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【後編】そんなことは絶対にあり得ない

()家族に、居場所がバレちゃったのかも知れませんね。顔を隠してるのも、顔バレ防止と言いましょうか……。ああ! このままだと、メイベルはこの国から連れ戻されて酷い目に遭っちゃうかも……! なぁんて、まあ、グレンさんには関係ないですけれど』


 やたらにチクチクした物言いが気にはなったが、『元家族』に『連れ戻されて酷い目に遭う』という事実の前に、そんなものは塵と同じだった。


 貴族の妾の子として生まれ、蔑まれ生きてきたと聞いただけでも腹立たしいのに、連れ戻されて酷い目に遭う?


 考えただけでも許し難い。


 が。ミィミの言う通りグレンには関係ない。いや、関係なくはない、はずだ。

 手も繋いだし、デートの約束もしたし、お互い気持ちも伝え合って……は、ないが……ないのだが、でも……。


 メイベルが一言『助けて』と言えば、グレンはそうするのに。


(何も言わずに、この国を離れるつもりなのか?)

 

 周囲を警戒しながらもメイベルの様子を見やれば、真面目に薬草を摘みながら、時折ハンカチで目を押さえている。


(さっきも目が赤かった……。今の状況が不安なんだ。そうに決まってる)


 グレンはもう、居ても立ってもいられなくなった。


「メイベル!」


 眼鏡をかけ直して腕まくりをしたメイベルの肩に手を置いて、振り向かせる。


「わ、っ! グレンさん!?」

「何か俺に言うことはないか!?」

「い、言いたいこと……ですか?」

「ああ、そうだ」


(頼む、言ってくれ)


 考える素振りを見せたメイベルと、ずっと合わなかった目が合う。やはり、その目は赤い。


「なんでもいいから」

 ──そう、なんでもいいのだ。


 例えば、メイベルを虐めた元家族を同じ目に遭わせて……いや、それ以上に酷な環境に置いてやるとか。

 一瞬で殺すなんてことはしない。長く長く時間をかけて、後悔させてやる。

 大丈夫。グレンは国内屈指の冒険者だ。腕っぷしなら一級の剣士にだって劣らない。

 それに、そこそこ権力のある人間のコネクションもあるし、恩も売っている。何なら、弱みだって持っている。


 だから。


(だから、頼ってほしい)


「ええっと、好きです」

「……は?」

「大好きです!」


 ???


 ぽん、と頭に浮かぶは疑問符である。

 なんだってこのタイミングで告白なんてするのだろう。


 だけど嬉しい。


「そう、か……?」

 二回も繰り返した告白に、ドライな返答をしてしまったが、もちろん内心はめちゃくちゃ嬉しい。


 嬉しいのに、目の前の彼女ときたら、「あ! あの、グレンさん、さっきのは聞かなかったことに!」とか言うので、もう訳が分からない。


「はあ? なんでだ」

「『好き』って言うのはお休み中なんです」

「だから、なんでだ」

「年中無休で言いたい気持ちはあるんですけど、でも、ちょっとですね、ええっと、今は、都合が悪くて……」


 ごにょごにょと何やら聞き取れないことを言って、俯くメイベルにグレンは焦れて屈んで目線を合わせ、且つこれ以上俯かせないないように顔を掴んだ。


「ふざけんなっ」


 お休み中? 冗談じゃない。

 休んでどこへ行こうというのか、いや、逃げるというのは分かっている。

 分かっているが、その逃げた先で自分以外の男と……なんて、考えたくもない。


 むにぃと掴んだマスク越しの柔い頬の持ち主が、「ぐ、ぐれんひゃん」と言って、掴んだ腕をぱしぱしぺしぺし叩く。

 痛くも痒くもない可愛らしい攻撃に、こんな時でさえ和んでしまう自分は大馬鹿野郎だと思いながら、口の右端だけを器用に上げる──爽やかな笑みではないのは大いに自覚があった。


 それもそのはず。


 なんてったって悪いことを持ちかけるつもりなので。


「お前の『元家族』、俺がぶっ殺してきてやるよ──」




「──え? なん()()すか……?」


 グレンの腕を剥がすのを諦めたメイベルは頬を掴まれたまま、もう一度「なん()()すか?」と繰り返す。


 なんで、と聞きたいことはいくつかあるが、まず彼が言っている『元家族』の意味だ。


 グレンは、メイベルの置かれていた環境についてどこまで把握しているのだろう?


