シノブお兄ちゃん! 横!」
「なっ!?」
凄まじい勢いでセリオンが距離を詰めてくる。飛んできたレイピアの尖先をナイフで弾く。
セリオンがニヤリと笑った。
「隙あり!」
重い蹴りがシノブの右肩を襲った。ぱきん、と内部から小さな音がした。
セリオンは首を傾げる。
「今の……人間を蹴った感覚じゃなかったな」
「左様。拙者はロボット」
「……ろぼっと? あ、もしかしてカラクリのことかい? ……と、いうか」
セリオンがゆったりとした動きでシノブに迫る。そして、シノブの腕を握った。セリオンは、ナイフを自身の首に当てさせた。
「あ……!」
シノブはセリオンの手を振りほどき、ナイフを引っ込めた。ルリットは唖然とした様子でシノブを見つめた。
「シノブお兄ちゃん、どうして……!?」
シノブはルリットを抱き締める。その内部では警報音が鳴り響いている。
人間を傷付けるな、殺すな、と。
セリオンが静かに迫ってくる。
「やっぱりな。あんなに強いのに防戦一方なのはおかしいと思ってたんだ」
シノブはじりじりと後ずさる。セリオンの目が据わる。しかし、口角だけは薄っすらと上がっていて気味が悪い。
「殺せないんだな、君」
「……!」
(見抜かれた以上、戦えば負ける!)
シノブは意を決してセリオンの脇を走り抜けた。扉を潜り抜け、とにかく走る。
ルリットを抱えているため、無茶な動きはできない。セリオンが追い掛けて来る。
「逃さないよ」
セリオンが何かを唱えると、地下水道の水がみるみる凍っていく。セリオンその上を滑るように走り、シノブに追い付いた。
「は、速い……!」
「さあ、その子を渡すんだ!」
伸びてきたセリオンの手を、シノブは間一髪で躱す。
「シノブお兄ちゃん!」
「ルリット殿、しっかり掴まるでござる!」
(なにか、なにか方法はないか……!?)
シノブは、顔を上げる。地下水道の天井からパラパラと石の破片が落ちてきた。
古い天井だ。衝撃を与えれば崩落するだろう。
(拙者が直接手を下さない方法なら──!)
シノブは全力疾走しながらルリットに話し掛ける。
「ルリット殿、力を使えぬだろうか!?」
「ええ!?」
まさに崖っぷち。シノブだけではどうにもならない。情けない事この上ないが、ルリットの力に頼る他ない。
「一瞬だけでも、奴を止めるのでござる!」
「ルリット、そんなすごい事……」
「できる! ルリット殿なら絶対にできるでござる!」
そうしなければ捕まって終わりだ。
「追いかけっこも飽きてきた。決着といこうか」
セリオンは氷のつぶてを乱射し、更にレイピアをシノブに突き立てようとした。もう避けられない。
尖先がシノブの目に突き刺さらんという、その瞬間。
「シノブお兄ちゃん……!」
ルリットは目をつむり、両手を握りしめた。シノブを助けたい、その一心だった。
その祈りに応えるように、手の甲の紋章が眩く光った。暗い地下水道がパッと照らされる。
氷のレイピアがピタッと止まり、そのまま地面に落ちる。カラン、と冷たい音が響いた。
セリオンの動きが止まったのだ。
「今だ!」
シノブは天井を重く蹴り上げ、その場から飛び退いた。次の瞬間、セリオンが目を見開いた。
同時に天井がガラガラと音を立てて崩れる。
「な──っ!?」
ガラガラ、ガシャーン!
セリオンの上に大量の瓦礫が落下した。避ける事もできず、下敷きになる。
足元の氷が割れて、セリオンは瓦礫ごと水に沈んだ。
崩落の轟音を後ろに聞きながら、シノブは地下を走り抜ける。腕の中でルリットは静かに驚いていた。
「今の、ルリットがやったの……?」
「うむ、紛れもなくルリット殿の力でござる」
ルリットは手の甲を見つめた。小さく震えている。
既に光を失った痣。ルリットは小さな手を胸の前で手を握りしめた。
「シノブお兄ちゃん、ありがとう」
「こちらこそ。危機一髪でござった。ルリット殿のおかげでござる」
二人の目の前に光が差す。地上への出口だった。
◆◆◆
二人が去った地下道。ザバ、と水から誰かが抜け出した。
「やってくれたね……全く……」
セリオンだ。全身びしょ濡れである。濡れた髪をかき上げる。黒い真珠の瞳が静かに光っていた。
「面白い展開になってきたじゃないか」
セリオンはゆっくりと、余裕たっぷりにその場を後にした。




