その夜
お久しぶりです…
目の前のソファに腰をかけたイシュネがもういいよ、と侍女を下がらせる。
2人きりの空間は心底嫌だったけれど、この性悪王子に怒りをぶつけられる、リミッターを解除出来るのは今しかなかった。
「いつから、ですの」
自分でも驚くほどの低い声が出て、リリアンヌは己の怒りの深さを自覚する。
比喩でもなんでもなく、今なら臍で茶が沸かせると確信があった。
「いつから、とは?」
「すっとぼけないでください・・!いつから、きょう成婚式を行うことが決まっていたのですか!」
「2か月前から、かな」
に、2か月前!?
私が、この腹黒王子に手紙を出した頃じゃない・・!
ということは―――そのころから、カルマはもう王子の手の中にいたってこと・・?
カルマだけじゃない、お父様もお母様もみんな、この自己中王子のシナリオを知っていたのだ。
知らなかったのは私だけ。
———「貴女の敗北を宣言する」
ええ、そうなの。そうでしたの。
認めますわ。正真正銘、私は『負け』てしまったことを。
「ですが――これで、私が手に入ったと思ったら大間違いですわ」
私は負けた。でも、絶対に貴方に屈しない。
リリアンヌはぎゅっと自身のこぶしを握る。とたん、瞳の奥が熱くなるのをなんとか堪えながら告げた。
「私の気持ちは私だけのもの。ぜったい貴方に奪われません」
「強情だね、これで少しはおとなしくなるかと思ったのに」
「おとなしくなんてしません、絶対」
まあ、そういうところに惹かれたんだけど。そう言いながら、イシュネはなぜか私の隣にぽすんと腰をかける。
思わず距離をとろうとしたのに、腰に手を回されてそれは叶わない。
「は、はなれてください!」
「嫌だといったら?」
「その腕に嚙みつきますわよ・・!」
「へえ・・・悪くないな、君には嚙まれたいと思っていたから」
「へ、変態!!近づかないで!」
「王太子にそんな言葉を使うなんて、不敬罪で罰せられるよ?」
「だって、事実ですもの!構いませんっ」
いい加減、押しのけようと思った次の瞬間、その大きな腕に抱きしめられた。
とくんとくんとイシュネの胸から規則正しい音が聞こえて、あまりの密着加減にリリアンヌの心臓が悲鳴を上げそうになる。
「もう、君は僕のものなんだ。諦めてくれ」
懇願するように小さく呟く。
この時イシュネがどんな表情をしていたかなんて、リリアンヌは知る由もなかった。