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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第6章 翡翠と紅玉と黒貝と
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8


 寝起きは最悪だった。

 心労で夜も眠れないなんて繊細な心を持ち合わせていないというより、昼夜問わずの任務もあるため眠れる時と場所があるなら眠るのが鉄則なので睡眠をとっただけだ。

 だが眠りは浅いし夢見は悪い、寝起きは最悪だった。

「カレル。すごい顔してますよ」

「自覚はある」

「では殿下もお疲れでしょうからさくっと報告しましょう」

 テオドル宰相の呑気な声に苛つくのも面倒だったので、カレルはソファで脚を組み肘掛けに寄りかかるようにして頬杖をついたまま促した。


「本日予定してましたラ・パルス殿下との会談は中止になりました。ア・マルナ・アストリア殿が直々にいらして会談内容の確認書だけ置いていかれましたが」

「理由はなしか」

「ラ・パルス殿下の体調が優れないようですよ」

 それは言い訳ってやつだ。まったく正当な理由ではない。

 だが今朝、カレルのところにやってきた使者も同じ事を言っていた。本来の予定ならテオドル宰相と会談後、ラ・パルスはカレルとの会食、午後は雪華の塔に隣接する軍施設の視察だったのだが。

 会食はなし、視察に関しては代理の者が案内するとの内容だった。

 体調不良程度で招いた国賓との予定を破棄するなど、馬鹿にしているのかと国際問題に発展しかねない事案だが今回はそこではない。


 ラ・パルスと接触できなくなった。


 あの夜会でリールが「何かあった」と場を離れたのは、感情的な理由だけではないのだ。

 あれから一日と半分。明日は皇帝出席の元、彼を祝う式典が盛大に催される。西方の青の同盟参加国も昨日から続々と帝国入りをしている。

 その最中で、「この話」の中心人物と連絡が取れない状況とは。

 脱力するように深く息を吐いたカレルの前に、侍女が淹れ直した紅茶のカップを置いた。それに礼を言うついでに退出を促す。

 カレル、テオドル宰相、エルと宰相の補佐官アロイスの四人で腰掛けた部屋は重々しい、というか本気でどうすんだコレという空気が漂っていた。

 ちなみに侍女たちは退室したが護衛二名が室内にいる。カレル付きの親衛隊、ではなくヤン隊長と灰眼のフーゴだ。


「で。テオドルお前、何を企んでるのかいい加減吐け」

「特になにも。私は別に特使の権限を頂いている訳ではありません。陛下の名代で来ているのは、むしろ殿下ですから」

「……エル、ちょっとお前の親父さん殴っていいか」

「話が進まないので後にしてください」

「エル君。後でもだめ、だめだからね?殿下にがっつり殴られたら私なんか倒れてしまいますからね?」

 アロイス補佐官の眉間のシワがいつも以上に深く刻まれていた。オヤジがんばれーという小声が届いてなお険しくなっていた。灰眼のフーゴは相変わらず口を閉じておくのが苦手なようだ。


「殿下。私はね、本当に陛下の代わりにお話を伺っただけなんですよ。キーサは最初から概ね賛同しています、その確認です、書面も残っていません」

「確かにウチは戦時国際法に賛同している。だったらなおさら、ラ・パルスが主導なのがどうしてだと訊いているんだ」

「皇弟殿下が主導なのは本当です。ですが我らは彼の味方ではない。それを詰めるところで音信不通という状況なんですよ」

「だからそれは最初に聞いた…!」

 埒があかないとカレルは立ち上がった。本来なら皇太子が一人立つなんて状況はありえないが、宰相は腰掛けたまま瑪瑙の目を見上げていつものように笑った。


「どうぞお聴きください、殿下。私め少々感心してるんですよ、これでも。以前ならあの夜に飛び出してもおかしくないでしょうに。軍の指揮とは違う、使えるものは使って任せることは任せて、そうやって人をお遣いください。私と意見が違う事も多いでしょう。けれど我らは皇弟殿下の味方ではありませんが、確実に、あなたを裏切らない者です」


