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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第7章 翡翠と紅
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3


 声を上げて泣き出すのではなく、はらはらと大粒の涙を流したアヤにその場にいた男共は正直ぎょっとなった。

 前触れもなく、強いて言えばラ・パルスの顔を見た途端に泣き出したのだ。だが彼がこの場では何もしていない事を皆が確認している。

 なんだこれ、と自分でも理解が追いつかない様子のアヤの前に、キィが静かに跪いた。地獄の特訓で身についた騎士としての優雅な所作ではあったが、泣かれた娘をなだめるお父さんに見える。

「アヤ。どうした」

「……ごめん、だいじょうぶ…」

「無事な者はそんな風に泣かない。何かあるなら言ってみろ」

 やばい優しさがしみると顔をごしごしこすって何とか涙を拭いた。そうしてどうにか顔を上げたら、視界に驚いた様子のラ・パルスがいてダメだった。またぼろっと涙が落ちた。


「どう考えてもコレお前のせいだろう」

「ごめん。こればっかりは言い訳させて、本当に何もしてない」

「ならどうして目覚めて一番にアヤの所へ行った」

「晩餐会の時のお礼を言いたいなあ、と思って」

「腹黒じゃなく実は天然か」

「レイと一緒にしないで欲しい…」


 ぐずぐずと鼻水をすすりながら、泣き出した子供に戸惑って交わされている会話に「あれ?」と思った。姿はわかる、声もわかる、カレルとラ・パルスのやり取りだ。

 しかし随分と気安い、……仲良し?

 どうにか落ち着いてきたところでキィが立ち上がり、頭を撫でてくれた。エルは余計な言葉はかけずにハンカチを差し出してくれた。美少女(違)のハンカチはめっちゃいい匂いがした。


「すみません情けないところを……ご迷惑おかけしました」

 ずびずびと鼻水をすすりながら、さっきから汚い状態できれいな人たちに囲まれてるなあとそこの所を情けなく思いつつ、腰掛けたままでいいと言われたのでそのまま頭を下げた。

「迷惑ではないが、いきなりどうした」

 直接理由を訊ねたのはカレルだ。彼が腰掛ける椅子の後ろに控えて立っている場所でなければ、エルは主の足を踏んでやりたかった。

 アヤとキィが並んで腰掛け、その右手にカレルがいる。ラ・パルスは正面だ。

 そして泣き出してしまったのでつい先ほど気づいたが、黒い皇弟が腰掛けるとその背後にトライバル中佐が控えた。うん、いたんだ、さっき気づいた。

 ヤン隊長は室内の扉前で直立の姿勢である。リールミール王女の件で巻き込まれて以来、彼は親衛隊よりよほど「この」事情に通じているのではなかろうか。


「どうっていうか……リールだなあって思ったらブワッてなった……」

「……わかるように話せ」

「えっと、カレルも言ってなかったっけ?皇弟殿下がリールに似てるなあって。俺も思ってて。でも違うんだ、俺たちはリールのこと知ってるけど皇弟殿下を知らなかったから、そう思って。逆だよな、そうだよな、だってリールって素のしゃべり方お姫様だったじゃん。だからクレナイでいる時、男の格好でいる時って皇弟殿下の真似してたんだ」

 真似、と言われてカレルは目を細めた。

 ラ・パルスがリールに似ているのではなく、リールが彼に似せていたのか。

 それは、

「殿下の笑い方とか、仕草とか、めちゃくちゃリールだなあって思ったらこう、あれで……そう考えるとどんだけ観察して似せてたんだよすげえ見てたんだなって」

「おいアヤ。そこまでだ。それ以上こいつを喜ばせるな腹立たしい」

 よろこばせる?

