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いよいよ慶応二年 〈其の二〉


それは兎も角、京都では遂に隼人の言う“回天の大業”を決定付ける一大事業が達成されていた。

薩長同盟が成立したのである。

慶応二年、一月二十一日の事である。

この時の経緯については後世、様々な逸話が流布しており、その中でも極め付けが会談に臨んで薩長互いに面目を重んじて一歩も譲らず、一端は御破算に成りかけた同盟が坂本竜馬の活躍によって見事に成し遂げられたとか言うような感動的なエピソードだろう。これについて、余りに出来過ぎており作り話の類ではないかと言う意見も聞かれるが、頭からそうとも言い切れないのではないか。多少、話を感動的に脚色してはいるものの、事の成り行きは基本的には事実と見て間違いはあるまい。恐らく、薩摩と長州が藩の体面に拘って会談が順調に運ばなかったと言うのは間違いないと思う。そこで坂本に両者の間でワンクッション置く役割を頼んだと言うのも信じて良いのではなかろうか。今までも散々世話になった坂本に、ここまで来たらもう一肌脱いでもらいたいと、相手を立てる気持ちも込めて桂小五郎あたりが頼み込んだとも考えられない事は無い。もしかしたら、互いの意地が軋みあい、神経質にギクシャクと停滞しがちなこの会談に動きを出す為、坂本もわざと大袈裟に一芝居打ったと考えても不思議ではない。一種のショック療法である。薩摩の西郷も度量が広く、そう言った人間観察に長けた男だから、坂本の芝居に呼吸を合わせたと言う事は充分想像がつく。つまり本人は勿論、関係者一同、何もかも納得尽くで坂本が道化の役を買って出て雰囲気を盛り上げたと言う訳である。演じる方もこう言う役なら気分が悪しかろう事はないと思われる。革命などと言う飛躍した事業は、現実に目を据えた平衡感覚よりも、やや芝居のかった思い切りの良さの方が必要なのではないか。要するに自己劇化である。本気か冗談かは判らないが、江戸城引渡しの際に交渉役を買って出た、後の桐野利秋“人斬り半次郎”こと中村半次郎などは、忠臣蔵芝居の赤穂城引渡しの場面でその作法を覚えたのだ、と嘯いた。同じ自己埋没でも陰性なシニシズムではなく、積極的で元気の良いヒロイズムの類である。時代が違い、人の気分も又今とは全然違うのである。否、同時代の人間でも、大学教授や学会の大御所に収まった立場の人間は寧ろ倒されるべき幕府の側なのではないか。自分の経験した、安全な時代の会合や対人折衝などに照らし合わせて全てを判断すると言うのも少しばかり想像力に欠けているのではないだろうか。第一、彼等は革命家である。ある程度の稚気や洒落っ気やその場の勢いで行動すると考えた方が自然ではないか。国営放送の歴史番組に出演して涼しい顔で常識的な見解を述べる学会や文壇の重鎮と言った御歴々と違い、彼等は当時は主流派ではなく、飽くまで血の気の多いはみ出し者の集まりで、ここで交わされるのは革命の為の密談なのである。穏やかな学術会議の雰囲気や、利益配分の目的で互いに腹を割って和やかに交わされる談合、与党が密室で首班指名を行うようなしみったれた根性で、倒幕などと言う大それた活動は無理であろう。

とまれ、秘密同盟は無事達成され、その二日後には坂本が伏見寺田屋で長州の三吉慎蔵とともに幕吏に襲われたが辛くも切り抜け、九死に一生を得た。

そう言った劇的な顛末をよそに、この前後の時期、幕府は様々な事務に追われて息つく暇も無い。前年の対外貿易における関税率の引き下げから、長州への減封処分の交渉などに追われ、大変であった。更に、前年欧州に派遣した福地源一郎ら対仏使節団が帰国するなど内外に大忙しの有様である。


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