人魔共和国(ニムさんち)の恋愛事情 四男の場合
ライトとクーの友達のアマーリアに初めて告白したのは、六歳の春。
答えはきっぱり「私より強くなって出直しなさい!」だった。
ちなみに、強さの基準は幼馴染みの騎士団長の息子、ハリャだ。
ムリだよ。
以降、告白してはフラれ、それでも諦められないうちに、彼女は結婚してしまった。僕より弱い、侍従なんかと。
「喜んでくれるでしょう?」と言われて、「おめでとう」と返した僕は、見事兄妹たちにヘタレと認定された。
「そんな理由でヘタレ呼ばわりされてたのかい?」
「うぅ……だって、好きなんだよぉ」
「今も?アマーリア卿はたしか子供がいるだろ。夫君ともたいそう仲が良いと聞くよ?」
「それでも、アマーリアは僕の天使なんですよ」
あの黒髪、アメジストの瞳、圧倒的な魔術!ああ、まさに天使!
「魔王の娘を天使呼ばわりするのは、世界広しと言えど殿下くらいのものだろうねえ……これはどこに組み込むんだい?」
「それは一番外側の補強用。僕だけじゃないよ、ナチュロも天使だって言ってたし」
ナチュロは、アマーリアの夫だけど、クー付きの侍従でもあるから、話す機会はある。たいていはアマーリアのことだけど、彼女のことで意見が割れることはほとんどない。
「なんだ、仲がいいんだな。恋敵だろうに」
「うん、でも、アマーリアは結婚しちゃってるし、ナチュロが死んだら後釜に座ろうと思って情報収集してっ、るん、だっ!よし、できた!」
「おお、見事なものだな」
「魔力を流すよー。ハウライト卿、防御よろしく」
「お任せあれ」
アマーリアに追い付くべく魔術師団に入って三年。
元魔術師の父譲りの魔力は実践向きではなくて、もっぱら新しい術式の開発と簡略化の研究が仕事になった。
ハウライト卿は、最初は僕の指導係だったんだけど、僕があんまり怪我するんで途中から補佐役に回ってくれるようになった。ハウライト卿がいなかったら、僕、何回か死んでるかも。
術式に魔力を流し込むと、ぼんやり赤く光り始める。それがだんだん白く変わり、最後に小さく爆発して消えた。
「ふむ……魔石で押さえたとはいえ、少々威力が心もとないな」
「んーん、これでいいんだよ。あんまり派手な魔術は実践じゃ役立たないから」
派手な魔術は魔力の消費も大きい。それに、使う魔力に比例して漏れる光も大きくなる。
実践向きじゃないのもそうだけど、今回のは夜盗の討伐に使いたいって言われてるから、これでも派手すぎるくらいだ。
「ーーまた、私に黙って仕事を増やしたな?殿下は働きすぎだと何度言わせれば気が済むんだ」
ハウライト卿は盛大に眉間にシワを寄せて僕の頭にゲンコツを落とす。
「気づかないうちにクマも濃くなってるじゃないか。何日寝てないんだ!」
三日くらいかなぁ?
ポーション飲んでたから体力的にはキツくないんだけど。そう言うと、ハウライト卿は舌打ちして、僕を抱き上げた。
体格は僕とそんなに変わらないし、腕なんか僕より細くて、外見は天使みたいな美少女(本人は自分のことを男の娘って言う。男の娘ってなんだろうね?)なのに、どこにこんな力があるんだろう?
荷物みたいに肩に担がれて、研究棟を出る。暴れると落とされるのは知ってるから、おとなしく運ばれるのが正解だ。
いつも通り、逃げ出した誰かを追いかける声を聞きながら部屋まで運ばれ、ベッドに放り込まれて、安眠のおまじないをしてもらうまでがいつものコース。
「おやすみ、殿下」
唇のはじっこをちょっと上げて、ハウライト卿は部屋を出ていった。また片付け任せちゃったな……。
翌朝、朝食の席で顔を会わせるなりガーニャは「あら!」と声をあげた。
「キース兄様ったら、ようやく巣から出てらしたのね」
「こっちに戻ってきたのは昨日だよ。ハウライト卿に怒られちゃって。卿のおまじないはよく効くから、つい寝過ぎちゃうんだ」
「まあ。じゃあ、エメ兄様のお話もご存知ないのね?」
ガーニャは母にそっくりの邪悪な笑顔で楽しそうに囁いた。エメが止めようとするのが見えたけど、そこで止まるガーニャじゃないよ。
「とうとう、キティを捕まえたんですの。無事ハウライト卿のハレムは回避になったようで、なによりですわ」
そういえば、エメとガーニャがなにか賭けをしてるって聞いたような?
