馬鹿王子は『背景』に惑わされる
私の名はバレンティン。セルバンテス王国の第二王子だ。
私はある秘密を抱えている。それは、他人には見えないものが見えるという秘密だ。
それは、人の背後に見える。例えば――
「おはようございます。お目覚めでしょうか」
私を起こしに来た、中年の女性。彼女は私の専属筆頭侍女であり乳母だった人だ。彼女の後ろには柔らかな緑の葉を茂らせた枝が見えている。それを見ると私はホッとする。
「――ああ、おはよう」
私はそれを見守ると、挨拶を返した。
そう、私は人の背後に、その人の内面を感じさせるような『背景』を見るのだ。
幼い頃は私以外にも見えていると思っていた。そうではないと教えてくれたのは、いつも明るいガーベラの花を背負っていた母だった。
気づいた母は、相手に言ってしまった時は「そんなイメージがする」と誤魔化すようにと言い含めてくれた。おかげでロマンチストな王子だと言われている。
さて、そんな私だが、婚約者がいる。
「ごきげんよう、バレンティン様」
それがこのビジャール侯爵令嬢ブランカだ。
見た目は少しツリ目気味だが整った顔をした、金の髪が美しい令嬢である。
しかし……
私の目に映るのは毒々しい原色と紫の混じった毒花だ。
彼女が背に負うおぞましい花が、私は苦手だった。初めて対面した7歳の時から、一つ年下の彼女の後ろにはこの花が咲き誇っていた。少女単体で見れば、さぞかし可愛らしく、もしくは美しいのだろう仕草や言葉も、その毒花と共に見れば一体何を企んでいるのだろうと思うような光景になる。
私は、彼女との婚約をなんとか白紙にしたかったが、後継と派閥の関係上難しいと言われていた。
なんとかしたい……。
そんなときに出会ったのがブランカの妹であるホセフィーナ嬢だ。
姉のブランカより更に一段明るい金の髪。侯爵譲りだろう翠の瞳。何よりその背景に咲き誇るのは純粋さを表すような白百合。
私はひと目で彼女に落ちた。
コロコロと明るく笑い話す彼女に惹かれ、私を頼るようにしなだれかかる彼女に癒やされる。
ホセフィーナ嬢は同じビジャール侯爵の令嬢である。家と家との結びつきが大事というだけなら、姉ではなく妹を、と言っても全く問題はないだろう。
そう思って父に進言すれば、険しい顔をされてしまった。王である父の背後にいる獅子も、こころなしか困った表情をしている。
保留されて返されて、さてどう説得すべきかと考えていた頃、泣き濡らしたホセフィーナ嬢が私のもとにやってきた。
曰く、姉であるブランカに嫌がらせをされていると。
物を隠したり、スカートに水を零されたり、身に覚えのない中傷を流されたりなど、一つ一つは小さな、だが悪質な嫌がらせである。
私は激昂した。
彼女が定期の茶会にやってきた王宮の廊下で問いただしたが、知らぬ存ぜぬと恍けるので、更に頭に血が上った。
こんな毒花を背後に持つ令嬢など、ろくなものではないとずっと思っていたのだ。
私はその場で婚約破棄を言い渡し、ブランカ嬢を牢に閉じこめるよう衛兵に言い渡した。
失敗だった。
せめて、ブランカ嬢の身体検査を怠らぬよう言い渡すべきだった。
父になんてことをしたのだと怒鳴られ、牢の彼女の元へ駆けつけたときには、ブランカ嬢はナイフを胸に突き刺し自決していた。
私は証拠の不十分なまま高位貴族の令嬢を追い詰め、自殺に追い込んだとして、王位継承権を下げられ辺境の地に療養という形で幽閉の身となった。
なぜだ。なぜこうなった……。
私は辺境の地で以降王都の情報も全く流れてこないまま、病で生涯を閉じた。
§ § §
はずなのだが。
なぜかまた、同じ人生が始まった。明るいガーベラの花を背後に背負う母。勇壮な獅子の姿を背に負う父。
セルバンテス王国の第二王子、バレンティンの人生だ。
