表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/44

未だ慶応三年 〈其の七〉




そして大政奉還からほぼ一月後の十一月十五日、その発案者であった坂本竜馬も中岡慎太郎と共に何者かによって暗殺された。この事件については、余りに多くの人々がそれぞれの解釈に基いて意見を述べているが、事件の真相は未だ不明である。個人的な感想を述べさせてもらえば、『ゴルゴ13』の作者、さいとうたかお氏の提唱する、主犯大久保利通、実行犯伊東甲子太郎説が前後の状況から考えて最も説得力があるような気がする。現場に現われて手を下したのが伊東本人であるかどうかは別として、彼の手の者が坂本中岡を暗殺したのでは無かろうか。流石、暗殺に関してはプロ(?)である。その伊東も、数日を経ずして近藤一派の罠に掛かって殺された。もし、彼が坂本暗殺の下手人だとしたら、因果応報と言う事になるのかも知れない。

しかし、坂本竜馬と言う人は、ある意味では最後まで巧く立ち回った、死に様ですら恵まれた志士と言えるかも知れない。無論、本人の才覚によるものが大きいのも事実だが、彼はこの時期やるべき事を残して無念の死を遂げた多くの志士に比べれば自分の目標をほぼ完全に達成し、こう言う表現は適切かどうかは判らないが、満足の行く最期を遂げたと言えるかも知れないのである。同じ年に短い生涯を閉じた長州の高杉晋作などは、時期的に見ても矢張りまだやるべき事を残して死んだような観があり、そう言う意味で言えば未練が有っただろうと思われる。その上、高杉の死に様は持病の喘息の悪化で病の床に死すと言う、言ってしまえば惨めな最後を遂げたのに対し、坂本の場合最後の最後まで劇的な、まさしく志士に相応しい幕切れでこの世に別れを告げたのである。彼等とは対照的に、死に損なったような形で晩年を過ごしたのが西郷隆盛だろう。本人も口癖のように言っていたが、彼は戊辰戦争の砲火の中でその生涯を飾るべき人物だったようである。長州の木戸孝允も結核が悪化した晩年には同じように、死にたい、と事有る毎に口にしたそうである。彼等に言わせれば徳川幕府を倒したのは理想の日本国家を樹立する為であって、早くも腐敗の徴候を露呈した新政府の現状に対し、言い知れぬ失望を感じていたのであろう。明治政府の高官として出仕した西郷は、維新の戦友とも言うべき板垣退助を相手に往時の回顧談や相撲の話ばかりを交わしていたという。因みに、この当事の相撲は現代のものとは相当趣が違っており、例えば薩摩相撲の伝書には数多くの寝技や関節技が描かれているが、その中には相手の背中に馬乗りになって膝で両腕を羽根折り固めにするという、ルチャ・リブレのストレッチ技もかくやと言う高等技法も見受けられる。ペリーの『日本遠征記』によれば、開港場に集められた数多くの相撲取りの中には、米俵を抱えたままトンボを切った者まで居たと言うのである。どうやら江戸時代までの相撲は現代の相撲とは全く別個の競技であったらしく、その実態はもっと高度な、プロレスに似た物だったのでは有るまいか。明治大正の、否、終戦直後の相撲取りの写真やフィルムを見てみると、現在のようにグロテスクな異常肥満は見受けられず、もっと筋肉質な体型であった。織田信長も相撲が好きだったと言うが、彼の性格から考えて肥満児が只土俵の上で押しくら饅頭を繰り返すような退屈な代物を好むのは不自然な気がする。恐らく、これもプロレスに近い競技だったと推察されるのである。話が大分飛んだが、死すべき時期を逸した西郷はその後征韓論やら何やらで随分遠回りを繰り返し明治十年、不平士族など反政府勢力を巻き込んだ西南戦争で漸くこの一代の英傑の最後に相応しい豪華な舞台を与えられ、華々しく本懐を遂げたのであった。最後の最後まで劇的な人物であった。

坂本は死んだが、それでも倒幕の戦いは終ってはいない。

大政奉還の後、朝廷は徳川家に直轄領四百万石を返納すべしと勅命を下し、それに対して条件を緩和しようと山内豊信や松平慶永などが倒幕派の公卿岩倉具視を相手に御所で奮戦し、徳川家のお膝元の江戸では薩摩に雇われた浪人が事有る毎に騒動を起こして挑発するとその報復に江戸の薩摩藩邸が焼き討ちに会う等、この間の事態の急転は目まぐるしい限りである。

かくて江戸幕府最後の年越しはすったもんだの騒動の中で暮れ、三十日には慶喜が辞官納地を受け入れる旨、朝廷に上申し、この年をもって完全に徳川政権は終了したと言って良い。

日本の夜明けである明治元年、否、この時点では慶応四年は薩長と旧幕府軍による、所謂鳥羽伏見の戦いと共に迎えるのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