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◇◇雪◇◇


 「お嬢様!ご無事ですか!」

 何が起きたのか。状況が掴めず困惑している所に聞こえた声。この声は盈虚(えいきょ)だ。間違いありません。振り返るとやはりそこには見覚えのある顔がありました。もう大丈夫。そう思うと身体から少し力が抜けました。平気なつもりでしたが気がつかない内に緊張していたようです。

「盈虚?盈虚!良くここに来られたね」

「お嬢様!良かった、本当に良かった。遅くなってしまい申し訳ありません。ご無事でしょうか?」

「何も問題ないわ。無事。怪我もないから」

「犯人はこいつ以外にいますか?」

「大丈夫。単独犯。彼女一人だけ」

「わかりました。少々お待ちください。こいつを殺します」

 止める間もなく盈虚は壁際まで飛ばされた藍良(あいら)に近づいていきます。この状況で私の元を離れる時点で冷静ではありません。止めないと。

「え?ちょっと待ってください!それは駄目ですよ!落ち着いてください!」

「今の声は何?」

 突如女性の声が狭魔(はざま)の中に響きました。この空間には三人しかいないはずです。聞き覚えもありません。しかし盈虚は戸惑う事無く藍良に止めを刺そうとしています。

「盈虚!待ちなさい!盈虚!」

 まずい。聞こえていません。激昂しており私の声が届いていない。盈虚に人殺しをさせる気はありません。盈虚は自分を苦しめた相手すら殺さなかった。そういう人間です。私の誇り。その誇りを私のせいで汚す訳には行きません。止めないと。けど私の身体能力では止める事は出来ない。どうする?


 「待ってくださいってば!落ち着いてください!」

 そんな事を考えていると盈虚の動きが止まりかけました。振り上げた拳が震えたまま止まっています。と思ったらまた動き始めました。どういう事でしょう?

 これは何かを振りほどこうとしている?

「邪魔するな!透明人間!」

「しますよ!止まってくださいよ!人殺しは駄目です!ああもう全然止まんない!えっと金縛り金縛り金縛り!動くな!動かないで、止まってぇー」

「この程度で私を止められると思うなよ!」

 透明人間?ここに?俄かには信じられませんが、誰もいないのに声が聞こえますし、盈虚の動きが鈍くなっています。盈虚を止められる人間はいないでしょう。超常的な力が働いている事は間違いありません。金縛り金縛りと叫んでいますし、推定女性の透明人間が何かしているのは間違いないでしょう。彼女が盈虚を止めようとしているのは事実です。このチャンスを活かすしかありません。

「えっと透明人間の方、もう少し抑えてください、私が何とかします!」

「わかりました!」

「こないでください!お嬢様!こいつはお嬢様に危害を加えようとした!」

 動きが止められた事で少し落ち着いた盈虚は私の声が届いているようです。これなら後一息で止められます。

 盈虚の元へ駆け寄ろうとして気づきました。今履いているのはスリッパ。走るのには向きません。下は凸凹していますがケガする程ではないでしょう。ただし痛いのは間違いありません。一度深く深呼吸をして覚悟を決めます。スリッパを脱ぎ捨て盈虚の元へ走ります。痛い、けれど我慢できない程ではありません。数メートル走っただけなのに足の裏がじんじんと痛みます。それでも盈虚がまだ鈍いうちにたどり着く事が出来ました。


