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◇◇雪◇◇
今日美月さんと会えたことはとても幸運でした。私の抱えている想いはなかなか人に話すことは出来ません。ですが、美月さんであれば話していい、そう思いました。美月さんとは余り親交はありませんが、信頼出来る人だと確信しています。私が話した事を他人に話すことは無いでしょう。昔から人を見る目だけは養っているつもりです。
実のところ盈虚に私のところへ来てもらうことは、難しくありません。何故なら盈虚は我が家で開発した時計を身に着けているはずだからです。私がスマートフォンで特定のスイッチを押すか、キーホルダーにカモフラージュしている機械のピンを抜けば盈虚の時計はアラートが鳴り私の現在地が表示されます。しかし、緊急時のみ使用する取り決めとなっています。鳴らしてしまえば何か緊急事態があったと慌てることになるでしょう。それはしたくありません。
話をして少しスッキリしました。盈虚が帰ってきたらちゃんと話をしよう、そう思いながらホテルに入ります。最上階の部屋から見える景色は綺麗ですが、盈虚がいないと何となく物足りない気がします。早く帰ってこないかな。そう思いながらぼーっとしていると部屋を叩く音がしました。盈虚かもしれない、そう思い部屋を開けるとそこには背の高い女性が立っていました。確かコンシェルジュの方だったはずです。
「えっと、何か御用でしょうか?」
そう問い掛けた時です。女性が微笑みながら近づいてきました。何故か嫌なものを感じ、咄嗟にキーホルダーのピンを抜きました。
◇◇美月◇◇
叫び声がした方を見て見ると公園があり、女の子がいた。十歳くらいだろうか。そろそろ二十四時を超えそうだ。流石に放ってはおけない。不審者に間違えられないだろうか、そう不安になりながら声を掛ける。怖がらせないようにと身を屈めて目を合わせる。
「えっと、こんばんは。お嬢ちゃん、お父さんかお母さん近くにいるのかな」
「あ?いや今機嫌悪いのみりゃわかるだろ」
「驚かせちゃったかな。ごめんね。私美月っていいます。でも周りも暗いし心配になっちゃって」
「あ?いやここではそんなん関係ないだろ」
「えっとどういう事かな?ごめんねお姉さんよくわからないや。お父さんかお母さんはどこにいるの?」
「知らん」
どうしよう。この子思ったより口悪いし言っている事がいまいちわからない。でも流石に放っておくわけには行かない。警察に電話して保護してもらおう。そう考えてスマホを取り出す。
「おい、それで何するつもりだ」
「あ、ごめんね。おまわりさんに電話しようと思って」
その時だった。私のスマホが強い力に引っ張られ、女の子の元へと飛んで行った。
「いや本当になにいってんだ。無理に決まってるだろ」
「え?なん、いや浮いて、え?」
「は、この程度で何驚いてやがる。…いや、まてお前まさか何も知らないのか?迷い込んだって事か?」
「…えっと、ごめんね。お姉さん何言っているのかよくわかんないや。今のってどうやったのかな?すごいね。お姉さんのスマホ返してくれないかな」
「…本当に何も知らないのか?妖怪や精霊は知ってるよな?」
「勿論。学校で習うもんね」
「…本物を見た事は?」
「私はないなー。いつか見て見たいけど。とりあえずスマホ返してもらっていいかな?」
女の子は頭を抱えて何か悩んでいるようだ。何を悩んでいるのだろうか。私の事を怪しんでいるのだろうか。それはしょうがないけど、スマホは返して欲しい。怪しまれるのは仕方がないけど、どうやら親も近くにいないようなので放置するわけには行かない。とうかスマホが浮いたのは何で?
