8
この世界の幸せをぎゅうと詰め込んだ庭。
まだ皇太子であった時のル・クリフはそう呟いて微笑んでいた。あたたかい庭園で、金色の姫と彼の弟が穏やかに過ごしているのをただ眺めるだけで幸福そうだった。
ヴァインの王女は幼く、ここにはみんなしかいないのだから内緒にすれば大丈夫と言って、一緒に用意された茶菓子を自分の侍女や護衛の軍人にもふるまった。
あの時に、どうぞと渡されたのは紅茶の味がするクッキーだったと記憶している。
『俺、殿下の婿入りについて行ってヴァインに再就職とかしてえ』
そんな冗談を同僚が口走るほどには、優しい時間だったのだ。
間違いなく。
それを悪夢だと彼女は言った。
いやな夢。もしくは抱えると心が軋むほどの幸福だった過去。
今は持ちえない夢のような時間を悪夢と言った。
「やあ、ユング大佐」
司令官室の執務机に、声が落ちた。声として落ちると、キラキラ、蜻蛉の翅が破けたように光も落ちる。
「報告を聞いたよ」
声が落ちるたびに、光も落ちる。けれど執務机には何の欠片も残らず消える。
「あまり派手なことは控えてくれないと、陛下の耳に入ったら大変だ」
「煩わせてしまい申し訳ございません」
「それで、もう一つだけ訊きたいことがあったんだ」
「何なりと」
風の精霊が伝える声は澄んでいて、彼らが届けてくれるのは本当に声なのかと感じてしまうほどだ。目の前でキラキラと砕けていくのは声でなくココロのようだ。
「僕のメルは、やっぱり可愛かった?」
変わらず、いっそう、美しくいらっしゃいましたと。
心から伝えると、相手も嬉しそうであった。