1.こんにちは、魔王城
「――……ごめんな。
俺、好きな人が出来たんだ」
「……え? ちょ、ちょっと?
そんなこと、急に言われても――」
私は絶望した。
目の前の男性は、私の幼馴染にして現在の彼氏。
そんな彼は、難攻不落と言われた『魔王城』を攻略し、今や『魔王』を討ち倒して『勇者』となっていた。
しかし私が告げられたのは、別れの台詞。
「本当にごめん。ごめんな。
……王女様が待っているんだ。だから俺、もう行くよ……」
「ま、待ってよ!
ねぇ、ライナス――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……目が覚めると、私は自分の部屋にいた。
見慣れた自分の部屋。
どうやら私は、テーブルに突っ伏して眠っていたらしい。
「夢……?
いや、それにしても凄く現実的だったような……」
……ずっと付き合っていたライナスに、突然の別れを告げられた。
そしてその後のことも、私の中には不思議と記憶として残っていた。
ライナスが新しく付き合い始めたのは、この国の王女様。
私はそんな彼女に目を付けられ、嫌がらせの挙句、国を追いやられてしまった……。
やたらと現実的な夢だったけど、そこから続く記憶もやたらと現実的だ。
しかし私は今、子供のときから使っている自分の部屋で目を覚ました。
夢や記憶が現実のことなら、私は今、この部屋にいないはず――
「……だから、夢だと。
そなたは言いたいのだな」
「えっ!?」
突然聞こえてきた、男性の声。
当然のことながら、この部屋には私しかいない。
そもそもこんな時間に――
……時計を見れば、深夜の2時。
こんな時間に、誰かが私の部屋にいるはずも無い。
しかし、声がしたのは現実だ。
恐怖を抱きながら辺りを見まわしていると、私の影がどんどん黒くなり、そしてそのまま床から盛り上がっていった。
その影は人型へと変わり、最後は黒く高貴な衣装を纏った青年へと姿を変えていく。
「……突然の訪問、申し訳ない。
君がライナスと親交の深い、リズファだな?」
目の前の青年は、私を知っていた。
しかし私は、こんな青年のことなんて知らない。
「あなたは誰、ですか!?
ひ、人を呼びますよ……!?」
「それは困る。
だが、こちらもようやくそなたを探し当てたのだ。
どうか、この無礼を許して頂きたい」
目の前の青年は頭を下げ、丁寧にお辞儀をしてきた。
礼儀正しく、好感が持てる。
しかしそれを覆すほどに、この時間の来訪は信じられない行為だった。
「許すも何も……。
と、とにかく出て行って――」
「そうだな、それでは参ろう。
リズファ、失礼をする」
そう言うと、青年は私を軽く抱き上げた。
一見細く見える身体だが、高貴な服を通して伝わってくる堅さにはドキッとしてしまう。
一呼吸を置いてから、私の部屋の窓が勝手に開いた。
そして青年は私を抱きかかえたまま、星の浮かぶ深い闇へと舞い上がる。
「え……!?
と、飛んで――」
「まずは落ち着いて話せる場所に行こう。
空は慣れないだろうから、しっかり掴まっているんだぞ」
私は青年に優しく頭を撫でられたあと、不慣れな浮遊感に包まれた。
突然の出来事に、何が何だか分からないけど――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あ、ありがとう、ございます……」
見晴らしの良い山の上。
時間はようやく明け方か。
場違いに豪華なテーブルが用意され、そこに紅茶の入ったカップが静かに置かれる。
恐る恐る紅茶に口を付けていると、青年は微笑みながら話し掛けてくれた。
「……さり気ない仕草が優雅だ。
ライナスが語った通り、そなたはとても可愛らしい女性なのだな」
「え? そう言えばあなたは……ライナスの知り合い、なんですか?」
夢や記憶のことは置いておいて、ひとまずライナスは私の彼氏なのだ。
私たちは街でも有名なカップルで、多くの人が付き合っていることを知っている。
「知り合い……か。そんな軽い関係では無いぞ。
余は数年後、ライナスに殺される……からな」
「……え?」
思わぬ言葉に、私は絶句してしまった。
言っている意味はいまいち分からないが、少なからず何らかの因縁はあるようだ。
「彼奴の情報を集めるに従って、そなたのこともたくさん耳に入ってきていたよ。
だからこそ、姿形は知らずとも……以前から興味があったのは事実だな」
「ちょ、ちょっと待ってください……。
あの、何で数年後のことが分かるんですか……?
