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◇◇美月◇◇
喧嘩している二人を何とか宥めるのにとても苦労した。正直ほっといて帰ろうと思ったけれどそれも気が引けた。考えてみたら私一人じゃ帰れないし。ここだと誰か来るかもしれない。せめて場所を変えましょうと説得し続けた結果ラフレさんは冷静さを取り戻してくれた。既に私の事はラフレさんが説明している。後は挨拶して帰らせてもらおう。
「いや迷惑かけたな。恥ずかしいとこまで見せちまった」
「本当にごめんね。えっと美月ちゃんでいいんだよね?」
「はい、そうです」
「そっかー。良い名前だね。私の名前は恨んで死んだけどまーいっかで憶えてね。これなら憶えやすいでしょ。あ、でもね本当に誰かを恨んでいる訳じゃないよ。折角幽霊になったんだからそれっぽい名前にしたいなって自分で考えたの。生前の名前は秘密ね。知りたい?」
「一方的にしゃべり過ぎだ、後、何近づいてんだ?魅了が解けた途端アプローチ掛け始めてるよな?おい?手え出すなよ」
「…勿論よ。機嫌なおしてよぉ」
また喧嘩しそうな雰囲気になって来た。話を変えてしまおう。
「さっきは騙すような事してすみません」
「いいのいいの気にしないで。ラフレに頼まれた事でしょ」
「ああそうだ、こっちこそ長時間悪かったな。まあ、元の世界だとそんなに経ってないはずだが、疲れは溜まるからな」
「後はお二人に任せますので私は帰ってもいいでしょうか?」
「勿論だ。続きはこいつの拠点でする」
「え!まだ続くのぉ」
「当たり前だろ!念の為もう一度掛けとくか」
「すみません、帰り道教えて欲しいです」
「あ、そうだ忘れてた。言わなきゃいけない事があったんだ。あんた空飛んだ知り合い探していたんだよな?」
「はい、そうですけど」
「そいつ見たぞ」
「え?本当ですか?何処でですか?」
「狭魔の外にいる時だな。すぐそこだ。結構高い所飛んでいたから性別はわからなかったが多分人間だ。普通姿丸出しで飛ぶ奴はいないからな」
「多分間違いないです」
「消さずに飛んでいたぞ。誰にも見えるが大丈夫か?」
「え?いや駄目だと思います。あのラフレさんだから見えたとかじゃなくてですか?」
「違うな。あれは素質無い奴でも見えるぞ」
「まずいですね」
「だよな。同感だ」
何やってんの咲さん。…いやそう言えばさっきも姿消してなかったな。私咲さん追っていた訳だし。
「ありがとうございます。追いかけてみます」
「いや待て、何処に向かっているのかわからないだろ」
「それはそうですけど、放っておくわけにはいかないので。とりあえず飛んで行った方向教えてください」
「そうか。追うのか。舞香あれ出せ」
「え?いいけどあげるの?」
「ああ。さんざん付き合ってもらったからな。お礼だ。どうせ使わないもんだろ。何個かあるもんだし」
「ま、そだね」
そう言うと舞香さんはズボンのポケットから何かを取り出した。ズボン透けているのに物入るんだ。
「はい、これどうぞ」
そう言って手を伸ばしてくる。受け取ろうとすると手を包むように握ってきた。この幽霊ナチュラルにボディータッチが多いな。
「おい、その握り方する必要あるか?」
「もー嫉妬ばっかり。今は魅了で逃げられないの分かっているでしょ。ね」
「ついでにメアドと電話番号渡してるだろ」
「あ、本当だ」
手の中には紙とお守りがあった。手紙には連絡してねというメッセージと共に電話番号とメールアドレスが書かれている。幽霊もスマホ持っているんだ。あ、舞香さんがバレたまずいって顔している。
「いやほらね?狭魔に入れちゃった一般人なんでしょ?素質あるって事でしょ?これからも何かに巻き込まれる可能性あるじゃん?何かあった時に連絡くれればアドバイス出来るかなって。本当だよ?下心無いよ?」
「なら、こっそり渡す必要はないよな?通信木渡したって言ったよな?」
もうこの二人はこれが普通の関係なのだろう。元の世界では時間が余り経っていないと言われたけれど、こうしている間にも少しずつ過ぎていく。咲さんはどんどん遠くなる。
「すみません、その追いかけたいのでそろそろいいでしょうか?」
「ああ、悪い。今渡したお守りは人差守っていうんだ。握りしめて会いたい人を思い浮かべると光が伸びる。その光を追っていけばその先に探し相手がいるって代物だ。やるよ。飛んでいる相手を探すのはこういうのなきゃ難いだろ。通信木といっしょにやるよ。礼だ。…まあ、舞香のメアドとかも一応持っておけ」
そう言われてお守りを見直す。赤い色のお守りはどう見てもただのお守りにしか見えない。ただ装飾は無いし文字も書かれていない。
「…これ、舞香さんではなくラフレさんが持っていれば逃げられる事無くなるのでは?」
「いや、こいつ仮にも幽霊だからな存在を消せるんだよ。そしたら見つけられねえ。遠慮すんなよ」
「ありがとうございます。でも、本当に頂いてしまって大丈夫ですか?貴重な物では?」
「んーまあ、人差守の方は貴重っちゃ貴重だが幾つかもってる。遠慮すんな」
「ありがとうございます」
「これからは気を付けな。あんたがいい人だってのはわかるが、なんも知らねえ奴喰いもんにしようとする奴は何処にでもいるからな。特にこっちの世界は気楽に足踏み込むなよ。あんま知らん奴の頼み事聞いたり物を貰ったりな。何か仕掛けられてているかわからんし、罠かもしれねえ」
「わーブーメラン」
「うるせえ。いいな美月さん」
「ありがとうございます。気を付けます」
この人たちは良い人だと思う。今更だけど。短い付き合いだけどそれはわかる。不思議な事ばかり起きたけど信用してもいいそう思った。