 リールは戻らなかった。

 ヤン隊長と黒貝の賢者が夜通し確認したが何も得られなかった。他国という制限の中ででき得る限りの捜索をしてみたが、今朝まで何もわからず仕舞いだ。

 いや、正確には、何も証拠が得られなかったと言うべきだ。

 現在雲隠れしやがったラ・パルスが早々にかっさらっていったのかと、一瞬考えたがおそらく違う。違うとカレルは確信するが証拠がない。


 ル・クリフ皇帝だ。


 夜会で謁見した際に、皇帝は言った。「大儀であった」と。

 遠路の事か使節団の受け入れか、違うと直感した、リールミール姫を匿っていた事実にだ。

 ああ、この皇帝も精霊姫にご執心なのだ。


 だが人嫌いの機械皇帝の身辺など、今回の人員だけではラ・パルス以上に把握できなかった。当然だ。いちおうアレソレがあるので帝国にも諜報員は置かせてもらっているが、彼らにだって皇帝は謎だらけなのだ。

 元々カレルの一存でねじ込んだ護衛役ひとり、皇国にとっての重要な役職にある訳でもない。情報漏洩を心配するような輩でもない。放置してしかるべき「彼」を捜索させるカレルに、そういえば異論を唱える輩はなかった。カレルに近しい者ほどリールを知っているとしても。

 宰相の口から「そのつもりでお連れになったのでは?」くらいは出るかと思っていたが、「さすがに難しいですねえ。さすが帝国ですねえ」といつもの調子で困っているだけだった。

 協力してくれていたのだ。徒労になったとしても。


 ぐう、と奇妙な声を色々なものと一緒に呑み込んで、カレルは再び腰掛けることはせず、バルコニーに続く窓を開けた。今朝もいい天気で、そして春だというのに空気が冷たい。

 すると背中から、生地の厚みのわりに軽い外套を掛けられた。

「さすがのカレルも、帝国は寒いと言ってましたから」

 エルの白い髪がさらさら、冷えた風に流されるのが視界の端に映っていた。白い。それとは別の何かが、べしっと顔に張りついたのは、確かに油断があったのかもしれない。

「カレル?!」

 あまり聞かないエルの慌てた声を聞きながら、顔面に張りついた何かを片手でべりっと剥がした。


 白い、ふわふわの毛並みのリスに見える。

 無属性の精霊シシィだった。


「お前は… 本当に俺が嫌いだな?あ?何の恨みがあって顔面に」

「いえ、あれ?待ってくださいカレル。嫌われてないかもしれませんよ?」

「どこがだ」

「この子がここにいるという事は、クレイ殿ではなく、…リール様の姿という事です。帝国内で。それはあの方の本意でしょうか?もしかしてこの子、カレルに知らせに来てくれたのでは?」

 え、と赤い目玉をのぞき込んだら、つかんでいた手を噛まれた。いややっぱり嫌われてるだろ。

 カレルの手を離れた精霊は床に降り立ったが、いつものようにちょろちょろと走り回るのではなく、威嚇するように四つ足で踏んばっていた。

 それを見ていたヤン隊長が、許可を取って精霊を確保した。すんなりと。

「……ヤンには大人しいな?!」

「これでも半分は獣人なので」

「殿下が姫さまに変なちょっかいかけるから嫌われるんじゃないです?」

「フーゴは口閉じてろ!やっぱり嫌われてんな?!」

 カレルの方がよほど威嚇する猫のように毛を逆立てていたのを、エルが宥めてつかんでソファに放って否改めて腰掛けさせた。


 突然飛び込んできた精霊のおかげで、リールの状態だけはわかった。よくない方向な事も。

 しかし謀事ならとにかく、精霊との意思疎通などこの場にいる誰もが範疇外だった。精霊に関してはリールがいるからとそれに特化した配置を考えていなかった。エルとヤン隊長は多少精霊との交流はあるがそれだけで、無属性の精霊などまるで別格だ。