いえ、それよりも……、もう経験して来たような口ぶり……、ですが……」
慌てる私の言葉に、青年は静かに答えてくれた。
「……それはな。
余が、未来の世界から『転生』を果たしたからだ」
「未来から……、転生……を……?」
「ああ、余はライナスに敗れた。
しかしかろうじて、瀕死になりながらも逃げ延びることが出来た……。
……そして行く先も無く彷徨っていたときに、そなたが国を追われ、殺されたことを知ったのだ」
「私が、殺されて……?
た、確かにおかしな記憶はあるみたいですけど……」
「そうだ、本来は無いはずの記憶が残っているだろう?
その中には、国を追われた記憶はあるのではないか?」
青年の冷静な言葉に、私はびくっと震えてしまう。
先ほど見ていた夢。そしてそこから続く記憶。
確かにその記憶の中では、私は国を追われていた。
「な、何でそのことを……?」
「余は未来から……、余が破れた未来から、転生の秘術で戻ってきた。
そしてリズファ。そなたも余と一緒に、この時間まで戻ってきたのだよ」
「私が、未来から……?」
驚く私に、青年は手を頭にかざしてきた。
心地良い温かさのあと、私の頭にはさらにその先の記憶が蘇えってくる。
国を追われたあと、逃亡の果てに、ギロチンに首を掛けられる――
……そんな、凄惨な記憶が。
「思い出したか?」
「う、うぅ……。
……嘘、嘘です……。こんなの、信じられません……」
以前、未来で抱いたはずの辛い記憶。
心を壊した失意。悲劇。絶望。
それらの感情が、記憶を遡って一気に押し寄せてくる。
「余は未来で、そなたの魂を見つけることが出来た。
それを見て、余はそなたと同じ時間を歩きたくなったのだ」
「……魂?」
魂なんて存在、私には理解が及ばないところだ。
最初から全部、嘘っぽい話ではあるけど……しかし目の前の青年には、それを信じさせる風格が漂っている。
「君の魂はとても儚く、とても綺麗に輝いていたよ。
余とは真逆の存在。だからこそ、想像以上に惹かれてしまったのだろう」
「惹かれただなんて、そんな……」
「……リズファ、そなたは余の妻になれ。
これからはずっと、余が守ってやる」
「えっ」
……突然の告白。
未来の記憶を全て取り戻した今、現在の彼氏であるライナスには未練も何も無い……。
絶望の淵にいるとき、自分にだけ掛けられる優しい言葉。
その甘さに抗える人なんて、きっとこの世界にはいるはずもない。
だから私は、青年の申し出をそのままに受け入れてしまったのだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――青年の名前は『ロードリック』と言った。
その名前を知らない人は、この世界には存在しない。
すなわち……魔王ロードリック、その人である。
そんな彼が住む『魔王城』は、攻略が不可能と呼ばれる場所だった。
多くの英雄や軍隊が攻略を目指し、そして返り討ちにされていた。
「……でも、ライナスは攻略したんですよね?」
「ああ、精霊や奇跡の力を集めてな。
余も不覚を取ったものだが、それにしても大したやつだったよ」
そう言うロードリックの口は、忌々しそうに歪んでいた。
「でも、人としては――」
……新しい彼女に目を奪われ、付き合っていた彼女を雑に振った。
そしてその流れで、私は殺されてしまった……。
「――君にとっては、どうしようもない男だっただろう。
だから彼奴のことは忘れて、余と共に、新しい人生を歩もうではないか」
ロードリック様の言葉に、私は自然と頷いてしまった。
そして私たちは、空中で強く抱き締め合ってから、静かに地面へと下りていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……うん?」
魔王城に繋がると言われる、『無限迷宮』の入り口。
そこは巨大な遺跡のような、荘厳で巨大な門がそびえていた。
扉は無いが、暗く大きな闇を覗かせているのが印象的だ。
「ローズリック様? どうかされましたか?」
「目障りなことに、人間の捨てたゴミが落ちているな……」
……ゴミ?