しかもそれは、あのブランカに出会う日の朝から始まったのだ。新緑の柔らかい枝を背負う専属侍女に知らされ気がついた。
何ということだ。あの毒花をまた見続ける生活を、また始めなければならないのか。
どうせなら、あの妹、ホセフィーナ嬢に初めから会いたい、と思っていたからだろうか。
満開の白百合にドキリ、とした。
サラサラとした金の髪を持つ少女が、庭の片隅に佇んでいる。庭に本当に咲いているバラの花を見ているようで、顔は見えない。
まさか、と声をかけると、その背景に満開の白百合と霞草を咲かせる令嬢が振り向いた。
「え……」
そこにいたのは、ブランカだった。
最後に見たときよりずっと幼い、まだ6歳になったばかりの少女は、落ち着いた金の髪と一見冷たく見えるアイスブルーのツリ目を揺らし、困ったように頭を傾けた。
愛らしい。
そう思ってしまった私は頭を振る。あの毒花の令嬢ではないかと、心を強く持って、もう一度彼女を見た。
満開の白百合は金の光を放つよう。添えられるように咲く霞草は奥ゆかしさを感じさせ、彼女の清らかさを演出していた。
まて、おかしい。
これまで会った人は、今まで誰一人として、違う背景を持っている者はいなかった。少なくとも、自分の身の回りには。
怪しんでじっと見ていたら、侍従と衛兵に見つかり、父母にこれが婚約者候補の少女だ、と紹介された。
婚約者候補。そうか、まだこのときは候補なのか。
ならば断ればいいのではと思っていると、ブランカ嬢はホッとしたように微笑んで、私に向かって非の打ち所のない礼と挨拶をしてきた。更に最後にニコリと笑う。
顔が熱い。
そんな私を見た母が、是非に彼女を婚約者にと言い、父が頷き、私が混乱している間に婚約は内定していた。
こんなはずはない、と義務となった定期の茶会でおざなりにしていると、ブランカ嬢は少し困った顔で、いろいろな話題を振ってきた。
好きな食べ物、好きな花、最近読んだ面白い本……。王城の庭に咲いていた花が美しかったなど、相づちも適当な私に対して飽きもせず根気よく、ふわりとした笑顔で話し続ける。
しかもその背景では、そよそよと風になびくように清楚な白百合が揺れ、そこから弾き出された金の光を霞草が支えるのだ。
美しい光景にウットリしていると、ブランカ嬢に心配そうに声をかけられる。大丈夫ですか? と眉を下げる彼女が、非常に愛らしい。
いや、と言って顔を背けたが、その声は裏返っていなかっただろうか。
すると彼女は、そうですか……と少し残念そうな顔で俯くのだ。
それがなんとも庇護欲を誘い、抱き締めたくなる。
そんなふうに、茶会を過ごしているうちに、こんな考えの自分に気がついた。
前世でも彼女があんなふうだったら良かったのに。
そう考えている自分に気が付き、振り払おうと前世の彼女の姿を思い出そうとして――気がついた。
前世の彼女の仕草や言葉を。
今と変わりがない、と。
どういうことだと頭を抱え、できるだけたくさんの前世のブランカを思い出そうとした。
すると、茶会のたびに何かと話題を探して懸命に話しかけてくる彼女をうざったいと感じ、上の空で聞く私に心配そうに声をかける彼女を気持ち悪く思い、適当にあしらう私に対して残念そうに俯く彼女をわざとらしいと眉をひそめた自分自身を思い出し、吐き気がした。
彼女は、変わっていない。背景が変わっただけだ。
そして、できるだけの前世のブランカの行動を思い出した。きっと、きっと何か瑕疵があるはずだと縋るように。
しかし思い出される行動は、素気なくあしらう私を、懸命に文句一つ言うことなく支えようとするブランカ嬢の姿ばかりだった。
頭を、抱えた。
なんだ。
なんだ、私は。
他人には見えない『背景』にずっと惑わされていたのか?
