2.ポイズンフロッグ『湿気が足りないケロ』
「ローズリック様、大変です!」
「む? リズファ、一体どうした」
「ほらほら、見てください!
相談箱に、早速4通も来ていたんですよ!」
私は手に持っていた4枚の紙を、ローズリック様に自慢気に見せつけた。
何も投函されない可能性もあったから、実は内心、心配をしていたのだ。
「ふむ、それは良かった。
余が手伝えることがあれば、是非教えて欲しい」
「はい、ありがとうございます!
でも、とりあえずは私の方で頑張ってみますね♪」
「そうか……。それでは、よろしく頼んだぞ」
……多分、私はとても嬉しそうにしていたに違いない。
そんな私を見るローズリック様も、とても良い笑顔を見せてくれていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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【お名前】アドラメレク
【種族】ポイズンフロッグ
【相談内容】
湿気が足りず、体がすぐに乾燥して動きが鈍って、さらに毒の分泌もしにくいです。どうにかなりませんか?
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「……うーん」
1枚の紙を手に取りながら、私は低い声を上げた。
記念すべき第一号の相談は、ポイズンフロッグ……つまり、毒のカエルさんのものだ。
たどたどしい文字が書かれた紙は、その半分くらいが土で擦れて汚れてしまっている。
「確かに、水分が足りていなそう……?」
書いた本人が湿気ていれば、この紙はもっとシワシワになっているはずだ。
しかしそんな様子は見られないし、きっとこのカエルさんは、本当に乾いてしまっているのだろう。
「……リズファ様、お出掛けですか?」
ふと、私の後ろからダンディな声が聞こえてきた。
慣れた感じで振り向いてみれば、黒い甲冑を着込んだ騎士が私を見下ろしている。
この人――……いや、この魔物は、ローズリック様が私に付けてくれた護衛だ。
名前はギデオンと言って、何と四天王の一人なのだと言う。
「はい。相談をくれた方の様子を、早速見に行こうかなって。
ポイズンフロッグ……の方なのですが、どの辺りに住んでいるかご存知ですか?」
「奴らなら、魔王城の入口――無限迷宮の浅い場所に生息しています。
毒々しい沼地なので、リズファ様のような高貴な方が向かう場所ではありません」
「いえ、そんなことは言っていられません。
皆さんの相談をたくさん聞いて、魔王城をより良くしていかないといけませんから」
「……かしこまりました。
ところでリズファ様、我に対して敬語は不要です」
「でも、ギデオン様は四天王のお一人なんでしょう?」
「そうではありますが、リズファ様は魔王様の大切なお方。
ですので、我の肩書きは気になさらないでください」
「うぅーん……。
それでは名前だけ、呼び捨てにさせて頂きますね。それで良いでしょう、ギデオン?」
「……かしこまりました。リズファ様のお望みのままに」
「はい、よろしくお願いします♪」
私は要望が通ったことに満足しながら、改めて目の前のギデオンを見上げた。
彼の表情は顔の全面を覆う兜に隠れて見えないけど……一体、どんな表情をしているのかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私はギデオンと一緒に、魔王城の特別な道を通って無限迷宮を目指した。
魔王様の承認を得た者は、魔王城と無限迷宮の中をある程度自在に動くことが出来るのだ。
……そして私たちがやって来たのは、見るからに毒々しい沼地。
薄暗い空は高く、『迷宮』の中とは思えないほどの空間が広がっている。
しかし見掛けによらず、湿度は低く、空気は爽やかさまで帯びているようで……。
それに全体的には薄暗いけど、ところどころに白い光が浮かび上がっていて、中途半端に幻想的……って感じかな。
「ケロケロ~」
「あ、第一カエルさん発見!
すいませーん、そこのカエルさーん!」
「ケロ?
こんなところに弱そうな人間が――……って、ギデオン様がいるケロ!?」
カエルさんは慌ててこちらに来ると、ギデオンの前で土下座のような形でひれ伏した。
「……ポイズンフロッグよ。
我よりも先に、挨拶をするお方がいらっしゃるだろう?」
「ケ、ケロ!?」
途端に重苦しいオーラを放ち始めるギデオン。
それを恐れおののきながら、困った顔で見上げるカエルさん。
……私の顔は、まだあまり知られていないからね。
名前だけは先行して広まっているみたいなんだけど……。
「こんにちは、カエルさん。
私、リズファって言います」
「リズファ……?
……はっ!? ももも、もしかして魔王妃様でケロか!?」
そう言うとカエルさんは、身体の向きを私の方に変えて平伏した。
まだまだ新参者だけど、私は魔王城の一番偉い人の結婚相手。
上下関係に厳しい魔物社会なら、こういう形になるのは当然のことだ。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。
ところでここに、アドラメレクさんって方はいらっしゃいますか?」
「ケロ?
もしかして、オイが相談箱に出したアレでケロか!?」
「……ということは、あなたがアドラメレクさん?」
「そうでケロ!」
私の言葉に、カエルさん……改めアドラメレクさんの顏が、ぱぁっと明るくなった。
「良いところにいましたね!
それじゃ、早速お話を聞かせてもらえますか?」
「はいでケロ!」
そう言うと、アドラメレクさんは私たちを彼の家に案内してくれた。
家……とは言っても、沼地の近くに生えた、大きなハスの下……なんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アドラメレクさん曰く、この付近の湿気が、最近急激に無くなってきたらしい。
そのおかげで、ポイズンフロッグの一族はみんな乾いてしまっているのだとか。
「……このエリアは、人間が結構来るケロ。
弱い冒険者は、ここで帰ってもらっているケロが……」
「わぁ、凄いですね。
確かに人間にとっては足場も悪いし、そんな場所で毒液でも掛けられたら……大変ですもんね!」
「そうケロ、そうケロ!
