第三十三話 接触その二
お久しぶりです。
「………考えなくもなかったですね。連中はドイツの同盟国ですよ?」
「確かにそうだ。……だが、リスボン条約の発効によって打つ手を失うのは彼らも同じ事だろう。何とか日本をこちらの陣営に引きずり込めないか、あれこれ手を尽くしているところだ」
「成る程……」
ヴォイジャーは頷いた。
「それで私を此処へ呼んだのですね。日本の外交関係者、或いは政府要人と繋がりのある企業家と接触せよ……と?」
しかし、チャーチルはかぶりを振った。
「この件では既に、君の同僚達が動いている。ドイツについても、日本と仲たがいさせるように工作を開始した」
「では……」
「君もドイツと日本の仲たがいをしてほしい。これには一人でも戦力は必要なんでな」
「……………」
ヴォイジャーは無言のまま、バランタインの瓶に手を伸ばして、中身を自分のカップに注いだ。
それを一気にあおり、生暖かい息を大きく吐き出した後で、どこか皮肉っぽい光をおびた目でチャーチルを見た。
「分かりました。やってみましょう。確かにこれは重大な任務ですね」
ヴォイジャーはスコッチの瓶に伸ばしかけた手にチャーチルの冷たい視線を感じた。
「何か?」
「昼間から飲み過ぎて大丈夫なのか?」
「訓練を受けておりますので。美女と床を共にしても秘密は喋りませんよ」
ヴォイジャーはそう言ってスコッチの瓶を掴んだ。
彼は酒の席で油断していいのは今日が最後だと思っていた。
―――ベルリン総統官邸―――
「中東に攻め込んでから既に四ヶ月が経とうとしている。しかし、今だにテヘランもバグダッドも我が軍が占領はしておらん。一体どういう事だッ!!」
ドイツ第三帝国総統のアドルフ・ヒトラーが怒号を放つ。
「敵イギリス軍は地形を巧みに用いており敵の陣地は貫きがたく、しかも我が軍の補給路は長く伸び、コーカサス山岳地の雪やイスラム教ゲリラに阻まれています」
中東方面軍総司令官のアルベルト・ケッセルリンク空軍元帥が答えた。
「だが、補給に不安を抱えるのは奴らとて同じ事だ。マダガスカルとセイロンは我が軍が押さえたのだ。それなのに何故、自由イギリスはこれほどまでに粘れるんだッ!!」
ヒトラーの怒号に高級将校達は恐縮する。
しかし、不意にヒトラーは笑みを浮かべた。
「だが、昨日カナリス提督がその原因を突き止めた」
ヒトラーに呼ばれたカナリス国防軍諜報部長官が高級将校達に説明をした。
「自由イギリスに接触をしていた諜報員が自由イギリスが日本に対して弾薬や医療品の提供を求めたそうだ」
「……では、我が同盟国であるはずの日本と自由イギリスとの間で密約が成立しているのですか?」
にわかに信じられない表情のケッセルリンクがヒトラーに問う。
「そうなのだ」
ヒトラーは断言した。
「彼らは我々の敵に弾薬や医療品を提供して、帰りは石油を積み込んで帰る腹なのだ」
ヒトラーの言葉に、高級将校達は互いに顔を見合わせたりヒソヒソと話しをする。
「閣下。タンカーにそれ程多くの物資を運べるとは思えません。タンカーと輸送船では基本構造が違うと思います」
潜水艦隊司令官のデーニッツ少将がヒトラーに反論する。
「デーニッツ。君はそれを見たのかね?」
「いえ………」
「閣下。本当に日本は自由イギリスに提供しているのでしょうか?」
ケッセルリンクがヒトラーに問う。
「簡単な事だ。確かめようではないか。本当に日本がイギリス人に武器を渡していないか」
ヒトラーは高級将校達にそう言った。
―――旗艦敷島―――
日本海軍連合艦隊旗艦は特務艦に変更されていた敷島になっていた。
海底ケーブルを繋いで情報収集艦として活躍している。
「……厄介になったものだ……」
山本五十六の後を継いだ新連合艦隊司令長官小沢治三郎大将は会議室で溜め息を吐いた。
「確かに厄介ですね」
そして主人公の将も溜め息を吐いた。
「……インド洋で日本籍のタンカー第二東洋丸がドイツ海軍に臨検され、タンカーからは多数の武器弾薬、医療品が発見されて行き先はクエート……。インド洋には一切、タンカーや貨物船は航行していないのだがな……」
旗艦敷島の艦魂である敷島も溜め息を吐いた。
イギリスで建造されたために髪も金髪のショートヘアとなっている。
そして大艦巨砲とも言える爆乳がプルンと震える。
「外務省はドイツに密約は無いと言っているがドイツは無視をしている。……誰かに嵌められたかな?」
将は茶を飲んだ。
日本は戦火の中に巻き込まれそうだった。
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