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【前編】愛想尽かされたんじゃねーの?

 カヴァデール国で一番有名な前人未踏の地下迷宮が眠るファーンズワース遺跡のある街ケアロハのギルドは、本日も冒険者達で賑わっている。

 数百前に滅びた幻の大国の遺跡に眠る財宝や宝石の発掘を生業にする者や、見たこともない魔物を狩って名を上げたい者など様々な冒険者達が情報交換する場でもあるので、常に静かな時がない。

 そんな活気溢れる場で一人、国内屈指の冒険者として名を馳せているグレン・ヘンソンは、そわそわと彼らしからぬ様子を見せていた。

 

(……今日も、か)


 グレンは、ギルドの依頼掲示板を見るふりをしながらメイベルのいる方向に視線をやる──普段、受付の席に座っていることの多い彼女が、部屋の奥で黙々と作業している様子が確認できた。

 常に前髪を上げてまるい額を見せるヘアスタイルなのに、今日の彼女はそれをせず目にかかるぎりぎりのところ前髪を作っている。

 しかも、眼鏡にマスクまでして。表情が見えないのが、もどかしい。

 

 グレンが顔を出せば分かりやすく……それはもう分かりやすく、嬉しそうな満面の笑顔を見せるのに。それどころか、駆け寄って話しかけにくるのに。そして、まるで挨拶代わりとでも言うように「大好きです!」と言いに来るのに。


 どうしたことか、メイベルは五日前からそれをしなくなった。


 一・二日目はギルドが忙しく、メイベルの告白がないことについて何も……思わなかったわけではないが、物凄く気になることでもなかった。

 だが、三日目、四日目にこちらを全く見ようとしない彼女に違和感がどんどん強くなり、五日目の現在に至る。




「ふーん? 『物凄く気になることでもなかった』ねー」

「なんだよ、そう言ってるだろ」

「……お前のせいじゃね?」


 安い・早い・量が多いの三拍子が揃った食堂にて、冒険者仲間で相棒のニックに言われた言葉だ。ちなみに食堂のメニューの味は可もなく不可もなし。


「俺のせい?」

「一週間くらい前だったか? ほら、お前SS級の魔物を仕留めたろ? あん時、女の子達にちやほやされて鼻の下伸ばしてたから、愛想尽かされたんじゃねーの?」


 ざまあ、とぼそり言うニックにむっとしながら「伸ばしてねえよ」と言うが、奴は心底どうでもよさそうに肉の塊に齧り付いていた。


 いや、本当に本当に、誓って、鼻の下を伸ばしていたことはない。

 仮にそうだったとしても、グレンの態度にメイベルが傷付くなんてことなんてあるのだろうか?

 気性の荒い強面の冒険者にも臆すことなく接する彼女が、グレンの機嫌程度で落ち込むことなどあり得ない。

 と、思うのだが……。


「ばーか、お前、本物の馬鹿だな。ばーかばーか」

「あ?」

「お前、何年好き好き言われてたんだっつー話」

「……三年くらい、か」

「三年! かー! あり得ねえ!」

「は?」


「分かんねーの? あんな良い子、いねえよ? そりゃあ色気は皆無だけどさ……働き者で、愛想が良くて、差し入れの飯とか菓子もうめえし、何よりお前一筋だったじゃねーか」

 そう言ってニックは麦酒をぐびりと喉を鳴らして飲み、「その気もないのに酷だ。すっぱり振ってやらないことがお前の優しさか?」とグレンに問う──メイベルと同じ年の妹がいるシスコン男の言葉は今日も鋭い。


 最初は、名声や金に眩んだ他の女達と同じだと思っていた。

 でも、関わる過程でそうではないと分かった。

 分かったが、なぜだろう? 自分でも上手く考えをまとめられない。


「でもまあ、それも仕方ねーか。タイプじゃなかったってことだもんな。タイプじゃねー女のアプローチほど、きついもんはねーからな。うん」


 勝手に納得しているニックの言葉に、固まっていると「なんだよ、その顔」と指摘されてしまった……が、自分がどういった顔をしているか分からない。


「『その顔』?」

「いや、いいわ。お前さあ、追いかけられなくなったから気になってんだよ。追いかけられるより、追いかけたいってやつ? 俺には分からんけどー」


 俺だって分からない。そう思ったし、言おうとしたが、ニックが「別にいいじゃねーの? グレンはモテるんだから、あの子からのアプローチないからって困らんっしょ?」と、言いかけた言葉に被せられ、機会を失う。