 口を閉じて正面を見ると、体を折るようにして自分の膝に両肘をついて顔をおおっているラ・パルスがいた。心なしかふるえている気がする。そしてトライバル中佐が生温い表情をしていた。

「えーっと、俺また変なこと言った?」

 首を傾げると、生温い表情のままトライバル中佐がエルに視線をやった。エルも苦笑していた。


「ああ、お嬢ちゃん久しぶり。あのね、ちょっと俺らもそこ気づいてはいたんだけど殿下に報告はしてなかったのね。石灰の賢者に揉まれたとはいえ姫さまは生粋のお姫様で、周囲に大人はいても同年代の男なんていなかったわけ。市井の平民の振りでも良かったんだろうけどあの外見だろ、無理あるだろ、そして姫さまも無自覚なんだあれ」

「色ボケ中佐がどうしてここにいるのかは後で聞くとして、無自覚なの?あれで?」

「相変わらず厳しいな。そんでお嬢ちゃんで良かったよ。もしかしたら今は姫さまも自覚してるかもしれないけどな」


 ぎゅっとまとめると。

 リールが真っ先に思いついた紳士の手本はラ・パルスで。

 それを再現できるほどには彼を見ていて。

 精霊使いの紅として見つけた時にはナニコレ殿下がいるわそっくりだわと思ったが、それを正直に報告するとラ・パルス本人が暴走するから内緒だったと。

 そういう事らしい。


「ええー…なにそれ、どんだけ好きなの」

 拗ねたように呆れたように口にすると、カレルに黙れと言われてしまった。はいすみません話を聞きに来たのに最初から色々折りまくりで。

 だが問題はそこではなかった。項垂れていたラ・パルスが勢いよく顔を上げた。

「今すぐメルを迎えに行こう」

「自分の状況を考えて言え」

 暴走ってそういう事ですかとアヤは納得した。リールも大概だが、この方もあれだ。背後からトライバル中佐がラ・パルスの両肩を押さえつけていなければ、立ち上がって出て行きそうだ。

 というか、カレルがツッコミに回っている。その点ではこの方すごいのかもしれない。


 なんて考えていたら、隣のキィがはああと大きな息を吐いた。

 溜息なんて優しいものではなくて、力いっぱい走った後に吐き出した息のようだった。実際力が入っていたのだろう。膝の上で握っていた拳をどうにか緩めた吐息だったようだから。