「急に取って済まなかった。スマホは返す。けど、ここは電波が通じていない。電話は出来ない」
スマホが飛んで私の手元に戻ってくる。どうやっているのだろうか。画面を見ると確かに電波が切れている。おかしい。さっきまでは通じていたはずだし、ここは街中で電波を遮るものは無かったはずだ。
「仕方がない。魅了して帰らせるか」
「えっと、ごめんね。お姉さん何言っているのか全然わからないや」
「いや気にしなくていい。ちょっと目を合わせてくれるか」
「う、うん」
体を屈めて目を合わせると女の子の目にピンクのハートが現れた。
「え?なにこれ」
「嘘だろ?掛からない?お前まさか恋しているのか?それも本気の恋」
「え?はい?え?」
「あー面倒な事になった‼仕方がない‼話をするぞベンチに座れ」
「あ、はい」
勢いに押され言われるがままに近くのベンチに隣り合って座る。今更だけど、この辺に公園なんてあったけ?この辺あんまり来た事無いから確証はないけど、街中に公園は無かった気がする。そもそも夜遅いとはいえ誰も人が通っていない。
「まあ、仕方がない。受け入れられない事も有るだろうが、今の状況を説明する。聞いてくれ。私の名前は手向花ラフレ。サキュバスだ。こう見えてもお前よりもずっと年上だ。一世紀以上前から生きている」
そして彼女、手向花ラフレさんの説明は一時間に及んだ。妖怪や精霊が実在する事、ここが狭魔と呼ばれる空間で時間の流れが違うという事など。私の頭はパンク仕掛けていた。
「大丈夫か?」
「はい。何とか」
「まあ、一気に説明しちまったからな。それで、少しは信用してくれたか?」
「はい。それは大丈夫です」
ラフレさんは証拠と言って、自分の容姿を変化させた。それどころか身体まで変化している。小学生くらいの女の子が今や大人の女性だ。どう見ても同一人物には見えない。まあ、人ではないらしいけど。触っても実態がある。これを見せられては本当の事だと信じるしかない。
「それで私はどうしてここに入ってしまったのですか?後元の場所へは帰れるのですか?」
「敬語はいい。勿論帰れる。入ってしまったのは波長が合ったとでもいえばいいのか。本来人ならざる存在は大半の人には見えない。いや見えないと言うよりも姿を消せると言うべきかな。人の振りをして溶け込んでいる奴もいるからな。話が逸れたな。兎に角だ、いわゆる妖怪や精霊は人が見えないように姿を消す事が出来る。稀に生まれつき見える奴もいるがな。後は、何かがきっかけで見えるようになることがある。きっかけは人によるし今は気にしなくていいだろう。まあ、見えるようになっても人ならざる存在はそんなにポンポンいるもんじゃないし暫く気がつかない事もあるだろうしな。ともかく波長が合った人間は不思議な存在や現象に逢いやすくなる」
「きっかけ、きっかけって」
それって今日見た咲の件だろうか。
「それで帰り方だが、元来た場所から帰れる。ここは何もないところが入口だから、波長が合ったお前が入ってきてしまったのだろう。正確な場所を私が教えてやる」
「ありがとうございます。えっと、ここは何もない所が入り口ってことは入り口だとわかる何かがある所もあるってことですか」
敬語はいいと言われても、相手が年上だとわかると何となく改まってしまう。
「あるぞ。大半の狭魔は見つけた奴が勝手に占有している。そいつが分かるように何か置いてある。まあ、そういう所は大体結界が貼って合って迷い込めなくなってるものだがな」
「それって鳥居の場合もありますか?」
「鳥居?ああ、あるな。この辺にも有名なやつが」
「今日、鳥居から消えたり出てきたりする人を見て。もしかしたらそれがきっかけなのかもと」
「あーありえるな。この辺で鳥居って言うと、妲己のとこか」
「妲己ですか」
「そう。割と有名な妖怪だろ。その根城がこの辺にある。妲己は余り外に出ないからな。見られたならレアだぞ」
妲己?咲が妲己って事だろうか?でも咲は大学生で私の後輩だし。いやでも空飛んでいたし。
「あの、妲己って大学生だったりしますか?」
「妲己が大学生?何の冗談だそりゃ。面白いがあり得ないな」
「私が見た鳥居から出入りしていた人って私の知り合いの大学生なんです。彼女空も飛んだりしていて。なので彼女が妲己なのかと」
