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時に文久三年 〈其の八〉


この年の九月から十一月には山内豊信、松平慶永、島津久光、伊達宗城そして一橋慶喜といった、“公武合体”派の大名が続々入京し、暮れには大阪で奇妙な治安組織が誕生した。京都の治安は新撰組の誕生で安定した__とは言っても幕府側の言い分で、京洛の人々の殆んどが勤皇の志士たちを害する“壬生浪”を嫌っていたが__が大阪の治安は尚不安定で、紀州、越前福井、肥前平戸等、四つの藩が受け持った。しかし、その中の播州小野一万石の一柳家では家格も石高も小さ過ぎ、担当地区を賄い切れないのである。窮した挙句に一柳家では、大阪で名の通った親分、鍵屋万吉にその任務を依頼したのである。ただし、一万石の小藩では一文の給金も出す事が出来ず、代わりにこの親分を足軽頭十人扶持の士分に取り立てて、彼の子分に安物の大小を差させて曲がりなりにも大阪治安組織としたのであった。この万吉親分、なかなかの才覚人で一柳家に申し出て彼の自宅を藩邸と言う名目にして賭場を開帳した。大名屋敷となれば奉行所には治外法権であり、自由に鉄火場を開く事も出切る為、万吉親分の賭場は大繁盛した。これまでにも貧乏な公家が博打に屋敷を貸した事も有るが、所詮貧窮の挙句の副業だから、余り大掛りにはやらなかった。第一法が許しても、お公家さんが自宅で賭場を開いたなどと知れたら体裁が悪い所ではないだろう。今度のはその逆、博打の専門家が公然たる違法の許可を得たのだから流行る流行る、たちまち全国有数の賭場になり、その寺銭の御蔭で警備の費用など余り負担にならなかった。

「鍵屋の親分、えらい羽振りやのう」

この繁盛ぶりに、久しぶりに顔を合わせた猛は呆れたように言った。

「これも侍の功徳や、ええ商売やのう、侍て」

所帯は大きいが、まだ若い万吉親分は愉快そうに答えたが、隼人は眉根に皺が寄っている。

「大阪三郷に鳴り響いた鍵屋の親分ともあろう御仁が事も有ろうに侍とは、落魄れたのう」

大阪では商工農士と言われるほど武士の値打ちが低い。親分は更に笑いながら腰の二本(りゃんこ)差しを叩いた。

「せやけど、あんた、わしらも一応勤皇の志士になった手前、あんまり物騒な事はせんとっておくれやす」

「なに、心配あらへん」

猛の軽口に親分はニヤリと笑った。

「わしらがいてもうたるのは口では攘夷攘夷て言うとる癖に、黒船やのうて大阪の商人どもを威し上げて銭を巻き上げようちゅう不届きモンや。藤岡の先生みたいなエライ志士が、そんなアホな事しよらんやろ」

俗に言う御用盗の事である。この鍵屋の親分が一柳家の頼みを聞き入れたのはこういう事情も絡んでいる。ヤクザと言う物は、社会の零れ銭で食っているような稼業で、この手合いが商家に押し入って金を巻き上げたり、その為治安が悪化して景気が停滞すれば忽ち干上がってしまうのだ。“辛抱万吉”と呼ばれ、金儲けの為に体を張る事以外考えた事も無いこの親分にしてみれば、鎖国も開国も、幕府も天朝もどうでも良かった。因みにこの親分は金儲けが上手い割りには気前も良く、派手なくせに財産が残らなかったが、この気風の為わずか二十歳にして直参三百、陪臣も入れると千人という大親分になったのである。

因みにこの年の十二月には将軍徳川家茂が京に上洛すべく海路江戸を発った。

最後に暮れも押し詰まった二十九日、朝廷の上意を受けた徳川幕府の使節団が、横浜鎖港の交渉をすべくフランス軍艦ル・モンジュに乗り込んで横浜港を出港し、激動の文久三年の幕を閉じたのであった。


これにて、文久三年は終了。

次回からは、元治元年です。

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