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リンク・アノサンダーという男


イシュネとのティータイムを終え王宮から帰ってきたリリアンヌの様子がおかしいと、侍女たちが口々に言っていたが、あそこまでとは・・。


カルマは分かりやすく項垂れる主人のことを思い出していた。

帰ってきてそうそう自室に駆け込んだ主人。元々白く透明感のある肌はいっそう青ざめて、唇は小刻みに震えていた。どうやら体調が優れないらしい。カルマはひとまず、リリアンヌをベッドに入らせた。


大方予想はつく。きっとイシュネ様にしてやられたのだ。いつものごとく、彼女の抵抗は失敗に終わったのだろう。だけどなんだかいつもより異常に怯えていたような・・?


多少の違和感を覚えながら、温かいミルクを用意したカルマが主人の部屋に戻るなり、リリアンヌの口から謝罪の言葉が漏れた。ん・・謝罪?・・・なぜ?


「お嬢様、どうして謝るのです?何かあったのですか?」

「あの、ええ、そうね。話すわ」


主人の歯切れが悪い。はあ、嫌な予感しかしない。

リリアンヌはバツが悪そうに、ポツリポツリとその口を開いた。


リリアンヌの証言を聞き終えて、頭が真っ白になる。

久しぶりの感覚だった。思考が止まるというのは、こんな感覚だったか。



リリアンヌの話が長いうえに分かりづらかったので、カルマ的に要約をする。

数年前から、イシュネとの婚約破棄を目論むリリアンヌ。

けれど、これまで幾度となくその目論見は失敗に終わっている。

そんな彼女の次なる一手は、イシュネ以外の別の人を好きになっちゃった作戦だった。

皇太子に対する裏切りは、不貞と同等の罪になるだろうと考えたリリアンヌ。婚約は破棄され、王宮は出禁、晴れて自由!これにて一件落着となるはずだった・・なのに、イシュネはむしろ、その想い人に合わせろと言ってきたらしい。従者である自分に来月ひらかれる舞踏会で、リリアンヌの想い人役リンク・アノサンダーをやってほしいと。リンク・アノサンダーって誰だよ一体。ふつふつとこみ上げる溜飲を必死で下げる。

前々から分かってはいたけど、これで立証された。お嬢様は正真正銘のド阿呆だ。


「だからと言って、存在しない人物名を言ってでっち上げるなんて、どうにかなると思ったんですか?どうして後先を考えないんです?」


「こんなはずじゃなかったの!シュミレーション通りに事が運ばなくて気が動転していたのよ」


「正真正銘のど阿呆ですね」


「ねえ、お願いカルマ。来月王宮で開かれる舞踏会に連れてこいなんて!僕はエスコートしないからね、その想い人にしてもらってね。なんてまったりとした笑顔で言われて!だけどあと1ヶ月もないのよ!しっかりと教養があって、王子に(多分)顔バレしていない、こんなこと頼めるの、貴方しかいないの」


うん、たしかに。イシュネ様がサージャン家に来たことはないですからね。(当主の圧力によって)


「お断りします」

「どうして?貴方、顔バレしてたかしら?」

「おそらくしていませんが、引っかかったのはそこじゃありません」

「だったら!」


だったら!ではない。何が悲しくて自らあのイシュネ様の敵役として、しかも敵地に乗り込まなければいけないのか。身勝手に放った火の後始末は自分でやってくれ。


「いいですか、お嬢様」

必死なリリアンヌの言葉を食い気味に遮った次の瞬間、リリアンヌの部屋にカルマの怒声が響き渡った。


「そうですか、それならば致し方ありませんね。ってなるわけがないだろう?何してくれてるんですか?私の人生壊すおつもりなんですか!そうでしょう?!ええ!!今日という今日は言わせてくださいよ、貴女に拒否権はありませんからね。この、ド阿呆お嬢様!!!!」


一旦は収めた溜飲が激流のこどく逆流。ああ、スッキリした。生まれてこのかた、初めてこんなに大声を出したかもしれない。


きょとんとした表情で停止するリリアンヌがそこにいた。




怒り心頭の従者を前にしたリリアンヌには返す言葉が無かった。単純に、驚いた。多少の毒付きはあるけどいつも優しい従者が、まさか自分に大きな声で感情を爆発させるなんて思っても見なかった。

