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◇◇雪◇◇
「へーそんな事があったんだ。雪さんも意外と無茶するんだね」
「お恥ずかしいです。子どもの頃の話です。今はしませんら」
「そーいや雪さんは盈虚の名前の由来知っている?」
「一度聞いた事があります。売られた日が満月だからだって苦笑いしながら言っていました」
「まあそうだね。私にしろ盈虚にしろ名付け親は研究員の一人なんだよね」
「それは聞いています」
「そいつもクズだったんだけどさ、他の奴よりほんの少しだけましでさ、まあ僅差だけどね。他の奴らは私達の事番号で呼んでたんだよ。私は二十七番ね。それでそいつがそれは可哀そうだから名前つけてあげようって言ってさ、私達に名前が付いたわけ」
「成程」
「そいつがさあ、一人一人に由来説明して歩いたんだよね。そんな事するよりもここから出してって思ってたけどね。私と盈虚は隣の部屋だったんだよ。まあ牢屋みたいなもんだったけどね。だから私は盈虚の由来も聞いてたの。朔はね、新月の意味。正確には新月の前なんだけど、月が隠れている状態。それでも月は確かにある。だから人生で絶望して先が見えなくても自分の存在は確かに存在する、そう自信を持って生きていくようにだってさ。子どもだからあんまり意味は理解してなかったけど、なんか偉そうなこと言ってるってムカついたね」
「それはそうでしょうね。それで盈虚の由来は何ですか?」
「盈虚っていう言葉の意味は知っている?」
「月の満ち欠け、栄える事と廃れる事そういう意味です。前に調べました」
「正解。まあ、私と似たような感じなんだけど人生は山あり谷ありでいい時もあれば悪い時もある。月は何度も姿を消すけれど、必ず姿を現す。だから人生に絶望しても前を向いて進み続ければ必ず希望は出てくる。その事を忘れないで欲しいそう思って名付けたんだって。私たちを連れてきた日の月がさあ、満月で今まで見た事ないくらいはっきりと見えていたんだって。その綺麗さに目を奪われて感動したから私たちは月に関連した名前にしたっていっていたな」
「そうですか。どう反応していいのか」
「いやもう、今となっては本当に何言ってんだってなるよね」
「それはそうですよね」
「そういやさ、盈虚は何で名前変えてないの?私は神薙社長に変えたいなら変えられるように手配するって言われたけど」
「えっと、盈虚の養母さんが名前を気に入ったそうです。その、厨二的な思考をお持ちの方でして、凄く恰好良いって絶賛だったそうです。盈虚自身は本当は変えたかったそうですが、遠慮して出来なかったそうです。本当に良い養母さんだけど、厨二病な事だけが唯一の欠点だと言っていました。朔さんは何で変えなかったんですか?」
「ん?ああ、私は面倒だったから。途中から別の名前で呼ばれるのも違和感あるだろうしまあいいかなって。盈虚は大人になってからも名前変えてないの?最初はともかく今変えたいって言ったら変えられるでしょ」
「それは確かに。流石にもう遠慮とかする関係ではないので変えられると思いますが、気に入ったのでしょうか?」
「さあ?本人に聞いてみたら」
「そうですね。そうします」
「…ところでさ、盈虚遅くない?ここに来てから二時間半は経ってるよね。現実世界だと十五分くらい。遅いよね」
「…遅いですね。盈虚は遠くに行くはずがないです。絶対に数分で駆け付けられる範囲にいるはずです」
「そのさ、発信機が故障しているとかはない?」
「確かに。普段使わない物ですからね。一応定期的に検査しているはずです。ですが前回のメンテナンスは半年前だったので可能性はありますね」
「電話してもらっていい?ここホテルの裏側から少し進んだとこだから」
「わかりました」
スマートフォンを取り出し電話を掛けようとした時です。私は大変な事に気がつきました。
「あの、電波が通って無いです」
「え?」
「…そういえば狭魔って電波が通っていないと聞いたことがあるような…」
「それ本当?」
「すみません、うろ覚えです。ここでスマートフォン使った事ありますか?」
「ない。ここ見つけてから数回しか来た事無いし。秘密基地みたいな感じで使おうと物持ち込んだりしたけど、結局面倒くさくてね」