でも、それにハウライト卿が巻き込まれてるなんて知らなかったな。
「ハウライト卿、別に悪い人じゃないのに」
「じゃあ、キースが行く?ハウライト卿のハレム」
「「「え?」」」
母がさらっとぶっこんだ言葉に、兄三人の声が重なる。父親たちもビックリして固まってる。
「いいけど、ハレムってなにするの?」
僕はアマーリアのために魔術の研究ができるならどこでもいいよ?今だって、研究棟に住んでるようなものだし。
「今とそう変わらないんじゃないかな」
にたぁ。
笑う母に言われて、僕はハウライト卿のところに行くことになった。はずだったんだけど……。
「もうやだ、こっち来ないでってばぁ!」
いかついベビードールの集団に囲まれて、僕は悲鳴をあげて屋敷を逃げ回った。
ハレムとは名ばかりのベビードールの研究所が、ハウライト卿の自宅にあった。
それも、所員はいかついおっさんばっかりの!
なんなの、あの恐ろしい集団!あいつらとお揃いなんて、絶対にムリだから!
「そんなこと言わないで、楽しみましょう?」
「そうだよ、着てみたら絶対ハマっちゃうから!」
重低音でそんなこと言われたって、頷けるわけないだろぉ!?魔術の研究も全然できないし、
「こんなとこ、来るんじゃなかった……」
「じゃあ、城に帰るかい?」
飛び込んだ部屋で、思わず呟いた言葉に返事をされて、僕は文字通り飛び上がった。
逆光で顔は見えないけど、声とふんわりしたドレスのシルエットで分かる。ハウライト卿だ。
「帰っていいの?」
「もちろん。私に殿下を束縛する権利はない」
「じゃあ、帰る!」
「手配をしておこう」
僕のハレム生活は、たった一週間で幕を閉じた。
翌日さっそく返品された僕はまた、研究棟に籠ってアマーリアのために研究する日々に戻った。
でも、ハウライト卿は研究棟に来なくなっちゃった。
なんで?僕、なにかした?
ハウライト卿がいないと研究もなんだかつまらなくて、結局僕は城の図書室に引きこもる先を変えた。
「鬱陶しい!」
エメの結婚式が近づいてきて、タキシードの新調をするからって引っ張り出された僕を見て、ガーニャが吠えた。
「なんなんですの、その顔は。カビもキノコも生えまくっているじゃございませんか!」
「そうかな?いつも通りだよ?」
「本気でおっしゃってるなら蹴飛ばしますわよ?」
「ガーニャに蹴られたら死んじゃうからやめて」
実際、兄妹の中で一番身体能力が高いのはガーニャだもの。特に鍛えてないはずなんだけど、なんでだろうね?
「ハウライト卿、最近研究棟で仕事をしているようですわよ」
「え、なんで?ずっと来てなかったのに……」
「新しく入った方の指導をされているそうですわよ」
新人?聞いてない。
扇で窓の外を指して、ガーニャは笑う。相変わらず、笑顔が怖い。
「ほら、あの方ですわ。薬草園にでも行かれるのかしら?それとも、城内の案内でしょうか……おい、ヘタレ」
一瞬だけ外を覗いて膝を抱えた僕を、まるで汚物を触るように扇の先で持ち上げて、ガーニャは鼻を鳴らした。
わあ、この扇、おしゃれじゃなくて武器だったんだねぇ。お兄ちゃん、知らなかったよ。
でも、それどころじゃないね?だって、ガーニャったら僕を窓の外に放り出しちゃったんだから。
「「でっ、殿下ーーー!?」」
僕とガーニャ、それぞれについていた侍女の悲鳴が聞こえる中、衝撃を和らげるための魔術を展開する。
攻撃は得意じゃないけど、こういうのは得意なんだ。
大きいシャボンに包まれて、ゆっくり地面に着地する。
シャボンを割ると、すぐそばに真っ青な顔のハウライト卿が立っていた。
「あの……」
「馬鹿なのか?なんであんなとこから降ってきた?アマーリア卿の夫に立候補するなどおこがましいくらい軟弱なくせに!」
「ガーニャに鬱陶しいって落とされたんだよ。ハウライト卿がいるから、話してこいってことだと思うんだけど……」
さっきまでいた部屋を見上げるけど、もう誰もいないみたいだ。
ハウライト卿も、上を見て「まったく、あの方は」と呟いた。
ガーニャの行動力の被害は、時に家族以外にも被害がいくから、ハウライト卿も諦めてるみたい。
新人の子は、腰を抜かしていた。そのうち誰かが回収してくれるだろう。
「話すことなんてないでしょうに。新しい術式でどこか躓いたんですか?それとも、実験の日程の相談でも?アマーリア卿の話なら聞きませんよ」
「なんでいつもみたいに喋ってくれないの?なんだか、他の人と喋ってるみたいだ」
「殿下こそ、あなたにフラれた私が今までと同じように接すると、どうして思われたんですか?」
フラれたって、なんの話?僕たち、いつから付き合ってたの?
