第30話 危険な兆候 ※ザカリア
「ザカリア様、王妃を蔑ろにしていらっしゃいませんか?」
「セレーネ様は妃でもなんでもない。今の王妃はデルフィーナだ!」
デルフィーナの実家、男爵家は宮廷にて、無駄な主張を繰り返していた。
今さら、好き放題していた男爵家に従う者は少なく、国王陛下である兄上は騒ぎを嫌い、離宮で過ごすことが多くなった。
そのため、デルフィーナ一派の不満は俺とセレーネへ向くようになり、こうして話を聞いているというわけだ。
「ザカリア様、聞いていらっしゃいますか!」
さすが、デルフィーナの実家。
頭に響くほどの声を出す。
「王弟殿下に対して、あのような態度ができるのは男爵くらいでしょう」
「まったく、恥を知らない」
男爵の図々しい振る舞いに、他の貴族たちは眉をひそめた。
「王宮内で、セレーネ様が連れてきた侍女が王妃のアクセサリーを盗んだそうだが、処罰はどうなっているのかね!」
「侍女は俺の領地の者だ。非は俺にある」
そう言うと、男爵は言葉を詰まらせた。
昔から、娘のライバルだったセレーネを貶めようとし、あら探しをしているようだが、そうはさせない。
「真実を暴かないほうが、お互いのためだと思うが?」
「なにをおっしゃるかっ! こっちにはロゼッテ王女がいる。ロゼッテ王女の力を使えば、セレーネ様の心など、すぐにわかるのだからな!」
そう言うが、最近、ロゼッテ王女の姿が見えない
ルチアノから遠ざけられ、デルフィーナ王妃から厳しい教育を受けていると聞いた。
甘やかされて育ったロゼッテ王女には、辛い日々らしく、侍女に泣き言を言っているらしい。
「ロゼッテ王女のことだが、乳母をつけてはどうだ?」
「乳母?」
「デルフィーナ王妃に、ロゼッテ王女の力を理解し、導けるとは思えない」
男爵の顔が赤く染まる。
「王弟殿下とはいえ、聞き捨てなりませんな。我が娘の教育方針にまで口出しなさるとは、いかがなものか!」
火に油を注いでしまったようだ。
男爵のわめき散らす声を追加で聞くはめになり、よけい面倒なことになった。
最後はジュストが男爵に、じろりと睨んで黙らせるという力業で終わった。
「ザカリア様、お疲れさまです。本来なら、臣下や貴族たちから話を聞くのは国王陛下の役目なのですが……」
「兄上は、まだ離宮か?」
「離宮からお戻りになられ、セレーネ様の元へ。そばに護衛をお付けしております」
「そうか」
兄上はデルフィーナではなく、セレーネを再び王妃にしようと考えているようだ。
だが、それは――
「セレーネ様の部屋へ行かれますか?」
「なぜ、俺が……」
「顔に気になると書いてありますよ」
ジュストは俺の代わりに残り、大臣たちと話し始めた。
気になるが、俺はルチアノの後見人という立場だ。
俺がなにを言えるというのか――
「離宮へなど行きません!」
セレーネのぴしゃりとした声が、部屋の前から聞こえてきた。
「セレーネ。親子三人で過ごそうではないか。七年前、デルフィーナを選んだのは間違いだった。王妃にふさわしいのはセレーネだ」
扉を開けると、困惑したセレーネと、嬉々として語る兄上との温度差が見てとれた。
侍女と護衛は怖い顔をし、成り行きを見守っている。
兄上は自分が不利であることにさえ、気づいていないのか、話を続ける。
「どうだ、セレーネ。王妃に戻りたくないか? 王妃に戻り、親子三人、穏やかに暮らそう」
「お断りします。あなたの子供はルチアノだけでなく、もう一人います」
「嫉妬か?」
「いいえ。私はロゼッテにも、ルチアノと同様の愛情を注ぐべきだと申し上げております」
兄上の顔色がさっと変わる。
さっきまでの調子の良さが嘘のようだ。
「七年前、私は妃で無くなり、冷遇されました。その時の辛さを忘れていません。あの時、私が妃でなくなっても、変わらぬ愛情を持っていてくれたなら、答えは変わっていたでしょう」
「七年前の恨みを忘れろとは言わないが、やり直せるはずだ」
セレーネは傷ついた顔をしていた。
兄上にとって、セレーネが七年前に受けた心の傷など、塵にも等しい。
それに、彼女は気づいたのだろう。
兄上は何度、セレーネを傷つけるのか。
「兄上」
「なんだ。ザカリア。今、セレーネと大事な話をしている」
「復縁しようとしているなら、やめたほうがいい。それは、彼女を傷つけるだけだ」
「ザカリア。お前になにがわかる」
兄上は俺を睨んだ。
周囲に守られて生きてきた兄上は、守られなかった者の気持ちなどわからないのだ。
「王妃だったセレーネは、髪を切り、古着を着て、命の危険を感じながら、デルフィーナから必死に逃げた。兄上はその頃、なにをしていた?」
「なにをしていただと……」
「今、兄上がやるべきことは、セレーネとの復縁ではない。ロゼッテ王女をデルフィーナから引き離し、守ることだ」
姿を見せないデルフィーナとロゼッテ。
デルフィーナが、なにか目論んでいることは間違いないのだ。
「ルドヴィク様、私が生きているのは、ザカリア様のおかげなのです。七年前、デルフィーナを選んだのなら、どうか彼女を見捨てず、最後まで愛してあげてください」
セレーネの言葉がとどめとなり、兄上は黙り込んだ。
味方がいなくなったデルフィーナを止められるのは。兄上しかいない。
「それが、ルチアノのためでもあるのです」
ルチアノの身に危険が及ぶ最悪の事態を避けたい――そう考えていたのは、俺もセレーネも同じだった。




