違和感の理由
腹が減っては戦は出来ぬ、と。
何かの書物で読んだことがある。
たしかに、空腹は最大の罪であろう。
けれど、いくらなんでもこれはおかしい気がする。
「あ、あのイシュネ様・・?」
「なんだい、リリー?」
「これは、なんですの・・?」
唖然として、王子を見つめれば。
「今日は質問がおおいね?」
なんて返されてしまった。
さっきと合わせて、たったの2回なんですけれど?
そう言いたいのをグッと堪えたのは、つべこべ言わずに中に入れ、と顔に書いてあったからだ。ことを荒立てたく無いので、その通りにする。
「・・本日は、何か特別な催しがありましたでしょうか?」
「いや、きいていないな」
「そ、そうですか。では、これらは・・?」
「僕たちの食事だが?」
当たり前だろうというかのように王子が落ち着きはらった声で言う。
ああいけない、この人王子だった、と。蔑むような目を一瞬で取り下げたのを褒めてほしい。
「腹が減っては戦はできぬと言うだろう?」
ええ、そうですね。
今日は王子と私にとって、一世一代の勝負の日ですから。
だから・・・って、なんですか、この豪華なビュッフェスタイルは!
なんなら昨日の舞踏会のものよりも豪勢なんですけれど!?
一旦落ち着き、リリアンヌは思考を巡らせた。
「なるほど、ええと。では、いつからドーシス会計官は異動に?」
「・・ドーシス?ドーシスは異動していないが」
「ああ、そ、そうですのね」
訝しげにこちらをのぞくコバルトブルーをやんわりといなす。王子はなにか言いたげだったが、それ以上の追及は辞めたようだ。
いち食事にかけるお金ではないだろうと、お転婆なリリアンヌでもこれはわかる。
だから、あの堅実なドーシスが王族の会計管理から手を引いたのだろうと思ったのだかそうではなかったらしい。
「お言葉ですが、少しばかり豪華すぎるような」
公爵令嬢である自分もそれなりの贅沢はしてきた。
けれど彼は、こんなことを容認するような人だっただろうか。
これらには国民から徴収した税金だって使っている。
リリアンヌはこの国の王子に当たり障りのないよう控えめに指摘をしたのだが。
「そうだろうか?」
リリアンヌは我が国の未来を案じた。
それと王子の金銭感覚も。
彼女は、婚約破棄にかける情熱?以外はいたってまともな感覚の持ち主だ。
ツッコミどころ満載の食事を終えた一行は、謁見の間に移動する。
おそらく用意された食事の3割も消費できなかった。
あれはまさか、そのほとんどを廃棄されてしまうのだろうか。
しばらく歩き、一際大きく荘厳な扉の前で、すらりとした体躯のイシュネが立ち止まった。荘厳な彫刻扉と王子、まさに絵になるとはこのことだろう。
そして、さすがの私も心臓が鼓動を早めている。
何を隠そうこの扉の奥が謁見の間なのだ。
入るのは2度目。1度目は・・物心がついて、イシュネ様との婚約を国王陛下直々に言い渡された時だった。
ああこれで、全てが終わるのね。
緊張の中にも、一息ついたような安心感を覚える。
やっと、私はーーー。
目の前、ゆっくりと扉が開く。
「リリー」
このタイミングを図ったかのようにイシュネがリリアンヌの名前を呼んだ。そこに、よりいっそうの甘さを込めて。
妙な違和感を覚えたリリアンヌの弾かれたような猫目が、底知れぬコバルトブルーを捉える。
ふっ、とイシュネの雰囲気が変化した、気がした。
そして次には、凛と立つ音でこう言ってのけたのだ。
「貴女の敗北を宣言する」
そこに、いまさっき自分の名前を呼んだ甘さは無い。
その言葉の意味を問う余裕も無かった。
ぎゅっと、心臓を掴まれたような感覚におちいる。
だって、見たことがない顔だった。重厚感だった。
決して短くは無い十数年の付き合いの中で、彼はとんでもないものを私に隠していたのだと気づく。
私は、いま初めて『インワルド国の皇太子』としての『イシュネ・リバー・カーライル』その人を目の当たりにしたのだ。