私は否定したくて、まずブランカ嬢以外に背後に浮かぶものが違う人がいないか探した。けれども、会ったことのある人で、背景が違うのはやはりブランカ嬢だけだった。
違う、なぜだと思い続けて、数週間。定期の茶会で、すっかり眉をハの字にしたブランカ嬢に大丈夫かと腕に手を添えられた瞬間にそれは起こった。
彼女の後ろから白百合が消えた。
え、と思って目を凝らすと、また首をかしげる彼女の後ろに白百合と霞草が浮かんできた。
消えろ! と思うと消える。よく見ようとすると浮かぶ。
「あ、あの……バレンティン様はお疲れなのです。今日はここまでにしてお休みくださいませ……!」
すっかり心配顔から戸惑ったように顔を赤らめた表情に変わったブランカ嬢が、私の背をグイグイと押し始めて、その時の茶会は終わった。
それから私は視界から自由に『背景』を消せるようになった。
内心とても嬉しかった。普段の父は優しいが、王としての父は背後の獅子も飛びかからんばかりの迫力になって、正直まっすぐ見ることもできない。その部下の側近たちや大臣なども、迫力ある背景の持ち主ばかりだから、私はいつもオドオドするしかなかった。
消えてしまえば、以前ほどの迫力はない。
困ったのは、割と私は人を背景で覚えていたようで、背景なしだとたまに誰かわからなくなることか。そんな時にはチラリと背後に目を凝らせば出てくるので、それでやっと誰なのかわかるというようなことがあるのだ。前世からこれまでずっとのクセだから、なかなか根が深い。
だけど、背景を見なくなった私はなかなかに好評だ。
当の側近や大臣、何より父は、私に対して引っ込み思案な印象を持っていたらしく、それがなくなり堂々とした姿勢に見えるようになったそう。
女性を見る目があからさまに違ったとも言われた。男性は迫力ある背景の人が多い傾向で、女性は花や植物、動物でも愛らしいものが多かったせいか、ついつい癒やしを求めて目が行ってたようだ。今は庭の植物や飾られた絵の中のものをそんなふうに見ているのを見かけられているらしい。それで、いやらしい意味ではなかったのだと思ったなどと、からかわれてしまった。
そういえば、以前はそういった芸術品や草花などをあまり見なかったような気がする。今一番のお気に入りは、王妃宮の入口近くに飾られた、白百合と色とりどりのガーベラが霞草と共に飾られた花瓶の絵だ。
毎日一度は見に来ている。
茶会でブランカ嬢に会ったときも、たまに目を凝らしてみる。
少しもじもじと顔を赤らめるブランカ嬢の後ろに咲き誇る白百合。絵の中の白百合にはない金色の光とそれにそよぐかのような霞草が美しい。
思わずホッと顔を緩めると、ブランカ嬢も話すのをやめて愛らしく顔を染めて俯くのだ。
可愛い。私の婚約者が可愛い。
私はすっかり満足して忘れていた。
『彼女』の存在を。
ある日、まだ見ぬ庭園の美しい植物を探そうと散策中。
その少女と出会った。
足首をひねったのか、しゃがみ込んで白く細い足首を撫でる少女。
あまり見たことのない容姿に誰何しようと近づけば、彼女は私の足音に顔を上げた。
「あっ、すみません。転んでしまって……」
明るい金の髪。翠の瞳。
ブランカ嬢の妹、もう一人のビジャール侯爵令嬢ホセフィーナ嬢だった。
思わず、その『背景』に目を凝らした。
そこにあったのは。
「うっ……!!」
毒々しい原色の花弁を持つ花々。紫色の内側を持つツボのような形の食虫植物。そしてウゾウゾと動く触手のような蔦がその背景に現れたのだ。
あまりのおぞましさに私はすぐにその背景に消えるよう念じたが、消えてもその強烈な印象に、ホセフィーナ嬢に近づけなくなってしまった。
人を呼び手当してやるよう命じると、その場を退散。王妃宮の前の絵に癒やされに行く始末。
そして思った。
ビジャール侯爵令嬢の二人の『背景』が入れ替わったのではないか、と。
入れ代わった上でグレードアップしているようだった。ブランカの毒花はあそこまでおぞましいものではなかったし、また前世のホセフィーナ嬢の方も白百合だけで、しかも半分近くが蕾だった。
「また、『背景』に惑わされるのか?」
おぞましい背景だから嫌う、というのは違うのではないか、と思った。そこでもう一度彼女に会うことにした。怪我の具合を聞くという口実で会ってみたのだが。
「王子様、よく私がビジャール侯爵の令嬢だとわかりましたね。ふふ、心配してくださって、嬉しいですわ♡」
そう言ってしなだれかかる彼女に、怖気が走った。
ホセフィーナ嬢とは、こんなに下品な女性だっただろうか?
