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第13話 二人の子ども ~七年後~

『ユグレリア王国――ロゼッテ王女誕生』


 王国全土に知らされたのと同じ日、私の子、ルチアノも誕生した。

 ルチアノには、三歳になる頃、実の父親が国王陛下であり、王の子であることを説明した。

 けれど、ルチアノに驚いた様子はなかった。

 まるで、お腹の中にいた時の記憶があるかのように、ルチアノは抵抗なく受け入れた。


「ルチアノ様はセレーネ様にそっくりですわね」

「本当。銀の髪に青い目……。とても美しくて、成長が楽しみです」


 ザカリア様の城で働く侍女たちは、ルチアノにメロメロで――


「ルチアノ様、お菓子がありますよ」

「一緒に絵を描きましょう」


 本を、木彫りの兵隊をと、手を変え品を変え、ルチアノの気を引こうと、城の者たちは競っていた。

 けれど、ルチアノはザカリア様に一番なついていた。

 毎日、親ガモの後ろをついてまわる子ガモのようについて回る。

 子供に、どう接していいかわからないザカリア様は困惑の連続で、戸惑った姿をよく目にした。


「ルチアノ。駄目よ。ザカリア様のお邪魔になるでしょう?」

「そんなことない。ぼく、お手伝いしてる。この間は遠くにある雨雲を見つけた。だから、みんな、雨に濡れずに済んだんだよ」


 王の子であるルチアノは遠くを見ることができる。

 私のお腹にいた時から、わかっていた能力だけど、実際に使われると戸惑ってしまう。


「今、秋でしょう? みんな、忙しいのよ。ルチアノはお母様のお手伝いをしましょうね」

 

 収穫期の領地は忙しい。

 私とルチアノも、食事の手伝いをしたり、昼食を運んだりしていた。

 活発なルチアノは、果物や野菜の収穫大好きで、農夫たちとも仲が良い。


「お手伝いなら、ザカリア様のお手伝いをしたい」


 ――これだもの。


 がっくり肩を落とした。

 少し前までは、私の言うことを聞いていたルチアノだけど、今では自分の意見をはっきり言うようになった。

 目を離した隙に、なにをしでかしているか、わからない。


「ザカリア様、ぼく、役立っているよね?」

「まあまあだ」

「えー……」


 不満そうなルチアノに、ザカリア様が言った。


「ルチアノ。あまり力を使いすぎるな」

「どうして?」

「いずれ、消える力だ。頼りすぎるのは良くない。明日の天気が知りたければ、農夫に聞け」

「明日じゃない日の天気を知りたい時はどうしたらいいの?」

「書庫に過去の天候記録が残っている。文字を早く覚えて読めばいい」


 ルチアノは尊敬のまなざしをザカリア様に向ける。

 子供相手にも、ザカリア様は真剣に答えてくれる。

 ルチアノの中でザカリア様への信頼は、日々大きくなっていた。

 

