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◇◇雪◇◇
「あ、ゔ。えっと?いき、て、いる?私」
目を覚ました藍良のお腹には穴が開いていました。さっきは良く見ませんでしたが酷い状態です。普通の人であれば、とっくに死んでいるでしょう。ですが、藍良の傷は少しずつだけれど治り始めていました。言葉は途切れ途切れになっているけれど喋れるようですし。
透明人間の方はこちらに気を使い近づかず遠巻きにこちらを見ています。距離もあるので聞かれる事は無いでしょう。まあ聞こえていたとしてもどうとでもなるでしょう。
「お嬢様。見ない方がいいかと」
「た、しかに。ね」
「いえ、大丈夫。お話したい事があるんですが、今の状態では難しいですね。その傷は治り始めてますけど、出血の方は大丈夫ですか?失血死の危険は?」
「う、ん。少、しまず、いか、も」
「私の血でも吸いますか?」
「お嬢さま!それは駄目です!どうしてもというなら私が」
「いや、ズボン、の後ポケット、の、袋出して。薬が入って、いる。飲ませ、て」
言われた通りにポケットを探ると粒の薬が入ったチャック付きのポリ袋が出てきた。
「盈虚。テーブルにあるポットからお湯を持ってきて。カップも置いてある」
「二つありますがどっちがこいつのでしょうか?」
「空のほう」
「わかりました」
「ついでに私のスリッパも持ってきて」
「はい」
盈虚が取りに向かいます。ふと後ろを見ると飛び散っていた血や肉片が消えてなくなっています。
「そっちが、素?」
「死にかけなんですから余り話さないでください」
「はい」
「お待たせしました」
「ありがと」
盈虚が藍良の上半身を起こしたので私が薬を口に入れ水を流し込ませます。
すると藍良の腹部の傷が急速に治り始めました。
「ありがとう。もう大丈夫」
「今の薬は何ですか?」
「特殊な製法で血の成分を圧縮させた物。他にも吸血鬼としての再生能力を増幅させる物質が入っている」
そう言って口を開く藍良。するとそこには尖った犬歯が。さっきまでは普通だったのに今は倍近く伸びています。
「若干吸血鬼っぽくもなる。ああ血を吸いたくなる訳じゃないから安心して」
「成程。それで治ったと」
「うん、まあ飲まなくても傷は何とかなったけど血の方は危なかったかも」
「そんな薬があったとは。血等が消えていますがそれもあなたの力ですか?」
「力というよりも吸血鬼の体質かな。自分の身体から離れた部分は灰みたいになって消えていく」
「そうなんですね。盈虚、首を抑えていなくても大丈夫よ」
「抑えている訳ではありません。いつでも首を折れるようにです」
「わかっているから。その上でいいって言っているの」
「駄目です!こいつは何をするかわかりません。殺しはしませんがいつでも壊せるようにしておく必要があります」
「まあ、そのくらいは必要だよね。私誘拐犯だし」
「首を折ったら死ぬでしょ」
「吸血鬼の回復能力がありますし、変な薬もあるので何とかなると思います!」
「いいよ、いいよ。話あるんでしょ。このまま進めようよ」
「そもそも何でお前はため口なんだ!お嬢様に敬語を使え!」
「盈虚、いいから。このまま話進めて大丈夫ですか?」
「大丈夫。傷と血は薬のおかげで何とかなる」
「わかりました。では本題に入りましょう。藍良さんあなたの目的は達成されました。これでもういいでしょう」
「私がまだ生きているって事は全力じゃなかったって事じゃない?」
「全力でしたよ。…多分。まあ違ったとしても諦めてください。盈虚があなたを殺すことはもう出来ません」
「あの、すみません。そもそもこいつの目的はなんなんですか?お嬢様は達成したと言っていましたが。私の全力がどうとか言っていましたが関係ありますか?」
そういえば、盈虚には後で教えると言ってそのままでしたね。簡単にですが藍良の目的を説明をするとドン引きしました。
「ええ…怖」
「まあそうだよね。普通引くよね」
「気持ちはわかるわ」
「お嬢様。やはりこいつ殺しては駄目でしょうか?」
「駄目。あと名前で呼んであげたら。一応知り合いでしょ。それで話を戻します。藍良さん。さっきの一撃で満足してください。それが出来なくてもあなたの目的はもう叶いません」
「それは何故?」
「盈虚にはあなたに手を出させないからです。これ以上何かしようとするなら殺します。ですが、盈虚には手を下させません。別の人間にさせます。この場でもうしないと言って隙を狙うのも無理です。あなたは監視される事になるので。仮に監視をかいくぐる事が出来たとしても盈虚に敵わない事はあなたが一番わかっているでしょう。もう次のチャンスが来る事はないですよ」
「なるほどね」
「まあ可能性があるとすれば私を殺す事ですかね。私が死ねば盈虚の枷が無くなるので。まあそれは難しいでしょうね」
「お嬢様!」
「まあ無理だろうね。まあ正直満足しきれない所はあるけれど死にたい訳じゃないしね。人生は少し満ち足りないくらいが丁度いいか。そもそもこの後私は殺されない訳?」
「理解が早くて助かります。あなたは殺させません。面白い人ですからね。こっちの事は何とかします。元の生活も送れるようにします」
「出来るの?」
「今回の誘拐は大半が狭魔の中で起きています。殆どの人は気がついていないでしょう。どうとでもなります」
「お嬢様、すみません。応援を呼んでしまいました」
「何とかします。事情を話せば父なら理解してくれるでしょう。そもそもただで解放するわけには行かないでしょうし、丁度いいです」
「ならお願い」
「朔お前そんなに軽かったっけ?」
「まあ、あれから何年も経っているしね。そもそもあの環境が異常だったわけで」
「まあそれは確かに」
「死にたい訳じゃないからね。生きられるならそっちの方がいい」
「勿論、これだけの事をしておいてただで生かすつもりはありません。今後は私の協力者になってください。はっきりいえば手駒です」
「わかった」
「決断早いな」
「選択肢はないしね。後ろめたさもあるし」
「…本当か?」
「まあ奴隷じゃない分ましでしょ」
「話も纏まったのでここ出ましょうか。藍良さんはこの後父の部下に拘束されて話を聞かれるでしょう」
「わかった」
「朔、最後にいいか?」
「何?」
「私の事ずっと憶えていたのか?」
「そうよ。私の唯一の友達だったから」
「…そうか。私にとっても朔は唯一の話し相手だったよ。こんな形とはいえもう一度会えて嬉しかったよ。まあ、お嬢様に手を出したから殺したいのも本音だけどね」
「一応言っておきますけど、盈虚は私のですからね。藍良さん」
「わかっているって」
「痛!」
話が纏まりかけたその時、狭魔に新たな乱入の声が響きました。




