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◇◇盈虚◇◇


 私は町のはずれの橋で川を見ながらひとり考え込んでいた。暗く川は良く見えないけれど水の流れる音を聞いていると少しだけ心が落ち着く。今は兎に角冷静にならないと。

 私はとある名家のお嬢様のボディーガードをしている。そのお嬢様にとんでもない事をしてしまった。それが今の悩みだ。

 やってしまった!とんでもないことをしてしまった!これからどうしよう…

 私はお嬢様のボディーガードとして、本来であれば悪い虫を排除するはずだ。その私がよりによってそのお嬢様に手を出してしまったのだ。これは大問題だ。

 雰囲気に流されてしまった…絶対に手を出しちゃいけなかったのに…

 私の使える神薙(かんなぎ)家は大企業の経営者という表の顔とヤクザの支配者という裏の顔をもっている。つまり絶対に逆らってはいけない存在なのだ。それなのに昨晩雰囲気に流されて手を出してしまったのだ。なんか途中からお嬢様のなすがままにされていた。色々すごかった。


 私は人体実験によって常人の約十倍の身体能力を持っている。子供のころに両親に裏の組織に売られたらしい。そして非常な人体実験を受けた。痛みのない日はなかった。ただただ絶望の中にいた。その地獄から救ってくれたのが神薙家当主の神薙琢磨(たくま)だった。彼は地獄から救い出してくれただけではなくその後の面倒まで見てくれた。

 養父母を見つけてくれただけではなく、その後もたびたび様子を見に来てくれた。高すぎる身体能力が周囲にばれると困るのではないかと就職先として自分の娘のボディーガードにならないかと言ってくれたのも彼だ。

 お嬢様のボディーガードは天職だと思っている。皆優しいし、給料もいい。何よりお嬢様の事が可愛い。お嬢様に合わせた生活をするため休みは不定期だし、時々急な外出で呼び出されることもあるけどずっとこの仕事をしたいと考えていた。

そ れなのに、してはいけないことをしてしまった。勿論何らかの形で責任は取らなければいけない。だけどお嬢様を傷つけるわけにはいかない。自分のせいで私に何かあればお嬢様は一生責任を感じることになるだろう。それは避けなければいけない。今後どうしよう、何をすればいいんだろうそんなことを延々と考えていた時だった。

「すみません!大丈夫ですか!!!」

「うわあ!なに?!」


◇◇咲◇◇


 橋の女性に話しかける少し前、私は空を飛びながら街の様子を眺めていました。いつもの街も空から眺めると全く違ってみえます。私は美月(みつき)先輩が必死に追いかけていることなどつゆ知らずのんびりと空をゆっくりと飛んでいました。

 せっかく空を飛んでいるのだから街の端まで行ってみよう、橋があったはずだからそこか川を眺めて飲み屋に行くことにしよう。そう考えていた私は橋の近くに降り移動していると橋の上に女性を見かけました。スーツを着ておりスタイリッシュです。川を見ているのかと通りすぎようとしましたが様子が変です。何かつぶやいていますし、急に頭を掻き始めたりと何かを考え込んでいるようです。

 五分くらい眺めていましたが、明らかに様子がおかしいです。まさか飛び降りるつもりでしょうか?どうするか迷いましたが話しかけてみることにしました。もし勘違いで怒られたとしても何もなければそれでよしです。

「すみません」

 反応がありません。無視されているのでしょうか。それならこのまま立ち去った方がいいかもしれません。けれどもう少し大きな声で話かけてみます。話しかけても気が付かないほど考え込んでいるなら心配です。何かよほど思い詰めているのではないでしょうか。このまま見て見ぬふりをするのは気が引けます。

「あの!すみません!」

 やはり反応がありません。よほど集中しているようです。さらに大きな声で話かけます。

「すみません!大丈夫ですか!!!」


◇◇盈虚◇◇


 「すみません。驚かすつもりはなかったんです。深刻な顔で考え込んでいたので心配でつい話しかけてしまいました。ご迷惑でしたら申し訳ないです」

 私は突然話しかけてきた相手に困惑していた。

 気配に気が付けなかった。そんなに周りが見えなくなっていたのか。恥ずかしい。

 しかも話を聞く限り自分はよほど深刻な様子だったらしい。この調子では声も漏れていたかもしれない。恥ずかしすぎる。というか声をかけてくるくらいだから飛び降りると思われているのではないか。