背景はもう消したままだ。その上で懸命に目の前の令嬢の仕草や言動を観察し、前世のホセフィーナ嬢を思い出す。
すると。
同じだ、と思った。
前世で愛らしいと思った笑い声は、ひどく幼稚に感じ、癒やされると思ったしなだれかかるような仕草は、とんでもなく破廉恥で下品だった。
同じ。同じはずなのに。
ブランカ嬢に感じた強い葛藤をホセフィーナ嬢にも感じる。
前世あれほど嫌ったブランカを愛おしいと感じ、前世最期の時まで欲したホセフィーナ嬢が気持ち悪くてたまらない。
背景が、背景が変わっただけで。
私は混乱し、そしてホセフィーナ嬢のセリフを聞く。
「私、お姉さまに僻まれているみたいで……。お姉さまは頑固で融通が聞かなくて、いつも作法がどうだの礼儀がどうだの煩いんです。そんなんだからいつもあんな暗くて、目を吊り上げた怖〜い顔してるんですよ。王子様だってあんなお作法の先生みたいのより、私みたいな明るい子の方がいいでしょう?」
聞いた……聞いたことがある。
そして、何度も同意した前世の自分を思い出す。
ああ、ああ。
私はなんて馬鹿なんだろう。
「そんなはずはない」
そうだ、そんなはずはない。
「ブランカ嬢は真面目で奥ゆかしい。そして努力家だ。王太子妃教育だって辛かろうに、文句言わず受け続けてくれている。そしてそれは私のためなんだ……」
わかっている。彼女の努力、その成果。全て全て、私に恥をかかせない為だけに。
第一、彼女のどこが暗いというのだ。近頃はいつも顔を赤くして、時々ひどく柔らかく微笑んでくれる。それは白百合の花がほころぶように美しい。
「例え彼女に私に対する愛情がなくとも構わない。その分私は彼女を好ましく思っているし、愛している。私の愛する彼女を悪く言うのは聞き捨てならないな」
私がそう言うと、ホセフィーナ嬢は驚愕の瞳で、どうして、と呟いた。
怪我も大した事なさそうだから、と立ち去ろうとしたところで、ドアをノックする音が聞こえた。返事を返すと、……そこに立っていたのはブランカ嬢だった。
「バレンティン様が……おいでだと聞きましたので、その……」
その顔は、青い。
「ブランカ」
私は生まれ変わって初めて、彼女を呼び捨てにした。そのことに気がついているのかいないのか、ブランカは俯き、顔色をますます悪くさせている。
その様子に首を傾げ、ああ、とブランカの手を取り跪いた。
俯いた彼女を見上げると、ギョッとした顔が見える。……前世の自分は彼女のこんな顔見たことあっただろうか。
くすり、と笑って彼女に話しかける。
「今君の妹と話していて、思い出したことがあるんだ」
眉をひそめるブランカ。
「言ってなかったことがあるって」
見上げたブランカの顔は泣き出しそうだった。
「私が君を愛してる、って」
ブランカは、目を見開いて固まった。
私はたたみかけるように続ける。
「それからいつも感謝してるってこと。それから、俯いて顔を赤くする仕草が可愛いってこと。あれはすごく抱きしめたくなって、いつも我慢してるんだよ。それから……」
「待って、待ってください。バレンティン様、その」
ブランカ嬢の顔は真っ赤だった。今もしその背後を注視したなら、赤く色づいた百合があるのではないかというぐらいに赤かった。
可愛い。すごく可愛い。
「バレンティン様は、妹のような者がお好きなのでは……?」
呆気に取られたようなブランカの言葉。
私は振り返って、唖然とするホセフィーナ嬢を見た。見たが、もうなんの感情も湧いてこなかった。
「いや、好みではないね」
向き直ってブランカを見つめる。顔を赤らめたまま視線を彷徨わせるブランカに、眉を下げた。
「……私はあなたに愛される資格など、ないのかもしれない。ひどく優柔不断で身勝手な男だ。けれど誓えるよ。今の私は、君が好きで大好きで愛してるって。君以外にそばに居てほしい女性はいないって」