「皇太子殿下。もう一度問う」

 琥珀色の目はカレルに向けられた。ラ・パルスを直視するのはまだできないのかもしれない。


「リール様はどこだ」


 ル・クリフ皇帝のところだとカレルは答えた。

 ここにはいないと。

「暴走しそうなのがここにもいたな。キィ。話は最後まで聴いてくれるか」

 カレルの言葉で、キィは視線を移した。トライバル中佐にだ。かつてあの軍人の管轄下にある駐屯地を荒らした過去がある。


 帝国軍を許す気持ちはまだ持てない。

 だが残り火のようにくすぶっていたどす黒い復讐心は薄れているのも確かだ。ただ殺して回っても巨大な軍隊を壊滅できる訳でもないと理解できている。

 今ではアヤがいて、キーサの飛空艇団に迎えられて、獣人たちも多くいる中で親しくなった者もいる。

 ただ、それは、リールがいて成り立っているとも言えた。彼女がいなければすべて崩れる、とまでいかなくとも。

 騎士の主はリールなのだ。

「話は、もちろん聞かせてもらう」

 その上でどうするかを決めさせてもらうと、今にも喉笛に噛みつきそうな唸り声で言った。

 なぜか、いや理由は明白だが、それを正面からまともに喰らったトライバル中佐は歪んだが一応の表情を取り繕った。


 そうして、カレルたちとラ・パルスの相互確認を含めた話を聞かされたアヤは、控えめに言って青ざめた。

 これ確実にただの平民が聞いちゃいけないやつだ。

 特に帝国皇帝の正体については、カレルたちですら驚いていたというか半信半疑の様子だったがこの状況でラ・パルスが偽っても何の益もないのでおそらく事実なのだろう。

 国家単位の思惑もアヤには理解できない範疇なのに、人の国を治める皇帝が精霊だとかどんな物語だ。

「俺にどうしろと……」

「アヤに何か求めるわけないだろ。とは言え軍人、特に書記官なんぞ守秘義務は絶対だからな。とにかく喋るなって事だ」

「軍機密もあれだけど、なんかこう、世界の真理を知った重さというか…?」

 許容限界を超えてしまったので、隣に腰掛けるキィの腕に巻きついてうんうん唸っておいた。消化できるまでこれ以上は無理だ。消化できる気はしないが。


 食べ過ぎ胃もたれの症状を訴えるアヤほどではないが、カレルも眉間を指で押しながらお茶と軽食を準備するように申し付けた。

 昼頃にこの紅玉の宮にアヤたちが到着してから結構な時間が経っていた。帝国や、元ヴァイン王国は朝晩の食事と間にお茶の時間があるが、皇国は朝昼晩と三回食事時がある。

 その習慣にすっかり慣れてしまったアヤの腹が、言われて思い出したのかぐううぅと盛大に鳴った。

 カレルに「もうちょっと待て」と言われるのはかまわないが、ラ・パルスにすごく、すごく温めの優しい笑顔をもらってしまったのは居た堪れない。キィとソファの背もたれの間にぎゅっぎゅと身を押し込んだが隠れられなかった。

 しばらくして侍女たちがお茶の用意をしていると、その香りにつられたのか部屋に飛び込んできたものがあった。


「お菓子もあるー?」


 10歳(くらいにしか見えない)少年は侍女たちにまとわりついて部屋に入り、菓子の乗った台を発見するときらきらした目で喜んだ。

 見た目は無邪気な少年だ。国賓を遇する事もある紅玉の宮である、という場所にはあまり相応しくない気安い感じであったが、それはアヤも同様なのでさておき。

 晴れた夜のような深い紺色の髪があっちこっちはねている、簡素だが生地の良さそうな服はここで見繕ってもらったのだろうか。

 石灰の賢者ユウキ・ユーリエは、お菓子から視線を上げるときょとんと大きな目玉を開いた。アヤと目が合ったからだ。


「あれ?……アヤちゃん?」

「え?ユウキ?」


 互いを認識してアヤが立ち上がると、周囲を置き去りにした二人はわあわあと歓声を上げてガシッと抱き合い、感動の再会をしていた。

「わあ!アヤちゃんだ!」

「ユウキ大きくなったなあ!」

「そう言ってくれるのアヤちゃんだけだね!」

「ちゃんと食べてるか?大きくなったけどユウキは変わらないなあ」

 黒猫同士が戯れているようにしか見えない。わしわしと紺色の髪をかき回してやると、んー、と喉を鳴らす猫のような表情でユウキは顔を埋めた。

 そうして顔を上げて、にこりと無邪気な笑顔を浮かべた。

「アヤちゃんも変わらないね!ぺったんこ!」

 笑顔のまま固まったアヤは、よいしょと少年を自分の正面にきちんと立たせてから、ごつん!と拳骨を落とした。

「相変わらず失礼なクソガキだなお前は!」

「アヤちゃんがぶったあぁ」

「そのまま背が縮め」

「やだああ大きくなるんだああ」


 なんだこれ。

 何を見せられているんだ。

 絵面をそのまま捉えるなら黒猫同士、いや子供もしくは姉弟の仲良しなケンカでいいのだが。この場にいるキィとアヤ以外の者はユウキが石灰の賢者だと知っているので、……ああもう何だこれ。