「だがまあ、ラ・パルスでなく俺のところに来たのは褒めてやろう」

「ですがこのままでは何も、……ええと、そうですね。イルファ・イェンシュ殿なら」

 それしかないか。

 夜会の当日に手を貸してもらったので事情は通じている、この場の連中だけでは精霊シシィが加わったところで何も進展しない、だったら頼むしかないが。

 イルファ・イェンシュはラウル王国の者だ。さて一歩間違えば重大な国際問題勃発のこの状況でどうやって、と考えていたら。


 部屋の外で控えていた親衛隊の兵が来客を告げた。

 民間施設とはいえ高級宿。取り次ぎの間にいた侍従でなくカレルの護衛兵が知らせたのは、相手が帝国軍人だったからだ。ラ・パルスの代理の者だという。

 会食はとにかく午後の視察もあるので通すように伝えると、軍人は開かれた扉の線でびしりと止まり、カレルの姿があるので敬礼と入室の名乗りを同時にした。

「レイリック・ユング少将、入室いたします」

 カレルは片側の頬をぴくりと動かし、テオドル宰相は「ほう」と小さく声をもらした。


 リールから「要注意人物だ」と忠告されずとも名前は知っていた。

 帝国のヴァイン王国侵攻、七日間戦争の英雄の一人。レイリック・ユングは、皇太子の御前という事で軍帽を手にして胸にあてた。

 名前は知っていても姿は初めて見た。金髪碧眼の甘ったるい容貌に、これが王の間に単身乗りこんでヴァイン王と王妃の首をとった猛者だとはにわかには信じがたかった。

「皇太子殿下。発言の許可を願います」

「許可する。ラ・パルス殿下の使者であるなら好きに話せ」

 レイリック・ユングは正しい意味で帝国の由緒ある貴族だったはずだが、軍施設視察の代理だからか一貫して軍人としての態度であった。

(ああこれが腹黒大佐か)

 とか考えていたのは内緒だ。少将に昇進したようだが。


「こちらの都合で皇太子殿下の予定に支障をきたした事、まずはお詫びいたします。我らが皇帝陛下の声もあって小官が参りました。以降、不自由がないよう努めますのでご容赦願います」

「理解した。私も貴国の飛空艇には興味がある、よく努めてくれ」

「ありがとうございます」

 久しくこういうやり取りをしていなかったなと、カレルは肩をすくめてから少々力を抜いた。


 軍人たちは貴族的な婉曲表現はしない。嫌味は言うし難解な語彙を好むから四角い話し方をするが、詩的な言葉の裏を読むとか面倒臭くて仕方ないカレルにはこの方がずっと性に合っている。

 ユング少将の言葉を斜めに受け取ると、皇帝の威光を示されたのにラ・パルスの不調を気遣う言葉でも掛けなければならないが、この場合は言葉面の通りでいい。

 ラ・パルスでなく皇帝陛下に直々に言われて来たんだああそう、という話だ。それはそれで考えなければいけない事案だが。

 夜会で会った帝国軍人たちは、大きく分ければ「圧倒的な過酷さで躾けられた軍人」か「貴族としての矜持に囚われた軍人」かだった。

 ユング少将のような、生粋の貴族でありながら軍人然としている輩は珍しい。

 甘ったるい顔が無表情だと不思議だなと、青い目玉を見ていたら、ユング少将は不意ににこりと笑った。虚を突かれたカレルが瞬くと、少将は胸にあてていた軍帽を脇に挟んで軽く両手を広げてみせた。

「では殿下。帝国においでになってから大分お忙しかったようですので、私相手でございますが、帝国で一等の昼食でもいかがでしょう」

 ああこれは、と何故だか面白そうにしたのはテオドル宰相だった。腹黒同士気が合うとでもいうのか。

 せっかく軍人仕様で気が楽になったのに、逆に一番面倒くさい手合だとわかって疲れてしまった。上がった分だけ倍下がったわ。


「いや、予定通りに迎えをよこしてくれ」

「残念です。私のような者が殿下とご一緒できる機会など、二度とありませんでしょうに」

「さて。…それは貴官次第だな」

 ああその「及第点だって報告はしておきますよ」的なキレイな笑顔が腹立つ。お前じゃないのよこせと思うが、難攻であっても最大の情報源、せいぜい良い報告でもしてくれと追いやった。