 その通りだ。

 と、言えばニックにぶん殴られそうなので控えるが、彼が言うように別に困らな……いや、困る。

 何で困るかは分からないが、困る。


 ただ、彼女が自分のことを諦めたという指摘に胸が苦しいことは確かだ。


「はあ……だから、あれほど適度に遊んでおけって言ったのに」

「言われてねえ」

「魔物のケツばっかり追っかけてるから」

「言い方」

「もう振った女のことはもう忘れろ」

「振ってない」

「じゃあ振られた? もしくは、愛想尽かされた?」



 ニックの言葉にグレンの喉がぐう、と鳴る──今更になって気が付くなんて。



 そんなグレンにニックは「おっ? 立場逆転?」と感嘆の声を上げ、完全装備の受付嬢に心の中で拍手を送った。




 ◆◆◆




 ケアロハのギルドに勤めて三年と二ヶ月と十日目。


 この街にもすっかり慣れてきたそんな時、メイベルに悲劇が起きた。


 この街を離れることが解決策なのは分かるが、それだけはしたくない──ここ一週間ほどは話すことも、視界に入ることも控えているが、彼がいない場所へ行くなんて考えられない。


 ……全く考えなかったわけではなかった。

 でも、油断していたのだろう。

 これは完全にメイベルの自業自得である。

 だけど、こうやっていつまでも顔を隠すような生活はしてられない。

 仕事に支障をきたしているし、上司や同僚にもこれ以上迷惑をかけられない。

 

(悩んでる場合じゃないよね)


 あと三日で給料日だ。

 お金はかかってしまうが仕方がない。

 ぐず、と洟をすすり、度の入っていない眼鏡とマスクの位置を正して「よし」と小さく声に出す。


 声に出すと、涙が少しだけ引っ込む気がした。


(大丈夫。これまでも何とかなってきたもの)



 メイベルの生まれはこの国ではなく、隣国のルネレヴァロワだ。

 名前もメイベルではなく、イニュータイル──「役立たず」と呼ばれていた。

 今現在名乗っている『メイベル』という不相応な名前は、とある物語の主人公から借りたものだ。


 男爵家の妾腹の子であるイニュータイルは、母親の顔を知らずに育った。

 なんでも、母親は本妻からの虐めに耐えられず、イニュータイルを置いて幼馴染の男と駆け落ちしたらしい。

 そんな理由から、幼い頃からずっと使用人として働いていたイニュータイルは、男爵家族からも使用人からも蔑まれていた。


 食事を抜かれるなんてことは日常茶飯事で、男爵の娘である二つ違いのイニュータイルの義姉からの虐めは苛烈の一言だった。嫌味を言われるなんてのはまだいい方で、使用人にイニュータイルを痛めつけるように命令していた。