「あの、そもそも狭魔って入口開いていますか?どのように見えているのでしょうか?素質ない人には見えないと聞いていますが」
「最初に偶然入った時は何も見えてなかった。だからマジで困惑したよ。次からは宙に歪みたいなものが見えるようになった。それが入口」
「それ、盈虚に見えるでしょうか?」
「…わかんない。発信機って居場所を電波で伝えるよね」
「はい」
「つまり盈虚は」
「ホテルの周辺を探し回っている可能性が高いです」
「一度出て迎えに行こうか」
「そうするしかないと思いますが、幾つか問題があります」
「それは何?」
「まずその前に外に出て行くのはどちらですか?」
「二人で行けば良くない?」
「外で盈虚に遭遇すれば即攻撃するでしょうね」
「あー騒ぎになるか」
「はい」
「ここを誘拐場所に選んだのも誰にも邪魔されないし、私の死体処理とかするにも人目につかないと思ったからだしなあ」
「それに既にそれなりの時間が経っています。盈虚が家に連絡をしているかもしれません。流石にまだ応援は来ていないと思いますが、もし来ていた場合盈虚以外に殺されることになるかもしれません」
「成程。それは嫌だね。私が一人で行くのも無しだよなあ」
「そうですね。恐らく話し掛けた時点で拘束されて拷問される事になるでしょう」
「まあね?誘拐している訳だから拷問されるのは仕方がないけれど、目的達成出来ないしなあ。後最悪の場合、問答無用で殺されるかもしれない。その場合、この場所がわからなくなって雪さんが餓死する事になるかも」
「流石に私の居場所を聞きだす前に殺すことはしないと思いますが、盈虚が冷静かわかりませんしね」
「先に出口教えてあげるか、雪さんが一人で出て行くかだね」
「私一人が出て行くのは無しでは?逃げるつもりはありませんが信用出来ませんよね」
「そこは逃げなよ」
「逃げませんよ」
「なんでよ?傷つけるかもって言ってるのに」
「秘密です」
「あなた変わっているのね。まあ、私が一人で出て行って迎えに行くしかないか。念の為出口は教えておくね。スマホ借りていい?狭魔から出てすぐに盈虚を呼び出すわ。そうすれば逃げないか見張っていられる」
「そうですね。それがいいと思います」
話が纏まったその時だった。だんっという音がした。振り向く間もなく何かが目の前を駆け抜け藍良が吹き飛んだ。
◇◇美月◇◇
ラフレさんに連れられ狭魔の外に出て振り返ると目の前にひびが現れた。
「割れ目見えるか?」
「見えます」
「それが狭魔の入口だ。素質あると一度入った奴は見えるようになる。無い奴はまず入れないし、万が一迷い込んでも見えねえ。まあ狭魔にも濃さが有ってな、より異世界に近い濃い狭魔はより素質がある奴じゃないと見えねえ。ここは薄いとこだからな。入った狭魔と似た濃度の狭魔は見られるようになる。まあ、見えても下手に近づくな。中に何があるか、居るかわかんねえからな。長々と悪かった。友達に早く会えるといいな」
「ありがとうございます」
狭魔に戻っていくラフレさんを見送りスマホを確認する。電波は入っている。時間は数分しか経っていない。改めてあの空間の異常性が分かる。それはそれとして今は咲を追わないと。
貰った人差守を両手で握って咲の顔を思い浮かべる。すると、赤い光が一点に向かい飛び出した。なんかレーザーポインターみたいだ。この光を追っていけばいい。光は普通の人には見えない。ラフレさんはそう言っていた。
光の指す方へ向かいながら考える。これもし咲の家についてしまったらやばいよな、完全にストーカーだと思われるよなあ。ただ、流石に人に見えるような状態で飛んでいたと言われれば放置は出来ない。まあ家みたいな所に着いたならそのまま帰って今度それとなく話せばいい。そんな事を考えながら歩いていると雪さんが泊っているホテルまで戻っていた。え?まさか咲このホテルに泊まっているの?そう思ったけど光はホテルを貫通し裏に進んでいた。ホテルの裏に行くと光はある一点を指し止まっていた。
そこには…いないんですけどラフレさん?
美月は月とついていますが盈虚達とは無関係です。月を付けたのは別の理由があったのですが少し紛らわしいですね。




