第19話 王都へ戻る道
――七年前、逃げた道を辿る。
ザカリア様はあえて、私たちの身分を隠さず、王都へ戻ることを決めた。
この時のために増やしたのか、七年前はなかったザカリア様の別邸がいくつかあった。
それを利用して、王都まで向かうことになった。
王都から逃げた時は二人だった旅も、今は領地から一緒についてきてくれた侍女たち、兵士たち――そして、私の子ルチアノ。
以前とは違う大所帯の旅。
「お母様、楽しいね!」
ルチアノは終始ご機嫌だった。
立ち寄る町では、ジュストと一緒に市場へ出かけたり、ザカリア様の真似をして、ポニーに乗って一緒に走ったり――新しい体験に怖じ気づくことなく、旅を満喫している。
「ルチアノ、少し落ち着いて。怪我をしてしまうわ。それに、旅は初めてじゃないでしょう? ザカリア様の領地内を旅行したことがあったわよね?」
「んー。そうだけどー。領地内とはちがうから、どきどきする」
ルチアノの言わんとしていることが、なんとなくわかった。
王都に近づくほど、町が貧しくなり、七年前から変化がない。
つまり、発展してないのだ。
ザカリア様の領地から出るなり、その差は歴然とし、食べ物も少なく、人の顔は暗い。
「ルチアノ様。ここから先は、護衛を強化しますから、馬車に乗っていてください」
ジュストに言われ、ルチアノは残念そうな顔をした。
さらに、治安が悪くなっていくことは予想できた。
「つまんないの」
馬車に乗ったルチアノは、恨めしい顔でジュストを眺めていた、
ジュストは知らん顔していたけど、ルチアノの視線が痛いのか、目をそらし、見ないようにしていた。
「お母様、それは?」
外に出ることを諦めたのか、ルチアノは椅子に座り直し、私の鞄に結ばれたスカーフに目をやった。
「スカーフよ」
初めて、ザカリア様に買っていただいたスカーフ。
懐かしく思いながら、お守りとして鞄に結んだ。
もう髪を隠す必要もないし、伸びた髪に結ぶこともない。
でも、スカーフはすべて持ってきた。
置いて行こうとは思わなかった。
ザカリア様は気づいているだろうか。
「今日はこの町に泊まるぞ」
自分の馬を走らせていたザカリア様が、馬車の窓を叩いた。
今日、泊まる町は、ザカリア様の領地から、王の領地に入って最初の町だった。
七年前、この町には元気な宿屋の姉妹がいたのを思い出す。
町に入ると、ザカリア様だと気づいた民が近寄ってきた。
「王弟殿下! もしや王宮へお戻りですか?」
「ああ。そうだ」
ザカリア様の返事に、民の顔が明るくなった。
「どうか、王と王妃に民の窮状をお伝えください!」
「最近では、家畜一頭を飼うのでさえ、王宮へのお金を支払わねばならないのです」
「飢えて死ぬ者も出ています。王都近くの町では、蒔くはずだった種を、口にして生きながらえていると聞きました」
ルドヴィク様は、領地内の収入が減った分を補うため、そんなことをしたのだろうけど、家畜がいなければ、生活していけない。
「わかった。王宮へ戻り、この惨状をなんとかするつもりだ」
ザカリア様ならば、と民が言う声を聞いた。
豊かなザカリア様の領地を知っている民たちにとって、希望の光なのだろう。
大臣たちの判断は間違っていなかったと言うことだ。
「あっ! やっぱり! あの時のお客様って、王弟殿下だったのよっ!」
「きゃっー! ほんとだ。お姉ちゃん、すっごーい。ただ者じゃないって言ってたもんね」
町の往来から、大きな声が聞こえてきた。
賑やかな女性二人が、ザカリア様をひと見ようと、ぴょんぴょん跳び跳ねている。
二人は七年前泊まった宿屋の姉妹だった。
「え、でも、あの時……奥さまがいなかった?」
「いたわよね? たしか美人な銀髪の……」
姉妹の視線は、ザカリア様から馬車へと向けられた。
私は馬車の中から、お辞儀をし、ルチアノが手を振る。
おしゃべりなはずの二人は言葉を失い、ぽかんと口を開けていた。
「お、お姉ちゃん。もしかして、あの方……」
「ばっ、馬鹿! 見なかったことにするのよ。きっとすごく重大なことなんだからっ」
「こらっ! 店番をサボって道でおしゃべりするな! お前たちの声は、三軒離れた家まで聞こえるって言われているんだからな」
宿屋のご主人は健在で、姉妹を叱りつけていた。
「まったく、お前たちは結婚しても同じだ。少しも落ち着かない!」
「若々しいって言ってほしいわ」
「そーよ。いつまでも現役の看板娘よ」
どうやら、宿屋の姉妹は嫁いだけれど、店を手伝っているらしい。
元気そうでなによりだ。
ジュストが宿屋の主人に声をかける。
「元気なことはいいことですよ。商売のほうは、どうです?」
「いやぁ。まだ、うちの宿屋は王弟殿下の領地近くだからいいんですよ」
「ほう」
「王都のほうは治安も悪いし、浮浪者も多いとか。王宮は王妃の一族が権力を握っていて、気に入らないことがあれば、すぐにクビになりますからね……」
デルフィーナは民だけでなく、王宮で働く者たちにも横暴な振る舞いをしているようだった。
いなかった七年間、どれだけの人が傷ついたのかと思うと、胸が痛んだ。
「セレーネ。そんな悲しい顔をするな。今から戻り、ひとつひとつ変えていくしかない」
「そうですね……」
馬に騎乗し、馬車と並走していたザカリア様が懐かしそうな顔で私の銀髪を見みつめた。
「あれから、髪が伸びて長くなったな」
「長い髪のほうが似合っていると、ザカリア様がおっしゃったからですよ」
私がくすりと笑うと、ザカリア様は『そうだったかな』と、覚えているはずなのに、忘れたふりをした。
ザカリア様がそう言って、馬車の窓から私の膝へ、そっと落としたのは花の髪飾り。
七年前から、七年後へ――
「新しい門出を祝って」
時の流れによって、変化したもの。
髪飾りを手にした私の前に、七年前にはなかった新しい道が広がっていた。