 それは年を重ねて行くうちに酷くなっていった。

 女性の使用人からの暴行は痛いだけだったが、男性の使用人からのそれは恐ろしく口にするのも(おぞ)ましい行為だった。


 イニュータイルは逃げて逃げて、食事を摂ってない体で一日中押し付けられた雑用をこなしながら、気を張りっぱなしで生活していた。


 ──このままずっとこうして生きていくのだろうか。


 そう思っていたイニュータイルの人生を変えたのが、男性使用人から逃げている際に逃げ込んだ物置部屋で発見した絵本だった。


 不遇な少女が逃げた先の国で幸せになる絵本は、さすが子供向けと頷けるものだったが、イニュータイルにとっては『希望』だった。

 もしかして、自分もこの子のように幸せになれるのではないか。という希望だ。


 その希望はメイベルの胸を高鳴らせた。


 そして、まるでその考えを祝福するかのように、埃が舞う黴臭い物置部屋の小さな窓から日が差して、イニュータイルを照らした。


『勇気を出そう!』


 物語の主人公である少女の最初の言葉に、イニュータイルは励まされ、そして決意した。




 ◆◆◆



〈ファーンズワース遺跡付近のデヘイヴン森にて薬草摘みをしたく、護衛を一名依頼させていただきたく存じます〉


 見慣れた文字で書かれた依頼書の内容は、やけに丁寧に書かれていた。


 仕事内容はレベル2〜3。普段、地下迷宮に潜ってレベル9〜10の仕事をしているグレンは見向きもしない内容だ。報酬金も相場よりやや少なく、その代わり食事を提供すると書かれていて、冒険者になりたての新人向けのものだった。

 しかし、グレンは依頼者の名前を見て、新人だろう若い冒険者が手を伸ばしていたのにも関わらず、掲示板に貼っていた依頼書を外した。


大人気(おとなげ)ないのは百も承知だ)


 何としても、メイベルと話したいグレンの強行突破である。


『まあ、グレンさんには関係ないですけれど』


 昨日、彼女と同僚であり親友のミィミの話を聞いたグレンは、もう形振(なりふ)り構っていられなくなっていた。






「よう」

「……グレンさん、これ……?」


 呼び出したメイベルに依頼書を渡すが目が合わない。


「ああ、うん。まあ、暇だし」

「でも、これ、レベル3どころか2程度の内容ですよ? 報酬金もそんなに高くないし、」

「読んだから知ってる」


 見慣れない前髪に、サイズの大きいマスクに眼鏡をしているメイベルはグレンより身長が低いので、彼女が見上げてくれなければ目も合わなければ表情も分からない。


「それに食事提供ってあったから。お前の飯……美味いし。リクエストのもん作ってくれるなら、別に無料(ただ)でもいい」

「それは、助かります、けど」


「じゃあ、決まり。行くぞ」

 グレンはメイベルに断られる前に、彼女が持っている籠を奪って歩き出す。




 付いてこなかったらどうしよう、と思い後ろを振り返ると、ちゃんと付いてきていたので立ち止まる。


 立ち止まったのは並んで歩く為だ。


「メイベル、並んで歩かないか?」

「は、はい!」


「……」

「……」


 無言が気まずい。


 話題はいつもメイベルが振ってくれていたから、こちらから何を話せばいいのか分からない。

 いや、聞きたいことはある。とても重要なことで、今ここにいる理由もそれである。

 しかし、内容が内容だけにどう切り出していいやら分からないのだ。


 SS級の魔物を退治するのと同レベルの難易度である。

 ……もしかしたらそれ以上かも知れない。


 そんな風にぐるぐる悩んでいる直後のことだった。

 メイベルが口を開いた──「なんだかデートしてるみたいで嬉しいです」と。

 この台詞を聞いた時のグレンの気持ちは、自分でも驚くほどの『安堵』だった。


『女って生き物は、一度気持ちがなくなった男に対して非常にドライになるんだ。それはもう想像を絶するドライさと冷たさだ。つまり、だ。昨日まで『大好き』だったとしても、今日そうだとは限らない。どうだ? ぞっとするだろ? だから好きな女は殊更大事にしないといけない。これは俺らの義務なんだ』


 グレンは「はあ〜〜〜っ」と安心から大きく息を吐き、と同時にメイベルの手を取る。


 ニックに言われてから、ずっと不安だったのだ。


「ぐ、グレンさん?」

「デートじゃない」

「あ、はい、分かってま、」

「それは、今度しよう」

「え、何を……」

「デート」

「え? えええ!? ……あ、ああ! み、皆で、ですか?」

「あ?」


 どうして、『皆で』になるのか。

 ついこの間まで、そちらからの押せ押せの姿勢だったのに。

 いや、交際を申し込まれたことはないけれども……。


 前々から彼女は自己評価が低いと思っていた。


 自分が誘われるなんてあり得ないという態度に腹が立つのもあるが、そうなった経緯を知っているので怒ることができない。

 じろりと見ると、はっと弾かれたように俯かれた。

 が、前髪とマスクの隙間から確認できた眼鏡越しの目は赤く、彼女が涙を流したことを教えてくれる。


「違う、二人で」

「ふたり」


 ぎゅ、と握っている手に力を込めて言った言葉に、メイベルの肩が小さく跳ねる。


「……嫌かよ」

「い、嫌なんて……」


 嬉しいです、そう小さく言った華奢な手の持ち主は、グレンのを解くことなく、戸惑ったようにだが手を握り返してくれた。




 ◆◆◆




 メイベルは混乱の極みの中にいた。


(一体何が起きたの?)