まるで鬼のような形相をして主人を見下ろす青年、カルマ・ラディンゾルは幼い頃からサージャン公爵家に仕える従者だ。リリアンヌと同い年で2人はきょうだいのように仲が良い。サージャン家に仕えてから今年で10年目。6歳のころからの仲だ。だからカルマは主人であるお嬢様のことが、手に取るように分かる。そして今のは従者にあるまじき行為だけど、今回ばかりは言わせてもらう。


「リンク・アノサンダー役なんて、絶対にやりませんからね」

「なぜ!サージャン家の未来がかかっているのよ!どうして助けてくれないの?」

「お嬢様の未来、の間違いでしょう?」

「つまり、サージャン家の未来よ!!」

「屁理屈を。もう命がいくらあっても足りないよ・・」

「え?なんて?」

「なんでもありません。お嬢様、嘘をつかれたことをイシュネ様に正直に仰ってください。話は以上です。失礼します」

「待って、カルマっ」


リリアンヌに袖を掴まれ、カルマはその場に立ち止まる。

涙に濡れる主人の目をみて、困り果てたように小さく息を漏らした。今回のお嬢様の作戦の詳細を知らなかったものの、最初からこうなることはわかりきっていた。イシュネ様に会いに王宮へ行くと聞いた時から嫌な予感がしていた。

だって、相手はあのイシュネ様だ。お嬢様の拙い頭で太刀打ちできるようなお方ではない。齢18にして、何手も先をよむ、センスの塊のようなお方だと噂で聞いたことがある。(まつりごと)を涼しい顔でやってこなす。だから、このちんちくりんなお嬢様はイシュネ様からすれば、飛んで火にいる夏の虫なのだ。だいたい、何度貴女の作戦は失敗してると思ってる?


「申し訳ありません、言いすぎました。でも、どうしてそんなに嫌なんですか?」

「え?」

「将来の王妃になるのが、そんなにお嫌ですか?」

数年前、打ち明けられた胸の内。そこからお嬢様の非力な抵抗は始まった。


だったら、旦那様に相談すればいいのでは?と助言したが、こればっかりは、頼れないようだった。というか、何か思うところがあるのだろう、頼らないと決めていたようだ。

「嫌よ。あんなに堅苦しい世界、自由もない。なにより、貴方やサージャン家のみんなと会えなくなるのが本当につらい。あと2年後には、私はここにいないなんて信じられない」

イシュネが20歳になる2年後に、リリアンヌとイシュネの正式な婚姻が結ばれることになっている。

ふいにカルマの手のひらがリリアンヌの頭に触れる。ゆっくりとあやすように、慰めるように。確かに・・・蝶よ花よと、美しい鳥かごの中で育てられたこのお方に巣立ちは少し早すぎるのかもしれない、とカルマは思った。それは決して免罪符にはならないが。


「イシュネ様はお優しいですから、リリアンヌ様の意思を尊重してくれると思いますよ?帰りたい時には帰省させてくれるだろうし、逆に私たちが会いに行くことも出来るでしょう」

「そんなの無理よ、貴方に殿下の何がわかるっていうの」

「旦那様がよくイシュネ様のことをお褒めになられていますから」

「表の顔と裏の顔は違うものよ。みんな、お父様にはいい顔をするもの」


ああ言えばこういう。お嬢様のイシュネ様に対する理解は私たちとほとんど一緒なくせに。

気まぐれ猫のお嬢様。究極のツンデレで皆を惑わせる。

俺も漏れなく、そんなお嬢様に振り回されてばっかりだ。


「ねえ、カルマ」

弱々しい声がカルマの耳を掠めた。その潤んだ瞳がカルマを見上げる。

カルマは思わずリリアンヌから目を逸らした。本能が告げる、この瞳は危険だ、と。

だってそんなふうに、婚約者でも恋人でもない、ただの従者の男の名を呼ぶなんて。


「一生のお願いなの」


お嬢様は本当にずるい。油断していたら、その無自覚に殺される。

それにリリアンヌは一度決めたら引かない。そんなこと従者の自分が一番よく知っている。


ああ。もう、最悪だ。


「・・わかりました、でも約束してください。一回だけです。この作戦が失敗に終わった時は、イシュネ様に嫁ぐ覚悟を決めてください。」


「ありがとうカルマ!!大好き!!分かったわ、約束するっ」

絶対、分かっていないでしょう?


満面の笑みで、リリアンヌはカルマに抱きついた。

その重みで2人ともぽすん、とベッドになだれ込む。


ああ、もう。


「言質はとりましたからね」


最悪だ。



こんな自分も、考えなしのお嬢様も。



大っ嫌いだ。




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