ブランカ嬢は、涙を流し始めた。片手で口元を抑え、頬は真っ赤なままで。可愛くて可愛くて、抱きしめた。
そこで思い出したのが。
牢の中で倒れるブランカ。胸に刺さったナイフ。……血の匂い。
私は、彼女に愛される資格などないのかもしれないのではなく、ないのだ、と気が付いた。だって前世の彼女を殺したのは……。
思わず力を込めた肩に、背後から声がかかった。
「嘘でしょう? 王子様、嘘よね? あなたが愛しているのは私よ……!」
その叫びに振り向く。
まだ見ようとしていないはずのホセフィーナ嬢の背後に食虫植物の蔦が見えた気がした。
「そんな陰気な婚約者は嫌だといったじゃない。何を考えているのかわからないって。私を、私の腰を抱いて癒やされるといったでしょう? 王子様……!」
それを聞いて、ゾッとした。
この子は。
「ちょっとヘマしてバラバラに閉じ込められちゃった前世だけど、今度は上手くいくわ。だから、ねぇ。私の手をとってよ。今度こそ二人の楽園を作りましょう?」
「ヘマ、って……」
そこで言われた言葉は衝撃だった。
「お姉さまの牢屋に直接ナイフを投げ込んだことよ。そしてどれだけ私が愛されているか教えてあげたの。それから、お姉さまがこれからどんな目に遭うのか。虐辱されて、陵辱されるかもね、って。そうやって煽ったら震えながらナイフを刺して……キャハハ♡」
その顔は、ひどく嬉しそうで、前世のホセフィーナ嬢自身と重なった。
なんだ。
前世の私は何を見ていたんだ。
今もし、ホセフィーナ嬢の後ろに白百合が見えて、ブランカの後ろに毒花が見えても、ホセフィーナ嬢のほうが圧倒的におぞましく見えるだろう。
私はブランカを守るように引き寄せた。彼女の震えが伝わってきた。
「お姉さまより、私のほうが愛されるの。当たり前でしょう? 私のほうがずーっと、可愛いんだから!」
その言葉に、ぶちり、と何かが切れた。
「どこがだ」
は? と言う音が聞こえる。だが無視だ。
「お前のどこが可愛い。私の婚約者のどこが可愛くないんだ」
「は? いや、え?」
「姿はどことなく愛らしいかも知らんが、可愛くはないな。反対に私の婚約者、ブランカ嬢は愛らしい上に美しくて可愛いんだ。一体どこにそんな自信がある?」
ぎゅうぎゅうとブランカを抱きしめながらドスを効かせた言葉を響かせる。
前世、ブランカを殺したのは私かもしれない。だけど直接の悪意を持っていたのは明らかにこの女で。私はこれから生涯をかけて、ブランカに償い、守っていかなくてはならないのだと決意した。
「お前などにブランカを殺させはしない。金輪際私達に近づくな!」
「えっ? いや、あの……王子様?」
「ブランカ、ここは危ない。しばらく王宮に泊まりなさい。王にも侯爵にも、きちんと事情を話すから」
後ろからすがりつくような声が聞こえ続けたが、無視して侯爵邸を後にした。
王と侯爵にホセフィーナ嬢からのブランカへの殺意と、私への執着を感じ、身の危険を感じたので保護して欲しいと求めた。
意外にも侯爵自身からも口添えされ、ブランカは暫く王宮に留まった。
本当に暫くだったけれど。
だって侯爵がホセフィーナ嬢を領地の田舎に送ってしまったからね。
それから……。
私はブランカと甘い時を過ごしている。
前世の自分を思うと、心の奥がズキズキと傷んで、こんな天国にずっといていいのかと泣きそうになるけれど、幸せそうなブランカの顔を見ると守らなくてはと思う方に傾く。
私は生涯をかけて償い、生涯をかけて愛し、守り抜く。
彼女が幸せそうに微笑み続けるのが、一番の報いだと知っているから、それを守る為ならなんだってやろう。
後々、私は賢王であり愛妻家だと歴史書に書かれるようだが、なんてことはない。
クズで馬鹿な前世の自分を償い……いや、忘れるための自己満足でしかなかったのだから。
そんな愚かな私が賢王に見えたとするなら、それは賢く慈悲深い、愛する妻ブランカのおかげだろうね。
end.