 メイベルの元家族……いや、居候先の元男爵一家ならば三年前に離散している。

 男爵は禁止されている武器の製造に関わっていた罪で投獄中だし、夫人は若い愛人に金が無いなら別れようと切り出され逆上して傷害事件を起こし、こちらも投獄中。

 そんでもって、メイベルを玩具にして遊んでいた義姉はご学友の婚約者を何人も誑かし、各方面から恨まれた末に厳しいことで有名な女子修道院へ移送中に襲撃に合い、噂によると顔に大怪我を負ったとか。


 メイベルは男爵の犯罪の報告しかしていない。


 匿名希望と記し、証拠の書類やらやり取りの手紙を送っただけだ。

 夫人は男爵の巻き添えだが、義姉に至っては完全に自業自得のやらかしである。移送中、義姉はメイベルのことを口汚く罵っていたらしいが、まったくもってただの八つ当たりだ。


『勇気を出そう!』という、あの言葉にメイベルは背中を押された。


 そして、男爵が逮捕となったのを見届け、ついでに夫人とその愛人の修羅場も見届け、ついでのついでに義姉がびいびい泣く姿を見届けた後、家のごたごたを利用し男爵家を飛び出し、カヴァデール国のケアロハにやって来た。


 人情に厚く、余所者にも優しいケアロハは本当に素敵な街で、メイベルはこの場所こそが天国だと思った。初めてかけられる温かい言葉と態度に感動して、神様に感謝した。

 なんでも相談に乗ってくれて、頭と顔が良い(けど口はちょっぴり悪い)自慢の親友がいて、気の合う同僚がいて、お人好しの大家さんに、気さくな隣人。それから、グレン──メイベルの大好きな(ひと)がいる、ケアロハこそメイベルにとっての楽園だ、と。


 この三年間は、ただただ幸せだった。


 グレンに会えるだけで、心が温かくなった。


 でも恋の成就は望んでいなかった。

 なので、彼が「はいはい」と言ってメイベルの告白を真剣に受け取ってくれないのも気にしなかった。

 きっと彼はそのうちに美人で気立ての良い素敵な奥様が出来ることがメイベルの中では決定事項だったから。


 だから、なぜ、彼が、『元家族』を『俺がぶっ殺す』なんて言うのかが理解できなかった。

 メイベルみたいな駄目な人間を、庶子で尚且汚れた人間を、好きになって、愛してくれる男性なんていないはずなのに。


 なのに、彼の言い方ではまるで、グレンがメイベルを……ああ、あり得ない。そんな訳ないのに……。




「ぐれんひゃん、 ()()()()()()()()!」

「すごい伸びるな……眼鏡取っていい?」

「いや()()〜〜」


「マスクも邪魔なんだけど」と、言いながら眼鏡をかけるグレンに解放されたメイベルはパチパチと拍手を送った。


「グレンさん、眼鏡が似合いますね……格好良い……」

「……マスクも取っていい?」

「マスクはちょっと……。あと、眼鏡、返してください」

「似合うって言ってんの嘘だった?」


「嘘じゃないです! 似合ってます! 世界一格好良いです! 好きです!」

 拳を握ってメイベルは断言する。


 グレンは何をしても素敵だが、普段眼鏡をしていない人が眼鏡をした時のギャップも加えて、格好良いが飽和している。


(って、グレンさんの眼鏡姿にときめいて、すっかり話が脱線しちゃった!)


「さ、さっきの! 『殺す』ってなんですか!?」マスクを死守しながら問うと、「メイベルのその変装は家族のせいなんだろ?」と、意味不明な返答で、メイベルは「んえ?」と変な声が出た。


 ついでにクシャミも出た。


「隠さなくてもいい。ミィミに聞いたんだ」

「ええ? 何を、ですか??」


 ミィミってば、一体何を話してグレンにこんな深刻な顔をさせているのだろうか?

 メイベルの目的は変装ではない。

 花粉症対策で怪しい見た目になってしまい受付を外れているのだ。


 深刻な顔の彼は、きっと大きな誤解をしているに違いない。となれば、即刻その誤解を解かなければいけない。


「あのぅ、大変言いづらいのですが……」


 クシャミを一つした後に切り出すと、「大丈夫だ。なんでも言え」とキリッと格好良い顔で言われ、メイベルは手をもじもじさせ言葉を紡ぐ。


「私の、マスクと眼鏡は」

「ああ」

「か……」

「『か』?」

「……花粉症が原因なんです!」


「…………花粉、症……?」

 ──キリッとした顔が、ぽかん顔となる瞬間である。


「はい。私はルネレヴァロワの生まれなのですが、ルネレヴァロワにはないカヴァデールのキノギス花粉に負けて、三年目にして発症してしまったんです」

「え、じゃあ、泣いていたのは?」

「花粉です」

「元家族に見つからない為の変装なんじゃあ?」

「違います。それにあの方達は今、塀の中にいるので」

「塀の中?」

「えへへ、私が密告しました」


 かくかくしかしかじか、経緯を話すとグレンは「え」と二回繰り返した後「……じゃあ、俺の助けは……?」とメイベルに恐る恐るといった様子で問う。


「要りません」

「……何か、してほしいことも……?」

「ありません」


 もう一度力強く言う「何にも、ありません」。

 大事なことなことなので、繰り返す「何にも、ありません」。


 だって、グレンは存在してくれるだけでいいのだ。


 彼は覚えていないだろうが、三年前カヴァデールに来た世間知らずの小娘が詐欺師に騙されずに済んだのも、どこの馬の骨とも分からぬ小娘がギルドで働けるようになったのも、全てグレンのおかげだ。