 そして私は何も言わずに盈虚に後ろから抱き着きました。

「お、お嬢様何を?」

「透明人間の方、もう大丈夫です。金縛りを解いてください。力を貸していただきありがとうございました」

「あ、はい。わかりました」

「盈虚。これであなたは自由になった。けれど無理矢理動けば私に影響が出る」

「離れてください。お願いします」

「嫌。私の事は気にせず動いけばいいでしょ。それか気絶させて引き離せば」

 盈虚であれば私を気絶する事も、傷つけずに引き離すことも簡単でしょう。でもしない。だって私が離れるのを嫌だと言ったから。

「お嬢様、お願いですから離してください。こいつを殺さないと」

「何故?」

「こいつがお嬢様を危険な目に合わせたからです!」

「私は怪我一つしてないし、精神的な苦痛もないけど?むしろ楽しく話していたわ」

「いやでも」

「私が理由なら私がいいと言っているのだからいいでしょう」

「…良くないです!私がこいつを許せないんです!」

「盈虚は自分を苦しめた奴でも殺さなかった。なのにこの人、藍良(さく)は殺すの?」

「朔?もしかして私と同じ施設にいた朔?」

「正解。盈虚もおぼえていだんだ」

「いや誰であっても関係ないです。こいつはお嬢様を危険な目に合わせた!それが問題なんです!」

「この人の目標は達成したからもう危害加えてくる事はないよ」

「既にしている事が問題です!そもそもこいつの目的は何ですか?」

「目的については長くなるので後で話すから。盈虚が納得出来ないって事?感情の問題?」

「そうです。お許しください」

「困るなあ。許せないしなあ。じゃあこうしよう。盈虚は今日私を置いて一人で出て行ったでしょ。そのせいで私は誘拐された」

「その通りです。償いは何でもします」

「言質取った!そう言うと思った。有言実行だよ盈虚」

「え?」

「盈虚が人を殺す権利を私に頂戴」

「どういう事でしょう?」

「盈虚が殺す人は私が決める。私が殺していいと言ったら殺していいし駄目といったら駄目。藍良朔は殺しちゃ駄目」

「いや、ですが」

「返事は?」

「お嬢様…あの」

「盈虚、へ・ん・じ・は?」

「…承知いたしました」

「よく出来ました」

「えっと、こいつどうしましょう?」

「起こして」

「はい」

 盈虚が藍良を叩き起こそうとしている間に盈虚を止めてくれた透明人間にお礼をしよう。そう思い探したけれど当然見当たりません。

「あのー。透明人間の方まだおられますか?」

「あ、はい」

 そう言って現れた方は私と同じくらいの年齢の女性でした。

「改めてお礼申し上げます。ご助力いただきありがとうございます」

「とんでもないです。すみません、姿消したままでしたね。あの、犯人の方を殺しませんよね?」

「勿論です。物騒な話をしてしまいすみません。盈虚は少し頭に血が上り易くて。諭したのでもう大丈夫です。色々誤解があっただけで。彼女とも知り合いなんです」

 知り合ったばかりですが嘘も方便。誤魔化すのに後ろめたさもありますが、全てを話すのが正しいとも思えません。

「それならいいですけど。あの、あの方死にかけてはいませんか?しっかりは見えなかったんですが酷い怪我していたような」

「大丈夫です。彼女は再生の力を持っているので。怪我はもう治り始めています」

「そうなんですか?凄いです。そんな人もいるんですね」

「ええ。あなたも特別な力をお持ちのようですね。姿を消せるという事は超能力か魔法を使えるのですか?」

「えーっと、これは貰い物の力で、色々あってですね、妖力を使っているから何でしょうか?すみません。説明が上手く出来なくて」

「気になさらないでください。こちらこそプライベートな事を聞いてしまいましたね」

「いえいえ。私この力貰ったばっかりでミスしちゃって。スーツの方盈虚さんってお名前なんですね(そういえば先輩もそう呼んでたなあ)。盈虚さんにアドバイスしてもらったんですよ。凄く助かりました」

「そうなのですか。それは良かったです」

「お嬢様、目を覚ましました」

「そう。すみません。少し三人で話をしてきますね。また後で改めてお礼を言わせてください」

「いえ、とんでもないです。こっちこそ勝手に介入してしまって」

「本当に助かりましたから。少し待っていてくださいね」

「わかりました」


◇◇美月◇◇


 えーっと、私はどうすればいいの?盈虚さんと咲に置いて行かれた私は迷っていた。いや二人ともなんで置いていくのよ。私まだ状況殆ど把握出来てないんですけど?咲は何で空飛んでいたの?何で透明になっていたの?そもそも本当に咲何だよね?質問にもこたえてもらっていないし。聞きたい事山ほどあるんだけど?盈虚さんも(ゆき)さんが誘拐されたってどういう事?何で狭魔が開いたの?

 咲は待っててと言っていたけど本当に待っていていいの?いやまあ正直狭魔に入りたくないよ。どんな危険があるかわからないし。中にいるのが誘拐犯ならラフレさんみたいな優しい人ではないだろうし。でも咲が中に入っていった。咲の事は心配だ。放っては置けない。私が中に入って何が出来るかって言われたたら何も出来ない。それどころか足手まといになるだけだろう。


 言い訳だ。怖い、それが本音。さっき狭魔に入った時は何も知らなかったし、入った事も気がついていなかった。けれど今は不思議な力がある事を知ってしまった。何が起こるかわからない。何より、一度入ってしまったら戻れるかもわからない。だから怖い。入りたくない。けれど、咲は中にいる。なら行かなきゃ。私が行っても何も出来ない。咲は待っていてと言った。私とは違い特別な力を持っている咲は何か出来るという目算があるのだろう。私が入っていく事でそれが崩れてしまうかもしれない。けれどこのまま中に入らなければ後悔する。入っても後悔するだろうけど、きっと咲の側にいない選択をしない方が後悔する。なら行こう。

 覚悟を決めて狭魔の入口に近づく。そしてゆっくりと入った。

美月は置いてかれてばっかり。

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