「……帰ってしまったでしょう、我が家から。いえ、つまらないことを言いました。とにかく、新しい補佐を早急に見繕いますから、今後はその者に。行くぞ、コロネ」
ひょいっと新人を担ぎ上げて、ハウライト卿はどこかに行こうとする。
そうやって運ばれるのは、いつもだったら僕なのに、今は僕じゃない。
「やだ……やだよぉ……補佐なんか要らない、ハウライト卿がいてくれないならもう魔術の研究なんかしないぃ……」
悲しくなって、子供みたいに泣き出してしまう。ハウライト卿がぎょっとして、新人を落とした。
「うわぁ……」
「ヘタレが頑張ってる」
「これ、収拾つくのかな?」
「本人だけじゃ無理に決まってますわ」
いつの間にか周りは人でいっぱいになっていて、兄妹たちがなにか言い合ってた。
ハウライト卿は立ち尽くしてて、僕は泣き続けてる。一歩踏み出したのは、やっぱりガーニャだった。
「ハウライト卿、早くこれを引き取っていただけませんこと?正式に」
「ガーネット殿下。ですが、私は男で……」
「関係ありませんわ。お母様とあなたのお父様が共謀して結婚がまとまっているとうかがっていましてよ?それに王配様が、ベビードールの専門店がほしいとおっしゃいますの。別に工房を構えるだけの支度金をつけますから、どうぞこのままお持ち帰り遊ばせ」
ガーニャがまた、扇で僕を吊り上げてハウライト卿の前に落とす。
今日これ二回目。
妹は僕の扱いが酷いと思う。
でも、そんなことより僕、いつの間に結婚したの?聞いてないよ?
ハウライト卿を見上げると、困った顔をしながらも、「一緒に帰っていただけますか?」と恐る恐る手を差し出してくる。
「やだぁ……」
「「「「なんでだよ!?」」」」
泣きながら手を取ると、兄妹たちがおんなじタイミングで突っ込んだ。
だって、立場が逆なんだもの。僕だってかっこいいとこ見せたいのに!そう言ったら、みんな呆れた顔をして口々に言った。
「お前、自分が周りに何て言われてるのか知らないの?」
「魔術に造詣が深くて、新しい術式をいくつも生み出してる天才魔術師」
「社交の場には滅多に出てこない。出てきてもいつの間にか隠れてしまう深窓の妖精さん」
「そして悔しいことに本物の王女であるわたくしよりよほどたおやかで女らしい、人魔共和国の姫王子」
なにそれ、知らない。僕じゃない。
「キースがお嫁に行ったって、みんな納得こそすれ不満なんてないから、安心してハウライト卿と帰りなさい」
そう言われて、ハウライト卿と一緒に城を追い出された。
理不尽だよ、みんな。
それが、およそ二年前の話。
今、僕は娘をあやしながら、ハウライト卿の着替えが済むのを待っている。
「ふたりでドレス着たら?」と言う母の一言で、揃ってドレスを着ることになった結婚式。ハウライト卿が喜んでるからいいんだけど。ちょっと覗いたら、列席者の中にいかついベビードールが見えた。
気のせいだと思いたい。僕の目がおかしいだけ。
え?娘?ラピスラズリって言うんだ。かわいいでしょ?
男同士だけど、子供が欲しかったから頑張っちゃった。
新しい術式は、同じような境遇のカップルに喜ばれて、あっという間に普及した。
でも、出産がよほど辛かったらしく、ぷるぷるしながら「次はお前が産めよ……!」って言われたけど、ハウライト卿は僕に甘いから、泣いたら許してくれるかも。
なんだかんだ、周りに勝手に外堀を埋められて一緒になったけど、僕は世界一幸せかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
ヘタレ全開で落としにかかるちゃっかり王子……天才肌のキースさんは無邪気に笑ってこれからもハウライト卿を振り回すんでしょうね(  ̄- ̄)