「こんばんは。どうやら心配させてしまったみたいだね。だけど大丈夫。ちょっと考え込んでいただけだから。飛び降りるつもりとかないから。でも心配してくれてありがとう」

「こんばんは。そうだったんですね。それならよかったです。私の早とちりだったようですね。すみません。安心しました」

「いやいや本当に気にしないで。悪いのは私だからさ」

「あの、よければですけど、私に考え事をはなしてみませんか?」

「え?」

「驚かせてすみません。一人で思い詰めているよりも誰かに話した方がいい案が思いつくかもしれませんよ。思いつかなくても少し気が楽になるかもしれませんよ」


 私は突然の提案に戸惑いを隠せずにいた。確かに一人で悶々としているよりは誰かに話した方が気分転換にもなるしいいかもしれないけれど…。私の悩みは人に話せるようなことじゃないよね。でも聞いてもらった方がいいのかな?

「悩んでいるようでしたら是非話してください。私たちはお互いに名前すら知りません。他人だからこそ話せることもあると思います。会ったばかりなので信用できないのは当然だと思います。なので話せることだけで大丈夫ですし、全て真実でなくても勿論いいです。どうでしょうか?」

確かに彼女のいうことは一理ある。うだうだ考えていても仕方がない。いっその事話してしまおう。

「わかった。ありがとう。それなら遠慮なく話を聞いてもらうことにするよ」

 一度することを決めてしまえば後は早い。私は名前や詳細は話さなかったもののおおよその内容を話してしまった。

「なるほど。つまり大切な方に手をだしてしまって今後どうするかを悩んでいるんですね」

「うん。まあ、その通り」

「一番大事なことは貴方とお相手の方がどうしたいかだと思います。お話を聞く限りお互いに想い合っていたといことですよね」

「その通りだと思う。正直私はずっと片思いだと思っていたんだよ。だから両想いだとわかったときは本当に嬉しかったんだ。それで舞い上がってしまったて」

「両想いであれば問題はないでしょう?無理矢理行ってしまったわけでもないとのことですし」

「まあそうなんだけどね。両想いだからで何とかなる関係じゃないんだよ。詳しくは言えないんだけれど私と相手は特殊な関係にあってね、雇用主と雇用された側にあるというか。そこに相手の家族も関わってくるんだよね。特殊な家柄なんだよ」

「なるほど。よくわからないですがとにかく複雑な関係にあるんですね」

「そうなんだよ。だからどうしていいのかわからなくなってしまってね。どうやら醜態をさらしていたみたいで恥ずかしいよ。実は今も相手に黙って出てきていてね。まあこの時間だからもう寝ているだろうから、気が付いていないはずだけど」

 それでもボディーガードの私がお嬢様のそばを離れることは大問題だ。いつもとは違い今お嬢様の傍には自分しかいない。勿論泊っているホテルは厳重な警備であるためそうそう問題は起こらないはずだ。けれど少しでも早くもどるべきだろう。今更ながら私はそんなことを考えていた。

「とにかく責任は取るつもりだよ。当然ね。でも相手を傷つけたくないんだ。だからこそどうしていいのかわからなくなっていてね」


 社長つまりは神薙琢磨には今までずっと目をかけてきてもらった。恩がある。だからこそ逃げるなどという選択肢はない。

「お話は分かりました。それでもやはり大切なのはお二人がどうしたいかだと思います。奇麗事だとは思いますが恋愛はお二人の問題であり家族の問題ではないと思います。勿論最終的には関わってくることですが今の段階では特に話さなくてもいいんじゃないでしょうか」

「え?いやでも…確かにそうかな…」

 私は戸惑っていた。責任を取ることばかり考えていたからだ。

「お話を聞く限り相手の方よりもその家族のことやどう責任を取るかに意識が向いているようなので。」

「確かに…」

 お嬢様の気持ちや自分がどうしたいかという一番に考えるべきことを私は考えていなかった。

「まずは相手の方と話してみることです。お話を聞いているだけでも素敵な方だとわかります。恐らく相手の方は貴方一人に責任を取ってほしいとは思っていないんじゃないでしょうか。その上でお二人がどうしたいかを決めればいいと思います。家族の方に何かするという話はその後じゃないでしょうか」

「わかった。その通りだね。ありがとう。二人で話すという一番大事なことを忘れていたよ。自分の素直な気持ちを伝えることにする」

「それがいいと思います」

「話を聞いてくれてありがとう。おかげで心が決まったよ」

「それならよかったです」

 お嬢様に好きだと改めて伝えよう。そして一緒に居たいということも。その上でお嬢様もそれを望んでく れていたならこれからのことを一緒に考えよう。勿論責任を取れというならば取ろう。そう決めた時だった。腕時計が音を鳴らした。

「え…。噓でしょ…」


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