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第3話 浮気相手の目的は

『男爵令嬢デルフィーナが、国王陛下の御子を身ごもった』


 その噂は、あっという間に国じゅうを駆け巡った。

 私の実家、侯爵家から父と兄がやってきた。


「セレーネ。なぜ、浮気された」

「まだ一年だ。わかっているのか。一年だぞ! 一年! たった一年の結婚生活で心変わりされるとは情けない!」


 父と兄は、私を罵倒した。

 

「それも、男爵の娘などに奪われるとはっ……!」


 私が妃候補として育てられたのは、宮廷の権力争いの道具にするため。

 父と兄は一代で成り上がった男爵家を馬鹿にしていた。


「なんと無能な王妃だ!」

「役立たずな妹め!」


 無能――そう言われたのは何度目だろうか。

 昔からそうだった。

 私がなにか失敗するたびに『無能な娘』『できの悪い娘』と、両親や兄は罵った。

 妃になることを期待してのことだろうと、私は必死にやってきた。

 けれど、王妃になっても、二人の態度は変わらなかった。

 結局、私は侯爵家の道具としか思われていない。

 

「王の愛情を完全に失っておりません。その証拠に、私はまだ王妃です」


 デルフィーナがルドヴィク様に『わたくしを王妃にしてくださいませ』と、頼んでいることを知っている。

 けれど、ルドヴィク様は渋っていた。

 他人の意見に流されやすいルドヴィク様が、王妃の地位をデルフィーナに与えずにいてくれている。

 まだ私に愛情を残してくれているのだと――信じたい。


「先程から、暴言ばかり。いくら身内といえど、王妃に対する態度とは思えませんわ」


 毅然とした態度で、二人に言った。

 私が王妃でいる間は、侯爵家にとって利用価値がある。


「王妃を罵ってよいのでしょうか」

「うっ……!」

「ぐっ!」


 父も兄も言葉に詰まった。

 私たちの会話が終わり、護衛のジュストが、スッと前に進み出る。

 彼は私の護衛の一人で、騎士の称号を持っている。

 詳しい身の上は知らないけれど、他の護衛が彼に遠慮がちだったところを見ると、腕のほうは確かなのだろう。

 

「お帰りはこちらです」


 ジュストは淡々とした態度で、部屋の扉を開けた。

 黒髪と黒目、長身で鍛えられた体。

 見るからに強そうだ。

 そんなジュストに圧倒され、二人は口の中でモゴモゴと文句を言いながら、部屋から出ていった。


「ジュスト。ごめんなさい。身内の恥ずかしい姿をお見せしてしまって……」

「いいえ」


 ジュストは礼儀正しく、私に一礼する。

 デルフィーナが王宮に来てから、私のことを王妃として扱ってくれるのは、護衛のジュストのみとなっていた。

 デルフィーナに 遠慮し、日に日に周囲から人が減っていくのを感じていた。

 私の世話をしていた者はデルフィーナに奪われ、王妃のために用意したドレスはデルフィーナに与えられた。

 先日など、勝手に私の部屋へ入り、アクセサリーやドレスを持ち出すところだったのを、ジュストが目撃し、取り返してくれた。


 ――私が王妃の地位を自分から捨てるまで、嫌がらせをするつもりなのね。


 わかっていたけれど、王妃の地位を捨てられない。

 王妃でなくなった私は侯爵家にとって価値のない人間だ。

 戻ったところで、父や兄から罵倒され、今よりひどい状況になるのは目に見えている。

 

 ――私の居場所は王宮だけ。二人が幸せそうに暮らすのを眺めていることしかできない。


「セレーネ様。食事が進んでいないようですが」

「あまり食欲がなくて……」

「お体を壊します。厨房に言って、セレーネ様がお好きなものを作らせましょうか」


 ジュストの気遣いは嬉しかった。

 でも、精神的なショックのせいか、体調がよくない。

 それだけではない。

 時おり、幻覚が見えるのだ。

 また、今日も見えた――


『わたくしのお腹の子が王になるのに、王妃にしていただけないなんて、おかしいですわ』

『それはそうだが……。王妃はセレーネだ』


 渋るルドヴィク様に、すがるデルフィーナの姿が目の前に浮かぶ。


『ルドヴィク様が力を失ったのが、なによりの証拠! 次代の王を身籠ったわたくしこそ、王妃の資格がございますわ!』


 ――王は次の王が生まれると、力を失う。


 この幻が真実なら、デルフィーナの子供が王になるのは間違いない。

 つまり、すでに次の王はデルフィーナのお腹の中にいるということ。

 そして、すでに、ルドヴィク様は王の資格を失っている。

 デルフィーナに対して、遠慮がちになるルドヴィク様の姿を目にし、確信した。

 ますます、私の立場はなおさら悪いものになる――と。


 ――絶望しかなかった。


「……夢よ。これは悪い夢なのよ」


 まだ希望はあると信じたい。

 このままだと、私は侯爵家から無能な娘と罵られ、行き場のない身の上になってしまう。 


『ルドヴィク様は、わたくしとセレーネ、どちらを愛していらっしゃるの!?』

 

 ――やめて。その先を言わないで。


 これは幻のはずなのに、私は懸命に願っていた。

 ルドヴィク様、私を捨てないで――と。


『デルフィーナだ」


 満足げにデルフィーナは笑った。


『わかった。お前を王妃にしよう』


 そんな幻が浮かんで――そして、消えた。

 現実が苦しいのだから、せめて、幸せな頃の夢を見せてくれたらいいのに。

 ルドヴィク様が、私だけを想っていると信じていた頃の夢を。


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