厳かな雰囲気の中、場にそぐわない日常的なゴミ。
ロードリック様は気に入らない顔を見せながら、指をパチンと鳴らした。
すると彼方の場所から、何かが凄いスピードでやってくる。
「お、お呼びでスラ? 魔王様ッ!!?」
少し高い、独特な声。
大量に巻き上げられた砂埃から現れたのは、大きな大きなスライムだった。
「門の清掃は、貴様の仕事だったな?」
「は、はいスラ……。ああっ!? ご、ゴミが……!?」
「先代も先々代も、同様のミスで死んだ記憶があるが?
地味な仕事ではあるが、この仕事に誇りを持つことは出来んのか?」
「ももも、申し訳ございませんスラ……ッ」
ロードリック様の怒りに、大きなスライムは滝のような汗を吹き出していた。
もしかして、このままだとキツイお仕置きが下ってしまうのでは……。
……それにしても、この口調。
ライナスから聞いたことがあるけど、この魔物は『エリートスライム』……ってやつだったっけ。
真面目で臆病、でも優しい。
それを踏まえると、こんなミスで命を落とすなんて……さすがに可哀想に思えてしまう。
「……ロードリック様。
こちらの方は、いつも頑張ってくださっているんでしょう?
それにそもそも、この場所の広さに対して、管理を行う頭数が少ないのではないでしょうか」
私の言葉に、ロードリックは一瞬きょとんとした。
しかしすぐに、私に向かって微笑んでくる。
「……なるほど、確かにそれもそうだな。
それでは今後、頭数を増やすことにしよう。
エリートスライムよ、今回は余の妻に免じて許してやろう」
「あ、ありがとうございまスラ……!!
……え? 魔王様、今、何と仰いましたスラ……?」
「何度も言わせるな。
リズファは、余の妻となる者だ」
「初めまして、エリートスライムさん。
私、リズファと申します」
私の挨拶に、エリートスライムは表情をぱぁっと明るくさせた。
「奥様、でスラ!?
魔王様、ご結婚おめでとうございまスラ!!」
「ああ。いずれ宴を開くから、貴様も参加すると良いだろう」
「はいっ、ありがとうございまスラ!!」
「それではリズファ。
城の中に案内しよう」
そう言うと、ロードリック様は静かに手を差し伸べてくれた。
ここからはしっかり、不慣れな私をエスコートしてくれるようだ。
私はその手を取り、ロードリック様と一緒にゆっくりと歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それから数日後。
私はローズリック様に、ひとつのお願いをした。
「リズファが欲しいと言うから作ってみたものの……。
宝石やドレスでは無く、こんな箱で良いのか?」
「ええ。
魔王様のお城を、さらに素敵な場所にしたいんです」
「ふむ……。
まぁ、これについてはリズファの好きにすれば良いだろう。
城の者とも、多少なりとも交流が出来るだろうしな」
「はい♪」
私がローズリック様にお願いしたもの――
……それは、魔王城への意見や要望を寄せる【相談箱】。
先日助けたエリートスライムさんから、改めてお礼を言われたときに思い付いたものだ。
これから私は、ローズリック様が大切にしているこの魔王城を盛り立てていく。
何もしないでだらしなく過ごすことも出来るだろうけど、ローズリック様は未来の私を助けてくれた。
だから私は、その恩に報いなければいけないのだ。
――さて。
それじゃ、一緒に貼り紙を張って……っと。
こんな感じで良さそうかな?
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フォーマットは下記にてお願いいたします。
【お名前】○○○○
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【相談内容】
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担当者:リズファ』