「拳骨って、けっこう頻繁にもらうものなんだね?」

 ラ・パルスのちょっと真面目な物言いにカレルはむぅと唇を歪めた。昨夜の事は悪いとは思っていないが、余計な事をしたと自覚はある。

 支度を終えた使用人たちが退室してカレルが「とりあえず食うか」と声を掛けると、腹ぺこな黒猫たちは仲良くソファに腰掛けた。


「アヤの、友人か?」

 いつも通りの様子に安心したキィがまた頭を撫でてやると、嬉しそうに元気よく返事があった。

「うん。俺の母さんが働いてた食堂が、街の孤児院の食事作ったり手伝ったりしてたから。俺も手伝いに行ったし、院長先生が親のいる子供でも勉強教えてくれてたんだ」

「そうか。苦労したな、少年」

「アヤちゃんはどうしてここにいるの?」

 少年の素朴な疑問に、本当にそれな、と引きつった。


 冷静に考えれば、お前こそパークの街の孤児院から遠く離れたキーサ皇国の首都でしかも皇太子がいる部屋にひょいひょい入ってくるとか何してるんだと言えばよかったのだろうが。

「いろいろ、あって」

 言葉にしづらいと適当に答えると、ユウキはこてんと首を傾げた。

「アヤちゃん、誕生日もうすぐだよね」

「よく覚えてるな」

「うん。俺は()()()()()()。それでアヤちゃん、15歳になるっていうのにけっこう精霊たち見えてるよね?っていうか見えるようになったね?」

 話の脈絡がまったく理解できないが、考えると思い当たる事はあるので「ああ」と適当に相槌をうった。


 父親が精霊石をつくる錬金術師だったせいか、たまに家に帰ってくるとふわふわ何かくっつけて来る事はあった。父曰くそれらは中位の精霊なのでわりと多くの人に見えるものだった、らしい。

 だからごく一般的な感覚だったし、リールの周りにはいつも精霊がいたから見えても不思議ではなかった。

「それね、けっこう見える方。たぶん『お気に入り』だから精霊たちもがんばってるんだろうね、元々好かれる部類ではあったけど。『茜の蜥蜴』とか精霊石にしたって扱い難しいんだよあれ。だけど、がんばってるからさ、それけっこう危ない」


 ユウキが言うには。

 赤子や幼子の無防備な状態は精霊たちにとって「面白い」らしく、好き勝手に現象を起こしては守ったり害をなしたり殺してしまったりするそうだ。

 幼子が突然亡くなる事はよくあるが、それは身体的に脆弱という理由だけではないと聞いてぞっとしない。精霊たちは恩恵を与えるだけではないと知識では知っていても、アヤの知っている精霊は、父親のつくる精霊石やリールが可愛がっている様子に直結するのに。


「危ないね。たとえばアヤちゃんが危険な時に、守ろうとして一緒に現象に巻き込む。危機的状況だけならとにかく、それだけ気にかけてもらってると、喉渇いたなって言って溺死したり雨に濡れただけで燃やされる」

「へ?そ、そんなに…?」

「だから獣人たちは精霊に馴染み深くあってもほとんど近寄らない。与えられる現象に対して危険の方が大きいから」

 だよね?とまた首を傾げて見せたユウキに、銀の狼は苦くも同意した。こんな少年がなぜ、とは思っても言葉は正しかったので。

「精霊を、世界を構成しているものをどうにかしてやろうなんて考えるのは、人間くらいだって事だね。アヤちゃんがそこまで影響されたのも、ここにいるのも、全部リールちゃんのせいでしょ」


 今、すごい違和感のある呼び名が。

 リールちゃんて、あの、リールでいいでしょうか。


「自分が周囲に与える影響に気づかないって、それだけで迷惑だよね。飢えてるくせにいらないって言うから、与えられると放せない。どうしても欲しいなら頑張ればいいのに、相手がくれるまで怖がって手を出せない。まあ、循環してる魂が綺麗なの本当だし、毎回見た目も綺麗だし、異性は放っておかないんだろうけど。ねえアヤちゃん。君が生まれた場所からお母さんのお墓から遠く離れたこんな所で軍人さんなんてやってるのは、臆病なお姫様が君を好きに連れ回したからでしょう?」


 あのお姫様がいなければ、と思わない?



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