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その扉も、他と同じでやっぱり鍵はかかっていなかった。
「お邪魔しまぁっす・・・」
フィオーリを先頭に、ぞろぞろと中に入っていく。
扉の内側はどこか雑然としているけど、荒れ果てているというわけじゃない。
ホビットの家は物が多いから、そのせいかもしれない。
「自分のお家に入るのに、お邪魔しますって、なんだか変ですね?」
「けど、ここ、よその人の家かもしれんのやろ?」
どうにも、調子の狂う感じだ。
家のなかのつくりは、外から見た印象よりは広かった。
玄関には大きな天窓があって、そこから日の光がさしている。
久しぶりの明るい光に、ちょっとくらっとした。
「あっちは地上に直接出られる出入口なんっすよ。
でも、普段は、こっちのほうを使っています。
チビたちはまだ、あそこから飛び降りると危ないんで。」
窓かと思ったら、出入口らしい。
面白いつくりになってるもんだなと思う。
よく見るとそっちの出入口も真新しくて、周囲の壁も少し色が違っていた。
もしかしたら、あれも襲撃のときに壊されて、修理されたのかもしれない。
家のなかには明かり取の窓があるらしく、ほんのりと明るくなっている。
ところどころに残る修理の痕が、ちょっと痛々しい。
けど、壊れたところはきれいに直されていて、うち捨てられた廃墟ではなかった。
僕らは自然と声をほそめて、ぼそぼそと話していた。
「ここ、右側が厨房っす。」
入口から一番近い部屋は厨房だった。
「おおお~、見事な厨房やなあ。」
途端にグランが歓声をあげた。
あわててみんな、しーっ、しーっと口に指を当てる。
グランは分かった分かったというふうにうなずいたけど、すぐに厨房のほうに気を取られた。
「なにこのすべすべの柱?
どんだけ磨いたら、こんな黒光りすんのん?」
厨房のなかは玄関ほどには壊されていなかった。
どっしりした柱は、オークの力でも、どうすることもできなさそうだ。
目立つ修理の痕もなかった。
「こっちは、保存食の棚か?
すごいな、ありとあらゆるスパイスがあるやんか。
え?なに?これ?見たことないもんもあるわ。
ちょっと、味見してみていい?」
なんとか声は抑えようとしてるみたいだけど、目がきらきらしてて、興奮を抑えきれないらしい。
「いいっすよ、と言いたいところですけど。
よその家かもしれないので・・・」
フィオーリが困ったように笑う。
すると、グランはあからさまにがっかりした顔をした。
「ああ、そやった・・・」
「危うく、スパイス泥棒になるところでしたね?」
シルワはくすくす笑っている。
なんだかみんななごんでるけどさ。
今、僕ら、不法侵入中なんだよ?
分かってる?
「けど、オークに襲撃されたのに、これだけの保存食が無事にあるなんて、なんか変じゃない?」
僕がそう言うと、全員、おう、とか、うーん、とか唸り声をもらした。
フィオーリは棚のなかにあるものを確かめながら言った。
「これくらいなら、あの後、また一から作っても、揃うと思いますけど・・・」
「すごいな、流石、ホビットさんや。
これだけのコレクション、なかなかできへんで。」
グランの感心するところはそこらしい。
「おいらたち、ため込むのが習性みたいなとこ、ありますからね。
食料庫なんて、もっとすごいっすよ?」
「食料庫まであんの?
それは、是が非でも、見てみたいなあ。」
「いやだから、今僕らは・・・」
どうにも食材のこととなると、グランは目の色が変わってしまう。
「けど、これで、確実になったことがひとつありますね。」
なに?とみんなシルワに注目した。
「ここは、オークの住処ではないということですよ。
オークに保存食は作れませんからね。」
なるほど、と全員が納得した。
確かに、オークなら保存食になる前に食べてしまう。
「しっかし、見事な厨房やな。
こっちの竈は、灰もならしてあるし、いい感じの煤け具合や。
水瓶もひびひとつあらへんし、どっしりして、ええ形やなあ。」
グランは厨房の設備を丁寧に手でなでながら感心したように言った。
褒められてうれしいのか、フィオーリはちょっと得意げに言った。
「三百年前のご先祖様がここに家を作ったときからある厨房っす。
それから、子孫たちが、代々、大事に使ってきたんっすよ。」
「なるほどなあ。
年季と重みが違うわ。
ええなあ、こんな厨房。
一度でええから、こんな場所で、料理してみたい。」
「ここが間違いなくうちなら、いくらでもどうぞって言いたいところなんっすけど・・・」
「それが分からないから、困ってるんですよね?」
いつになく興奮気味のグランに、みんなだんだんあきれ顔になってきた。
なのに、グランはあんまり興奮しすぎて、それに気づかない。
「どうやの?このおたまにフライ返し。
大きさと用途別に、順番に並べてあるやんか。
こっちのナイフかて、全部ぴかぴかに磨いてあるし。
あかん、光る金属とか見ると、血が騒ぐわ・・・」
「誰か、グランを抑えておいたほうがいいんじゃないの?」
思わずそう提案してしまった。