カスミソウ
「やあ、はじめまして」
「・・・まあきれい・・宝石みたい」
プラチナブランドの美髪、吸い込まれそうなコバルトブルーの瞳。
正装を身にまとう彼は、齢6歳にしてまさに王子様のオーラを放っていた。
淑女の礼も忘れて感嘆の言葉を落としてしまい、慌てふためいたのは私ではなくお父様のほうだった。
「ほらリリアンヌ、きちんと御挨拶しなさい」
父の言葉にはっとして、カーテシーの形をとる。
今日、私はこの王子様と正式に婚約を結ぶのだ。
「も、もうしわけありません。イシュネ殿下、わたくしはリリアンヌ・サージャンともうします」
「ふふふ、いいんだよリリアンヌ嬢。顔をあげて」
「寛大なお心、感謝いたします。とても、とても綺麗で。まるで宝石みたいで思わず・・」
きょとんと縁取られた瞳と目が合う。
「それは、僕の瞳のこと?」
「は、はいっ。失礼をお詫びします、ほんとうに申し訳ございません」
重ねて謝罪をすると、イシュネ様はふっとその表情を緩めた。
「宝石なんて初めて言われた、すごくうれしいよ」
生まれた時から決まっていた婚約者との、それが初めての出会いだった。
一目で恋に落ちたのは必然だったのだと思う。
だけど、あの時のコバルトブルーの輝きは今はもう思い出せない。
変わってしまった、私も王子も。
いや、王子は最初から何も変わってはいないのだろう。
この結婚はただの政略結婚にすぎないこと。
利用価値がある私でなければ、きっと笑顔も向けてくれないこと。
『ああ、そうか。来週は彼女の誕生日だったな』
『何か贈り物をされるのがよろしいかと』
『・・なんでもいい、適当な花束でも手配しておいてくれ』
『承知しました』
正式な婚約から1年たった王妃教育の帰り、急にイシュネに会いたくなって真っ直ぐ馬車に向かわなかった。
少し空いた扉の隙間から聞こえる静かな声。胸に突き刺さった棘の痛みが消えなくて。
あの日から、私の時間は止まったまま。
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敗、北・・?
聞き間違えではない。いま、確かにイシュネがそう告げた。
なんとなく嫌な予感がして。そのコバルトブルーの瞳を負けじとまっすぐ捕える。
その瞬間、ふっとイシュネの口元が意地悪く綻んだように見えた。
リリアンヌは胸の奥がかっと熱くなるのを感じた。
いま、笑った?・・ぜったい、笑いましたわよね?!
見たことありますわ!そ、その小ばかにしたような笑み!
心の中で地団駄を踏む。
イシュネさま、と抗議の口を開こうとして、
目の前飛び込んだ景色に思わず口を閉ざした。
頭の中は真っ白だが、どういうことかと詰め寄る状況でないことだけは確かだった。
「お待たせしました、皆様」
一体、これはどういうことですの・・?
透き通るようなイシュネの心地の良い声の向こう側、重々たる顔ぶれがにこやかに私たちを出迎えていた。