 薬草を摘みながらも考える。

 が、分からない。

 だって、信じられるだろうか?

 デヘイヴン森に到着するまで、大好きな人と手を繋いで、しかも! 『今度』デートができるらしい。


(だけど、『今度』という言葉に具体性なんてものはない、とミィミが言っていたような気がする……)


 恋愛偏差値が低いメイベルにはやはり分からない。


「はあ」


 溜め息を漏らし、自分から離れたところで警戒するように周辺に目を光らせるグレンは相も変わらず格好良い。


 そも、彼がメイベルの依頼を受けてくれたことが不思議でならない。

 なぜって、彼のような凄腕の冒険者がレベル2程度の護衛をするのは非常に稀だ。

 メイベルの出した依頼のレベルでは新人の冒険者が妥当。ビッグマウスで自信満々な新人もいるにはいるが、新人なので断りやすい。

 真面目な新人冒険者が依頼書を持ってくるのが一番いい……と思っていたのに、まさか国内屈指特級冒険者が来るなんて誰が想像できよう。


(グレンさん、やっぱり優しいなあ)


 ──もしかして目が合った時に、メイベルの状況を察して優しい言葉をくれたのかも知れない。


 メイベルは弁えているので、自分を好きになってくれる奇特な男性がこの世にいるとは思っていない。

 故に、どうせ叶わないのなら隠さなくてもいいのでは? と気付いてから自分の想いをグレンに伝えてきた。


 ……でも、それは今はできない。

 ()()()()()になってしまっては難しい。


 途端、くしゅん、とクシャミが出た。


(……目が痒い。擦りたいけど我慢。我慢……我慢……! 神様、今この時だけでも症状を抑えてもらえませんでしょうか……!)


 しかし、願いは虚しく涙と鼻水が出てくる。

 鼻のかみ過ぎでメイベルの鼻の下は真っ赤だ。

 ついでとばかりにマスクのせいで肌は乾燥気味で、そのストレスからか額に大きな吹き出物ができてしまった今の状況では、彼に想いを伝えるなんてできない。


(好きな(ひと)に、こんな最悪なコンディションで会いたくなかった)


 そりゃあ、メイベルは美人でもなければ可愛くもない。

 良くも悪くも、十人並みの容姿だ。

 ただ、肌だけは自信があった。

 お世辞が苦手で、ちょっぴり口の悪い美人のミィミにも羨ましがられる肌は、メイベルの唯一誇れるところだったのに。


 せめて顔がもう少しだけでも可愛かったら……。

 例えば、義姉みたいに綺麗なら……と、考えながら鼻をかんで涙を(ぬぐ)う。

 彼女は内面は悪魔みたいだったが、顔は天使のように美しかった。


 ──でも、このマスク生活も、あと少しでおしまいだ。



 ルネレヴァロワ国にはない植物のせいかは不明だが、カヴァデール国に来て約三年目に発症した花粉症はメイベルを苦しめた。


 カヴァデールで暮らす人間にとっては大したことのない花粉でも、ルネレヴァロワで長く暮らしていたメイベルには生活に支障をきたしまくる厄介なものなのである。

 だけど、たまたまメイベルの借りている部屋の大家の知人がルネレヴァロワの出身だそうで、薬の調合法を教えてもらったのだ。

 調合といっても、難しいことはない。乾燥させたボラポラ草をすり潰して粉状するだけ。そして、それをお湯に溶かして飲めば症状が治まるそうだ。


 これなら自分でもできる──というわけで、現在の薬草摘みの依頼に至る。

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