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第38話 憎しみを越える理由

【エピソードタイトル、越える→超える】「デルフィーナ! 駄目!」


 駆け寄り、必死にデルフィーナの手を掴む。


「セレーネ、手を離して! わたくしはザカリア様を殺さなくてはいけないのっ……」


 ザカリア様は、こうなることがわかっていたのか、まったく動じておらず、デルフィーナの短剣をサッと奪った。


「兄上に、俺を殺すよう命じられたか」

「ち、違うわ! ルドヴィク様は関係ないわっ!」

「ジュスト、剣を抜くな。デルフィーナに殺意はない。死ぬために戻ってきただけだ」

 

 暴れていたデルフィーナは、ザカリア様の言葉を聞き、おとなしくなった。


「なぜ、わかったの……」

「渡された睡眠薬を使わなかったからだ。兄上は俺に睡眠薬を飲ませ、確実に殺せと指示した。違うか?」

「まるで、わたくしの心がわかるみたい……いいえ、わかるのね? ロゼッテの力で……」


 ザカリア様がロゼッテの力を奪い、心を読めるようになったことに、デルフィーナは気づいたようだ。

 殺意がないと言い切れたのも、力を使ったから。

 

「ロゼッテを王宮から追い出し、王女の地位を奪うために力を失わせたのでしょうっ……! なんてひどいの!」


 デルフィーナは床に伏せ、泣き崩れた。


「いいえ。ロゼッテは王女として、王宮で育てます」

「嘘おっしゃい! わたくしがセレーネを虐げたようにロゼッテにも同じことを……!」


 私がしないと言っても信じてもらえそうにない。

 ザカリア様でも、それは同じ。

 どうすれば、わかってもらえるのだろうと、思っていた私たちの前に現れたのは――


「ザカリア様を殺しちゃ絶対ダメだよっ!」

「お母様! ザカリア様を殺さないで!」 


 ルチアノとロゼッテだった。

 困り顔の侍女たちが、二人の後ろをついてきて、私に謝った。


「ルチアノ様が突然、ザカリア様が殺されるって大騒ぎされて……」

「止められず、申し訳ありません」


 ロゼッテは泣きながら、デルフィーナに抱きついた。


「おねがい、お母様。死なないで……わたし、わたしっ……いい子にするから……」 

「ロゼッテ……」


 デルフィーナは泣きじゃくるロゼッテに戸惑っていた。

 死を覚悟して、ルドヴィク様の元から王宮へやってきたはずだ。

 その覚悟は、ロゼッテを前にして揺らいでいた。


「デルフィーナ。ロゼッテは力を失っている。もうお前には、俺を殺す理由はなくなった」

「わたくしに殺す理由がなくなっても、あなたはこの先、ずっと命を狙われるわ……」

「そうだな」


 ザカリア様は、なぜか私のほうを見る。


「どうかされましたか?」

「いや、別に」


 隠し事だろうか。

 私にデルフィーナの心を読む力はないため、なにを考えていたかわからない。

 

「それに、セレーネはわたくしを憎んでいるでしょう? そんな相手に我が子を預けられるわけないじゃないのっ!」


 デルフィーナは渡さないとばかりに、ロゼッテを抱き締める。


「そうね。デルフィーナの言うとおりよ」

「ほら、ごらんなさいっ!」

「私はあなたに殺されかけたのだから、好きにはなれないわ。それに、七年間、民を虐げ続けたことも赦してない」


 デルフィーナは黙った。

 私を殺そうとしたのは、すでに二度目である。

 そして、荒れ果てた王都――領地の現状を知らなかったとは言わせない。

 民も処罰なしでは、納得しないだろう。


「デルフィーナだけでなく、ルドヴィク様にも罰を受けていただきます」


 ザカリア様や大臣たちと話し合った結果、ルドヴィク様が退位しても、王族としての権利や財産を与えず、離宮にて過ごすことが決まった。

 幽閉に近い生活である。


「そして、デルフィーナ。あなたは修道院へ行き、神に仕え、残りの人生、人々のために尽くしてください」

「わ、わたくしが修道女に……?」

「処刑されなかっただけ、ありがたいと思え。お前は王の弟である俺と、王子、王子の母親の命を狙った罪人だ」


 当然、死刑にするべきという声も出た。

 けれど、それよりも、デルフィーナは虐げた民への贖罪をしながら、生きたほうがいいと判断した。


「修道院で暮らせば、時々はロゼッテにも会えるわ」

「セレーネ。なぜ、わたくしを殺さないの? わたくしなら殺していたわ!」


 夫と王妃の地位を私から奪ったデルフィーナ。

 もちろん、過去を思い出して苦しくなる日もある。

 けれど、私は――


「あなたを殺さないのは、私がルチアノの母親だからよ」


「母親だから……」

「私にはルチアノがいる。だから、人として恥ずかしいことはできない」


 ルチアノは驚いた顔をし、私を見る。

 私はルチアノに微笑んだ。

 そして――ザカリア様にも。

 二人は私から、憎しみの心を消してくれる。


「私が二人を赦せば、ルチアノは、将来きっと思いやりある王になるでしょう。そして、ロゼッテも慈悲のある王女に育つわ」


 ルチアノは強くうなずいた。

 ロゼッテも涙をぬぐい、うなずく。


「だから、デルフィーナ。あなたはロゼッテに対して、恥ずかしくない生き方を選んで。もう私たちは王妃ではないのだから、自分の意思で選べるはずよ」


 お妃候補の時も、王妃になってからも、私は実家の侯爵家やルドヴィク様のことを考え生きてきた。 

 それは、デルフィーナも同じ。


「お母様、お願い。お父様のように、わたしを捨てないで」


 最後はロゼッテの一言が、デルフィーナの心を動かした。

 

「わかったわ。命まで奪わずにいてくれて……ありがとう、セレーネ」


 ロゼッテを抱き締め、デルフィーナは生きる道を選んだのだった。

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