 ――もしかしたら、母親の私よりも……


 ちょっと寂しい気持ちになりながら、ルチアノの成長を眺めた。


「セレーネ。ルチアノを兄上の領地近くまで連れていく」

「よろしいのですか?」

「今、兄上の領地がどんな状況なのか、自分の目で見たほうが勉強になる。心配しなくとも、向こうはルチアノの存在に気づいていない」


 ルチアノどころか、私の行方さえ、ルドヴィク様は把握していないだろう。

 実家の侯爵家も。

 どこかで、のたれ死んだか、身を隠して一人寂しく暮らしている――そんなふうに思われているに違いない。

 そう思ったら、ザカリア様に保護を求めて正解だったと思う。

 ルチアノは父親がいなくても、ここで、のびのび暮らせているのだから。


「ザカリア様や城の皆さんがいてくださってよかったです」

「お互い様だ。城の奴らもセレーネやルチアノが来てから、むさ苦しさが減って、華やかになってよかったと言っている」


 ザカリア様の城はルドヴィク様と違い、要塞のような造りになっていた。

 そして、城の中は飾り気がなく、庭には花ひとつ植えられていなかった。

 晩餐会も舞踏会もなく、楽隊の楽の音もない城だった。


「セレーネが庭に花を植え、城を飾り、領地の奥方たちに文字や刺繍を教えたからか、以前より豊かに感じる」


 秋の心地よい風が吹く。

 遠くまで見渡せる城のバルコニーから見えるのは、城の眼下に広がる賑やかな町並み。


「セレーネが建てた学校も、順調に広がりつつある」

「建てたのはザカリア様ですわ」

「言われなかったら、気づかなかった」


 今まで、少なかった学校も増えた。

 数が増えたため、子供たちは近隣の学校へ通えるようになった。

 今年からは冬の間も学校を開けて、農夫の子供たちにも文字を教える予定だ。


「子供たちが成長したら、領地をもっと豊かにしてくれますね」

「ああ」


 ザカリア様の領地はこの先、さらに発展するだろう。

 ルチアノが馬の乗り方をジュストに教わっているのが見えた。

 きっと自分一人で馬に乗りたいと言い出して、ジュストを困らせているのだろう。

 ジュストはいけませんよ、と言いながらも、ポニーを連れてきて練習させていた。


「ルチアノは、もう一人前だな」

 

 ルチアノを見て、ザカリア様が笑った。

 あまり笑わなかったザカリア様だけど、自然と笑みをこぼすようになった。


「そうですね。最近では、大人顔負けの発言が多くて、私も負けてしまいます」


 ルチアノは、私とザカリア様に気づいて、城の下から手を振る。

 普通なら、気づかない距離だ。


「ザカリア様が、ルチアノの良い師になっていただけて助かります。私では、力の扱い方を説明できませんから」

「俺も説明できている自信はない。俺の力は一生で一度しか使えないものだ。あまり参考にはならない。だが、力を使わないという選択肢を教えることはできる」


 どんな力であるか、ザカリア様は教えてくれない。

 それは、ザカリア様のお母様の事件に関係しているような気がして、深く聞かないようにしていた。

 

「それより、セレーネ。また食事を作ったのか」

「お菓子ですわ。午後から、畑で働く人たちに、お茶とお菓子の差し入れをしようと思ってますの。忙しくて、台所仕事まで手が回らないと、困っていらしたから」

「ほどほどにしておけ。いずれ、王宮へ戻る身だ。いなくなった時、寂しく思うだろう」


 私とザカリア様は同時に王都の方角を眺めた。

 

「私は不安です。今、王都がどうなっているのか……」


 王の領地から、人が逃げてきて、住みやすいザカリア様の領地で、暮らす人が増えている。

 その人数は年々増え続けていた。

 耳にする噂もひどい。


『国王陛下は遊んでばかり』

『王妃の贅沢のため、民から金を巻き上げる』

『王女のご機嫌を損ねると、牢屋に入れられる』


 ルドヴィク様もデルフィーナも、なにをしているのだろう。


「よくなることはない」


 ザカリア様はため息をついた。

 王都に人を送り込んで、ザカリア様は向こうの様子を探っている。

 ただし、心を読めるロゼッテ王女がいるため、王宮には危険で近づくことはできない。

 そのため、町の中までらしいけれど、治安も悪く、食料も乏しく、生活は厳しいと聞いた。


「だが、こちらから支援できるのは、教会を通してまでだ」

「ええ……」


 ルドヴィク様は、ザカリア様を嫌い、なにを言っても耳を貸そうとしない。

 デルフィーナの言葉なら、聞くのだろうけど……

 どうにもならない現状に、ため息をついた。


「ルチアノと出かけてくる」

「はい。お気をつけて」


 ザカリア様は引きこもりではなかった。

 目立たない格好をし、お忍びで領地や他の地域にまで足を運ぶ。

 城にはザカリア様の替え玉を置き、いつも城にいるように見せていた。


 ――すべて、ルドヴィク様の目を欺くため。 


 次代の王の可能性がある王族は、現状で三人。

 王の力を持つもの。

 ザカリア様、ルチアノ、ロゼッテ王女だ。

 ルチアノの存在を知らないルドヴィク様とデルフィーナは、ザカリア様を警戒している。


「ルドヴィク様やデルフィーナが、ザカリア様を暗殺するとは、考えたくないけど……」


 民からの信頼が厚いザカリア様を煙たく思っているだろう。

 そう思っていた数日後――王宮から使者がやってきた。


『ザカリア様、どうか王宮へお戻りください。民の不満は限界にまで達しております』


 大臣の名前が並ぶ書状を持ち、 額を床につけ、王宮の惨状を涙ながらに訴えたのだった――

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