オイたちは魔王城の露払いをしているケロ!」
アドラメレクさんは自慢気にそう言った。
強い冒険者は強い魔物が相手をするとして、格下の冒険者は格下の魔物が対応する――
……大まかに言えば、そんな運用体制が出来ているのだろう。
「でも露払いは良いとして、湿気まで払われちゃっているんですよね……」
「……そうなんだケロ……。
邪気を帯びた湿気が減って、毒液の出も悪くなって……。これじゃ冒険者と戦えないケロ……」
魔王城と繋がっている無限迷宮は、広大なエリアが無限に連なっている――……そんな不思議な場所だ。
それぞれのエリアには他のエリアに繋がるワープポイントがあり、行き来できるエリアは基本的に決まっている。
「ふむ……。
何か最近、このエリアで変わったことはありましたか?」
「うぅーん……。特に無いケロ……」
「そうですか……。
……ギデオンは何か知っていますか?」
「そうですね。
この辺りで言えば、光ホタルのエリアが新しく増えました。
我の知る範囲では、それくらいでしょうか」
「光ホタル……?
もしかして、魔物なのに光属性なんですか?」
「いえ。ただ光っているだけで、属性自体は土属性です。
遠巻きに眺めるのであれば、とても美しいエリアですよ」
「わぁ、素敵ですね。
今度、ローズリック様と一緒に出掛けてみようかしら」
「大変、よろしいかと思います。
そのときは我も、護衛のためにお供いたしましょう」
「ありがとうございます♪
っと、それは置いておいて――
……って、あれ?」
「ケロ?」
「どうされましたか?」
……風景に溶けていた白い光が、何となく明滅したような気がした。
中途半端な幻想感を漂わせる、沼地にそぐわない儚い光。
「ギデオン?
もしかしてあの光って……その、光ホタルだったりします?」
「……よく見れば、そのようですね。
ここの風景のひとつかと思い込んでいましたが、何でこのエリアに?」
「ケロ? 何かあるケロ?」
私とギデオンの言葉に、アドラメレクさんは不思議そうな声を上げた。
「……あれ? アドラメレクさんには見えていない?
ほら、あそことか……あそこにも。白く光っているでしょう?」
「ケロォ……。
オイたち、素早いものはよく見えるケロが、止まっているものは見えづらいケロ……」
「そうなんですか?」
「カエルの魔物は、そういうタイプが多いですね。
光ホタルは誰かがいると動かない習性を持っているので、ポイズンフロッグ共の前では動かなかったのでしょう」
「なるほど。だから気が付かなかった……と」
「その上、気配も僅かですし、敵意もありません。
それに、一族を束ねる長以外の知能は低いですし……」
「ふむふむ……。
ちなみに土属性って、『毒』みたいな攻撃的な要素と、『浄化』みたいな癒しの要素があるんですよね。
光ホタルは土属性ということですから……もしかして、光ホタルがこのエリアを浄化してしまっているとか……?」
「可能性としては、ありますね」
「ケロ……、オイたちのエリアを侵犯してくるとは……。
ギデオン様、ホタルどもを根絶やしにするケロ!!」
「……ポイズンフロッグよ。
我に命令をしているのか?」
「ヒィッ。スイマセンケロ」
ギデオンの殺気を伴う圧に、アドラメレクさんは途端に固まってしまった。
アドラメレクさんも、今はギデオンと普通に喋っているけど……本来であれば、声なんて掛けられる相手じゃ無いからね。
「まぁまぁ、ギデオンも落ち着いてください。
それで、解決策としては……光ホタルの長に話を付ければ良いのかな?
このエリアに、勝手に入って来ないでくださーい……って」
「そうですね。
光ホタルが原因では無いとしても、そもそもエリア間の勝手な移住は禁じられています。
……ではポイズンフロッグよ。早々に話を通して来るが良い」
「ケ、ケロ!? オイがやるんだケロか!?」
「何だと?
もしかして、リズファ様にやれと言っておるのか?」
殺気を帯び、再び威圧を始めるギデオン。
アドラメレクさんは腰を抜かして、へなへなとへたり込んでしまった。
「もー。ギデオンはすぐに相手を怖がらせるんですから。
ダメですよ、そう言うのは!」
「いやしかし、このポイズンフロッグが失礼なことを……」
「そんなこと、私は気にしません!
それにここまで話を聞いたんですから、今回は私たちで行ってみましょう?
ぱっぱと解決して、ローズリック様と幻想的な景色を楽しまないといけないんですから!」
「リズファ様がそう仰るのでしたら……。
では、光ホタルの長には我の方から言っておきましょう」
「え? 私も一緒に行こうと思うのですが……。
私からではダメですか?」
「……残念ながら、ホタルの一族は共通語が使えないのです」
「あ、言葉が通じない……、ってこともあるんですね……。
でも、一緒に行くのは良いでしょう?」
「それは構いませんが……」
「ではそうしましょう♪
アドラメレクさん、早速行って来ますね!」
「ケロ!
リズファ様、よろしくだケロ!」
ギデオンは一番近くにいた光ホタルを1匹捕まえてから、来たときとは違う、少し離れたワープポイントに私を案内してくれた。
ワープポイントはかなりの数があるらしいんだけど……、ギデオンは全部覚えているのかな?
何だか格好良いし、私もいつか、全部覚えてしまいたいな♪