第35話 忌まわしい力 ※ザカリア
『ロゼッテ王女は王宮にて、お育てするようにと、ルドヴィク様がおっしゃっていました』
その言葉を兄上の 侍従から、聞いた時、俺はなにも答えることができなかった。
――兄上は、自分の娘であるロゼッテを捨てるのか。
兄上は孤独を味わったことがない。
贅沢に慣れ切った兄上は、どれほど自分が恵まれているのか、わからないのだ。
セレーネやルチアノと、共に城で暮らし始めてから、家族がどんなものであるか、ようやく理解できた俺とは違う。
――簡単に捨てられるものではない。
二人を守るためなら、俺はなんでもしよう。
今の俺には、それくらい大事な存在になっていた。
「ジュスト。周囲を見張ってくれるか」
ジュストは黒い目を細めた。
俺がなにをしようとしているのか、ジュストにはわかったのだ。
「力を使われるのですか?」
「ああ」
「わかりました」
俺の力がなんであるか知っているジュストは止めなかった。
ジュストを連れ、ロゼッテ王女の部屋へ向かう。
「わたし、馬鹿じゃないもん……馬鹿じゃない……」
暗い部屋の中から聞こえてくるのは、ロゼッテの声だった。
耳を塞ぎ、頭をクッションで覆い、震えている。
ずっとこの調子だった。
「悪くない、悪くないのに……」
ロゼッテが繰り返す言葉は同じで、中身がなかった。
現実と夢の狭間の中にいるロゼッテに、声をかける。
「ロゼッテ。今、聞こえないようにしてやる」
俺の心を読んだのか、ロゼッテは涙に濡れた目を向けた。
「ほんとう? わたしを助けてくれるの?」
クッションが床に落ちた。
誰も自分を助けてくれないと思っていたのだろう。
「わたし、嘘つきで悪い子なのに?」
デルフィーナから言われ、嘘をつき続けてきたからか、ロゼッテは自分を悪い人間だと思っているようだった。
「過去のお前に向けられた悪意のすべてを、俺が引き受ける。だから、もう忘れていい」
俺が頭をなでると、ロゼッテは、ホッとした表情を浮かべた。
「ジュスト。周りにルチアノはいないな?」
「はい」
ジュストがうなずくのを見て、力を使った。
一度だけ使える俺に与えられた忌まわしい力。
『力を奪い、自分の力にする能力』を。
そして、それは一度奪えば、二度と元の持ち主には戻らない。
『お父様……お母様……。ロゼッテのこと、嫌いにならないで……』
ロゼッテの心の声が聞こえた。
力を使わないようにすることを学んだ自分と、学ばなかったロゼッテ。
心の声を聞かないように、力を使わずにいることもできる。
「ジュスト。侍女を呼べ。これで、ロゼッテのそばに、侍女を置いても平気だろう」
「かしこまりました。こちらの部屋から、もっと明るい部屋に移しましょうか?」
「任せる」
俺も変わったが、ジュストも変わった。
剣だけでなく、子供の扱いがうまくなった。
「ロゼッテ様、失礼します」
ジュストが、ロゼッテを抱きかかえて外に出る。
「明るい……」
「外は明るいですよ」
安心感からか、ロゼッテは涙をぽろぽろこぼした。
「ルチアノに会いたい……。会って、嘘ついてごめんねって言いたい……」
「ルチアノ様もロゼッテ様に、お会いしたいと言っていました。まずは、身だしなみを整え、食事を済ませてからにしましょう」
「わたしのこと、ルチアノ、嫌いになってない? お母様が、ルチアノたちを殺そうとしたから……」
「それも全部、忘れていいんですよ。ザカリア様がすべて引き受けるとおっしゃった。だから、今はもう昔とは違うロゼッテ様です」
「……うん」
ジュストはロゼッテの涙をぬぐう。
ルチアノと暮らした七年間で、子供の扱いになれたジュスト。
それは俺もだが、ジュストほどではないような気がする。
「お前は、俺より子供に好かれる」
「そうですか?」
ジュストは、ロゼッテを侍女たちに預けた。
セレーネたちがロゼッテのために、花束と花かんむりを作っていますよと、聞かされて、ロゼッテは微笑んだ。
心の声が聞こえなくなったロゼッテが、無邪気な子供に戻るのは、そう遠くないだろう。
「ザカリア様は、ただ一人に愛されたら、それで満足でしょう。いつ、ザカリア様がセレーネ様にプロポーズするのか、領地の者たちと賭けているんですよ」
「おい。俺の人生最大の決断を賭け事の材料に使うな」
――油断も隙も無い。
そもそも、セレーネの頭の中は、ルチアノのことでいっぱいなのではないだろうか。
「ザカリア様。セレーネ様の心を読まないでくださいよ」
「そんなことはしない!」
心を読む気はなかったが、強く否定すると、ジュストは笑った。
「王宮で、ザカリア様と笑って話せる日が来るとは思いませんでした」
「そうだな。俺もだ」
「傷が深すぎて、ザカリア様は王宮に戻れないだろうと。けれど、同じ境遇に置かれたセレーネ様の強さを見て、ザカリア様が変わるのではと、俺は期待していました」
ジュストの勘は間違っていなかった。
他人の能力を奪い、自分のものにしてしまうという忌まわしい力を持って生まれた俺。
力を持っていた王族たちは俺を避けた。
奪われることを恐れたのである。
「長い間、なぜ、力を奪うことしかできない俺のような子が生まれたのか、不思議だった」
奪った能力を自分のものにしていまうなど、盗人と同じ。
嫌悪されるだけの能力だと思っていた。
「けれど、ようやくわかった」
力に溺れた者を救うための力が、王家には必要だったのだ。
「救われたのは、俺も同じだ」
やっと必要とされた力――忌まわしいだけの力ではなかったと、ロゼッテのおかげで知ることができた。
これで、すべてが終わった。
穏やかな日々がやってくると信じていた。
だが――
「ザカリア様! 大変です! デルフィーナが牢屋から逃亡したようです!」
――簡単にはいかないようだった。