 弱い人間に優しくて、損得なんて考えずに困っている人に手を差し伸べる素敵な(ひと)に恋したおかげで、メイベルの毎日はキラキラと輝いている。


 ああ、でも──「一つあります」


「! なんだ?」

「眼鏡、返してください!」


「……」

 メイベルのその言葉にグレンは眉を顰めて、彼女のマスクを外す。


「ふん、返すかよ。これも没収だ」


「ぎゃー! だめです! 今の私はとっても不細工です!」

「うるせえ、不細工じゃねえ」


 頬をむにゅっと鷲掴みにされ、「んむう〜〜!」と抗議するが、平々凡々なメイベルが国内屈指の冒険者として名を馳せているグレン・ヘンソンに敵うはずもなく。


(こんな酷い顔、見られたくなかったのに〜〜)


「ふは、変な顔」

()()()()()〜〜〜」


 ひとしきり笑われた後。

 彼はメイベルの前髪を()け、メイベルの気にする大きな吹き出物のある額にキスをした。


「ええ?」──後に、この時の自分の顔は酷い間抜け面だっただろうとメイベルは語る。


「悪い……メイベルは変な顔じゃねえよ。か、可愛い」


 花粉症の末期症状は幻覚か? と、思考が阿呆になっているメイベルは、グレンに優しく抱き締められ、彼女がいつも彼に言っていた言葉を囁かれた。


「……わ、私も、グレンさんが大好きです! 世界で一番、大好きです!」

「知ってる」




 かくして、ここに三年越しの片想いが実った女と、腕っぷし以外は「……」な鈍過ぎる冒険者のカップルが誕生したのであった。





 ◇◇◇





「ちょっと、ニック!」


 怒れるミィミを前に、ニックは破顔して「なあに?」と問う。


(ミィミは怒っても可愛いなあ)


 ツンが強めな彼女がこの笑顔に弱いことは分かってる。彼女の親友メイベルのアドバイスのおかげで。

 いや、別に、ギルドの高嶺の花であるミィミの親友の恋を応援したのはやましいことがあった訳ではない。そう、そんなものは……少しだけしかない。ほんの少しだ。

 結果的に、ミィミに対する正確なアプローチ方法を教えてもらえるようになったというだけで、これはたまたま知った。

 つまり、ニックの日頃の行いが良いおかげなので、そこのところは誤解なきよう。……あと、この話は是非ともご内密に……。


 ──と、こんなどうでもいい話はさて置き。


 ニックは、可愛い恋人ミィミの話の続きを促す。


「あなたの相棒、いつ戻ってくるのよ。身重の妻を置いて、ルネレヴァロワに出稼ぎなんて言って、本当は浮気でもしてるんじゃないの? あんなに稼いでる男がなんで隣国なんて行く必要があるわけ?」


 メイベルのこと、傷付けたら許さないから! とぷんぷんしているミィミを抱き寄せ、ニックは「そんなことは絶対にあり得ない」と返す。


 そう、絶対に、あり得ない。


あの男(グレン)に浮気なんて出来るもんか)


 ニックの相棒が隣国へ赴いているのは出稼ぎなんかではない。


 もちろん浮気でもない。


 愛する妻を長年苦しめた、かつての男爵家に仕えていた者達への制裁の為だ。

 この件についてはニックも協力しているので、奴が今何をしているのか把握済である──グレンのツテで元男爵家のメイド長と執事の男を突き止めてからは、嘘かと思うほど展開が早かった。


(好きな女の為にそこまでするんだ。浮気なんてあり得ない)


「なんで『絶対』なんて言い切れるの?」

「……これは内緒なんだけど、グレンはどうやらメイベルにでっかい宝石のついた指輪を贈りたいみたいでさ。ほら、まだ指輪贈ってないだろ? ああ見えて、あの野郎はロマンチストなんだ」


 親友を心配するミィミに、ニックはもう一つの理由を話す。

 ──これは嘘ではない。ただし、指輪は手配済みで支払い済みだが。


「まあ! そうだったの?」

「うん。男の意地っていうか、くだらない矜持ってやつなんだけど」

「くだらなくなんてないわ。ごめんなさい。私、誤解してしまって……恥ずかしいわ。本当に、ごめんなさい。グレンさんにも謝らなくちゃ……」


「あいつはそんなこと気にしないって」

 あははっ、と笑い声を上げてニックは落ち込んでいる恋人を慰める。

 しかし、これは嘘ではない。メイベルのことを想ってくれる親友に感謝こそすれど、怒ることなんてしないだろう。きっと、相棒はこのままでいてほしいと思うはずだ。


「だけど……」

「本当にいいんだ。でも、メイベルには黙っていてくれるかな?」

「ええ、もちろんよ! 素敵なサプライズにしなくてはいけないもの!」

「ありがとう、ミィミ」


 ニックはほっと安心して息を吐くミィミを抱き締め、ニックも息を吐きながら、相棒の制裁(ひみつ)を墓まで持っていくことを決意した。




【完】

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