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◇◇美月◇◇
私は咲が消えた鳥居の周りをうろうろしながら考え込んでいた。最初は夢かと思い頬をつねってみたけれど痛かった。夢ではないらしい。スマホに電話をしてみたけれど電波がつながらないところにいるか電源が入っていないというアナウンスがあっただけだった。
これって警察に連絡をしたほうがいいの?でも信じてもらえないよね。急に鳥居が現れて人が消えたなんていたずら扱いされるよね。何すれば正解なの?
そんなことを延々と考えていると気が付けば既に三十分近く立っていた。一度落ち着こうと鳥居から数分歩いた場所にある自動販売機でコーヒーを買い、近くの岩に腰掛けて飲み始めた。外にいたせいで冷え始めた身体にホットコーヒーの熱が伝わって少しだけ温まる。
私はここからなら鳥居も見えるし何かあってもすぐ戻れるだろう。さっき電話をかけてから二十分以上たっているからもう一度電話をしてみよう。そんなことを考えはじめた。その時だった。
鳥居の前が光って咲が現れた。そして空中に浮きそのまま飛行し始めたのだ。私は目の前で起きたことが信じられず呆然とその様子を見ていた。そして混乱したままとりあえず咲を追いかけ始めた。
◇◇咲◇◇
私は何故か妲己さんの話を素直に信じていました。妲己さんの纏う雰囲気のせいなのか、不思議な力を目の当たりにしたからかわかりません。ですが話を聞いている内に妲己の力を引き継ごうと決めていました。この不思議な縁を大切にしたいと考えていました。
「わかりました。私なんかでよければ引き継がせてもらいます」
「ありがとう。それじゃあ手を前にだして。片手でいいよ」
妲己さんに言われた通り左手を前にだすと妲己さんも手を前に出しあわせてきました。すると手が光り暖かくなりました。
「はい。これでもう使えるようになったよ」
「これで終わりですか?」
「うん。とりあえず少し使ってみようか」
私は妲己さんに教わりながら空をとんでみることにしました。
「力を使うコツはイメージすること。妖力はねイメージを具体化する力なの。私は羽を出して飛んでいるけど最初は難しいと思うの。それと飛ぶときは、姿を消していなきゃだめよ。だから最初はジャンプしたまま空中で止まるとかすぐできることの延長から始めてみるといいよ」
「わかりました」
その後しばらく私は妖力の使い方を練習しました。最初は少し浮くことしか出来ませんでしたがしばらくすると自由に飛び回ることができるようになりました。某国民的漫画の竹で出来た頭につけるローターで飛んでいる姿をイメージしてみたところ安定するようになりました。妲己さんの言う通り具体的なイメージを持つことが大切なようです。
「凄いじゃない。こんな短時間で安定しているわよ。貴方センスあるのね。私は飛ぶまでに一週間くらいかかったのよ」
「ありがとうございます。妲己さんのおかげです。子供のころ何度も見ていたお気に入りの漫画を参考にしまいた」
「なるほどね。そうやって広い発想を持つことが使いこなす上では必要よ。飛べるようになったから今日はこの辺で終わりにしようか。妖力って慣れない内に使いすぎちゃうと精神的な疲労が一気に押し寄せてくるの」
「わかりました」
「後は色々イメージして出来ることと出来ないことを見つけていけばいいと思うよ。妖力は万能じゃないから出来ないことは当然あるわ。そして、使う人によってできることも変わってくるから貴方のやりたいことを色々とやってみるといいわ」
「はい!」
「これで終わりにしましょう。帰り方を教えるわね。私はしばらくここにいるつもりだから、何かあればまた鳥居の前に来てね」
その一言を聞いて私はかなりの時間この世界にいたことに今更ながら気が付きました。妖力の練習に集中しすぎて時間を忘れていました。5時間くらい経っている気がします。私はついつぶやいていました。
「あまずい。大学の授業どうしよう…。絶対に眠くなる…。四限目の先生厳しいのに」
「時間の心配?」
「あ、すみません。聞こえていましたか。大丈夫です。ちょっと仮眠取りますし、一日くらい頑張ります」
「時間のことなら気にしなくて大丈夫だよ。この世界は時間の流れが速い。10倍くらいね。貴方が来てから五時間くらいだからまだ向こうの世界じゃ三十分くらいしか経っていないわよ。先に説明しておいたほうがよかったわね。ごめんなさい」
「いえ気にしないでください。本当に不思議な世界ですね。」
「まあ、あっちの世界と法則が違うからね。ただこっちで五時間動いた分の疲れは溜まっているからね。これ上げる。療精薬っていって疲れが取れやすくなるの。怪しい薬じゃないから」
「ありがとうございます」
「帰り方は賽銭箱の前で手を合わせて帰りたいと考えればいいよ。来る時は鳥居の前で手を合わせればいいからね」
「わかりました。せっかくなので戻ってからもう少し飛んでみたいのですが大丈夫でしょうか?」
「少しなら大丈夫だよ。」
「はい!」
そうして妲己さんと別れて元の世界に帰った私は空を飛びました。飛ぶ感覚を忘れたくなかったことと、空から街を見て見たかったからです。
…後から気が付いたことですか私は姿を消すことをすっかり忘れていました。もっともその時は姿の消し方はわかっていなかったのですが。
◇◇美月◇◇
見間違えじゃないよね。やっぱり飛んでいる。追いつけない…
私は飛んでいる咲を走って追いかけていた。しかし、建物を無視して飛んでいるためだんだんと距離が開き見失ってしまった。というか早すぎるし高い所飛んでるしで追うのは無理だよ。大学に入ってから全力疾走なんて全然してない。スタイル維持程度の運動しかしていなかった私は直ぐに限界を迎えて歩き始めた。
疲れてフラフラと歩いていると人とぶつかってしまった。疲れのせいで向かいの人がこっちに来ていることに気が付いていなかった。どうやら相手も周りをキョロキョロとしており、私に気が付いていなかったらしい。
幸いお互いの肩がぶつかっただけで倒れたりはしていない。相手は私より少し年下の女性。慌てて謝る。
「すみません。不注意でした。大丈夫ですか?」
「こちらこそ不注意で申し訳ありません。私は大丈夫です。そちらこそお怪我はないでしょうか?」
「全然大丈夫です」
答えながら相手をよく見ると見覚えがある。たしか神薙家の一人娘だった気がする。何度か挨拶したことがあるはずだ。肌が白くとても綺麗だったのでうらやましいと思ったことを憶えている。
「あなたもしかして、神薙雪さん?」
「はいそうです。えっと、あ。もしかして」
恐る恐る尋ねるとどうやら合っていたようだ。良かった。相手の方も私のことを不確かながら憶えていてくれたみたいだ。
「久しぶりね。こんなところで会うなんて」
「お久しぶりです。奇遇ですね」
私は思いがけない出会いをした。