「そうか。さっきも言ったが妲己は余り外に出る奴じゃない。恐らくその知り合いは生まれついての霊能力者か超能力者あたりだろう。妲己とは単に知り合いなんじゃないか。多分それが原因だな。お前が知り合いを目で追っていただろ。それでお前の素質がその時開いたのだろう」
「成程。もう一つ聞きたい事があるんですけど」
「何だ」
「何で私が恋してるってわかったんですか?」
「気になるか?」
「はい、気になります」
私は感情が出やすい方だと思うけれど、咲への想いは隠しているつもりだ。それに、いくら何でも合って直ぐにばれるなんて考えづらい。そもそも突然言われたし、何かあるのだろう。
「サキュバスの能力だ。相手を魅了する事で思考能力を低下させ言う事を聞かせる事が出来る。本来は精気を吸い取る為に使うんだが、私はこの能力を使ってお前を元の場所に帰すつもりだった。ついでに、記憶を少しだけ曖昧にしようと思ってな。一応言っておくとさっきしようとしたやつではそこまでの力はないからな、少しの時間を曖昧に出来るだけだ。そうすればここで起きた事は夢か何かと思うだろうからな」
「成程」
「サキュバスの魅了は万能ではない。通じない相手がいる。それは恋愛感情や性欲が薄い奴、もしくはどんな誘惑でも揺らがない程誰かに恋をしている奴だ。まあ要は心の底から誰かを愛しているって事だ。友愛とか家族愛の事じゃなくて恋愛的な愛だな。流石にお前の年齢で恋愛感情が無いとかはないだろ。だからお前は誰かに恋している。違うか?」
「そ、その通りです」
成程、それで私が恋をしているとわかったのか。理由が何であれ、人に恋している事がバレるのは恥ずかしい。
「私達の魅了が聞かないなんて滅多にない事だぞ。誇っていい。人間に限らないが、パートナーがいても欲は抑えられない奴が大半だからな」
「ありがとうございます」
本当に照れる。咲への想いが真実の愛だとかそんな大げさな。まあ初恋だし、今の所咲以外を好きになる姿が想像出来ないけれど。
「いや本当に凄い事だぞ。全くあの浮気幽霊にも見習ってほしい」
「いや照れますね」
「羨ましいよ。あんたの想い人は。本当に見習って欲しい。ほんっとうに見習えや!あんの浮気幽霊が!女とみれば誰彼構わず声かけやがってよお!」
ヒートアップしてきた。そういえば合った時に浮気幽霊がどうとか言っていたっけ。
「あの、落ち着いてください。私でよければ話聞きますけど」
「…そうだな。聞いてくれ。まずあいつの方から告白してきたんだ!一目惚れだってな!それなのに浮気ばかりなのはおかしいだろ!」
「はい」
ここはひたすら肯定していくしかないだろう。
「そうだろ?浮気を責めると、私の事が一番だからとかばっかり言ってきてよお、反省しているふりしてまたすぐ浮気だぞ!しかもだ!さっきまでの幼い恰好は何でしていたと思う?」
「うーん、趣味ですかね?」
「違う!いや趣味は趣味だが、私のじゃないぞ!あいつの趣味だ!ロリコンなんだよ」
「えー。いやえっとそれは色々とまずい気が」
「いやまあな?私の力で姿を変えているだけだから、法的な問題はないし、肉体的にも大丈夫なんだけどな」
本当かそれ?そもそもサキュバスとか幽霊を法的には問えないだろうからそこは置いておくとして肉体的には大丈夫なの?仮に大丈夫だとしても問題しかない気がするけど、突っ込んでも意味ない気がするので一先ず置いておこう。
「た、大変ですね。でも好きなんでしょうその幽霊さん。だったら想いを伝えて何とか止めてもらうしかないんじゃないでしょうか」
「そ・れ・が・通じる相手じゃない!話し合いなら何度もしたさ!もう実力行使に出るしかないんだよ!なのにそうしよとすると、すぐ逃げるんだよ!あいつ感がいいからさあ!それでほとぼりが冷める頃に戻ってくるんだよ!」
「そうなんですか」
色々と強かな幽霊なようだ。
「そうだ!そうだよ!あんた協力してくれ!」
「え?協力ですか?」
「そうだよ、ここで会ったのもなんかの縁だろ?いいだろ?」
勢いに押されるけど、怪しい話ではないだろうか?今までの流れで手向花さんが悪い人じゃない事はわかるけど、どうしよう。そう思いつつも真剣な目で見つめられると断りづらい。
決めるのは手伝う内容を聞いてからでもいいだろう。
「とりあえず話を聞いてから決めてもいいですか?」
この話は咲、美月、雪、盈虚の4人の視点で進んでいく予定です。
主人公は咲と美月のダブル主人公のつもりで書いています。