お読みいただきありがとうございます。
また、ちょっともやっとするものを書いてしまいました……。馬鹿王子が徹底的にひどい目に遇うのを期待していた方には申し訳ありません。
彼は一生涯をブランカに捧げ通しました。
以下、少し物語を補足しますね。
まず、勘のいい方は気がつかれたかなと思いますが、主要三人(王子・バレンティン、ブランカ、妹・ホセフィーナ)は全員転生(巻き戻り)しています。
これは、呪力の高いホセフィーナが前世の死に際に自分の命と魂をかけて行った呪術の成果。ただしホセフィーナ自身は他の二人を巻き込んでやり直ししているという自覚はありません。二人に前世でのことを告白している時も、単に自分に酔いしれてるだけでした。
そもそも、ブランカとホセフィーナの『背景』が入れ替わっていたのも、ホセフィーナが無自覚にブランカを呪っていたのが原因にあります。ホセフィーナはブランカが周囲に与える印象が悪くなるよう呪いをかけ、自分には回りから好印象を得られるよう呪いをかけていました。ホセフィーナは自分が呪力が高いことには気がついていませんが、無駄に高い呪力のために、なんの儀式もなしに効力を発揮してしまったのです。
巻き戻りに関しては、こっそり資料を集めてきちんと儀式を行っています。もちろん禁術。前世は彼女が一番長生きです。
ホセフィーナは、生まれ直すために命と魂を捧げた時に膨大な呪力も失ってしまったため、巻き戻り後は呪いをかけることができず本来のそれぞれが送るべき人生に戻りました。領地に送られた彼女は、周囲に対する呪いの言葉を吐きながらすごしましたが、もちろん効果はなく、捧げられた魂は死後消滅しました。
ブランカは、本当に純粋で素直なとても良い子です。ただ、王子に一目惚れしてからずっと一途に彼を想い続けています。
王子は妹が好きで、自分のことはむしろ嫌っているのだと言われて自決したあと、また自分の人生が始まったとき、始めは身を引こうとしたのですが、どうしても最後に一目見たくなり、あのお見合いの場にやって来ました。そしてその場で王と王妃に婚約者と認められてしまったため、止めるに止められず困ることに。
始めは以前と同じような態度だった彼に、どうすればいいか分からず、つい以前と同じように対応していたものの、途中からじっと見つめてきたり、ふと柔らかく微笑んでくれたりしたことから、ますます恋心を募らせてしまいます。
妹に王子が会っていると知ったときには、もう終わりだと覚悟していましたが、なんだかよくわからない間に溺愛されていて大混乱しました。
その後、優しい夫と子供たちに囲まれて、幸せな生涯を過ごしました。が、よく夫が自分に対して悲しそうな申し訳なさそうな目をするのを、ずっと気がかりにしていました。
バレンティンは本当に生涯をかけてブランカを幸せにしましたよ! 一生頭が上がりませんでした! 馬鹿ですが、気の弱ささえ克服すれば優秀な人なので!
と、まぁこんなことが裏で起こっていました。
姉妹に対する周囲の態度や言動も実は変わっているので、そのへん二人の戸惑いも大きかったようですが、そこは割愛。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました♡
追記!
第一王子について書き忘れていた……。
第一王子は生母の位が低く、あまり身体も強くないため、次の王になるのは第一王子か第二王子バレンティンかまだ決められていませんでした。
前世では、第一王子が王になり、今世では彼は継承権を放棄、臣下に下り、公爵として王を継いだバレンティンを支えています。
どちらでも結婚はしましたが子供ができず、前世では彼の崩御後、少し国が荒れたようです。
ジャンル別ランキング、入れると思わなかったので嬉しいです♡
ありがとうございます!ヽ(=´▽`=)ノ