 やわらかく笑んだ後で、ユング少将は退室の扉前では直立の敬礼を披露して辞した。なんだアレ面倒臭えと胸の内で毒づくと、宰相は「わあ厄介ですねえ」と口にしていた。お前が言うか。

 ともあれ視察の時間までどうにか空白を確保したので、その間にラウル王国への言い訳を考えて突撃してどうにかしなければと考えていたら。


「なんだアレ。やっべえな」


 またも面倒事が向こうからやって来た。今度はバルコニーからだった。

 確かに先ほどカレルが窓を開けて精霊シシィを顔面でお迎えしたままだったが、天井の高い建物の三階なんですが。関係ないですかそうですか。

 ヤン隊長と灰眼のフーゴが素早く適当な動作で、カレルたちが腰掛けるソファとバルコニーの間に立った。声の主がサラッと姿を表したので正体は知れたが、警戒を解く理由にはならない。


「イルファ・イェンシュ殿。扉はあちらだ」

「非公式なんでな」

 理屈がおかしい。バルコニーは本来出入り口ではないはずだが、訝しげな顔をしたカレルに護衛の方が「あんたが言いますか」みたいな顔をしていた。リールの部屋にバルコニーから侵入するのはカレルの常套ではあったが、それはそれである。


「それで?イェンシュ殿、こちらには何の私用で?」

「申し訳ないが皇太子殿下に報告できるような内容は、まだない。ソイツを追って来たらここだったというのが正しい」

 そいつ、とイルファが指さしたのはヤン隊長の肩におさまっていた精霊シシィだった。

 大人しく確保されたがヤン隊長が警戒の体勢をとった為、自主的に肩に移動していたようだ。短く結んだ砂色の髪あたりに隠れるようにいたのだが。指で示されると少々唸っていた。

 アロイス補佐官はもう発言せずにただ眼前の出来事を今後に活用すべく脳内処理をしているだけで、その代わりのように宰相がよく喋った。

「千客万来ですねえ。殿下」

「もともと売込みに来たわけだが、なんか方向性間違ってるよな」

「ええと。イェンシュ殿、この子にご用件で?ちょっと我々もお伺いしたいことがあったのですが」

「わかってる。青玉の賢者に用件だ」


 深い森の緑、長い黒髪がヤン隊長の眼前で舞った。


 気づいた時にはイルファ・イェンシュの姿が正面にあり、すでに肩の精霊を捕らえていた。騎兵隊全部隊で随一と誰も異論なきヤン隊長がろくに反応できなかった。

 そうして正面に平然と立ってみせたイルファは、今日も自分の眉間を指で示して見せた。

「眼鏡、見づらいだろう?目で捉えようとするからだ」

 隊長大好きフーゴが口を開けそうな勢いで驚いていた一方で、イルファの手に捕まった精霊はガブガブ遠慮なく歯を立てていた。

「痛いだろ。というかお前に反抗する資格ないからな?さんざん俺のこと考えなしの戦闘狂とか言ってくれたわりに姫さんにここまで肩入れしてんだから、これもう同罪だから、最後まで付き合ってもらうぞ」

 長いふわふわ尻尾が不満げに揺れていたが。

 イルファ・イェンシュの言葉は、精霊への語りかけというより、気の知れた同胞への文句というか。

 意思ある「人」への話し方だったのが、際立って違和感を感じた。

「というわけでこの、こいつ、…じゃない青玉の賢者は連れていくんで」

 それは構わないが、ええとちょっと説明、と求める前に私用で訪れたらしい彼はさっさと退散してしまった。もちろんバルコニーから。説明もなしだったのだから、今更ここ三階とは誰も言えなかった。


「カレル。すごい顔してますよ」

「自覚はある。……ちょっともう一度寝ていいか?」

「ダメですよ殿下。さすがに対策立てておかないと、ユング少将殿にまるめこまれて終わりですよ」

 先ほどと同じく、テオドル宰相に苛つくのも面倒だったカレルはとりあえずソファに横になった。本気で寝たい。眠って起きたら誰かが解決してくれてないだろうか。




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