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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第1章 紅と黒猫
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5


 翌朝。がっつり帝国軍の紋章がついた馬車で迎えにやってきたサルダン少尉の前で、アヤは隠しもせず「うへえ」と辟易した。

 これに乗って行くのかという思いと、これに乗って行くからすんなり研究所内に入れるのだという思いが素直に顔に出てしまったが、赤茶髪の少尉がそれを咎めることはなかった。


「少尉も大変だねえ」

「その点は諦めております」

 否定もせず言ってのけた彼もなかなかである。

 上官に接するような規律正しい所作、それはおそらくリールに対するものだ。アヤ単体だったらこうじゃないだろう。そうする理由があるのかあるなら何なのか知らないが、アヤはなんとなく、この人いいひとじゃないかなあと感じていた。


 二頭立ての良いしつらえの馬車だ、中も座り心地を考慮した分厚い座席が向かい合い、リールとアヤが並んで腰かけてもかなり余裕があった。

 その向かい、ふたりのどちらとも正面にならないよう少尉が座る。

 豪華だった宿から馬車が出発して、アヤはようやく今朝からの疑問をぶつけることにした。ようやくその勇気をふりしぼったというか。


「あのさ、リール」

「ん?」

「なんでそんなキラキラしてんの…?」

 サルダン少尉が迎えに来たと連絡があり、先に行っててと追いやられてしばらく。部屋から降りてきたリールはまるで正しい貴族の装いみたいな恰好だった。

 やわらかく鮮やかな紅い髪を後ろに流すようになでつけ、シャツの襟には上等の絹のスカーフ、それを彼の瞳の色をした石で留めている。細やかな銀糸の刺繍が入った合わせに上着、ぴしりと線の入ったトラウザーズ、磨きこまれた靴、それからやはり絹の白い手袋。これに剣をさせば完璧な貴族、いやどこぞの騎士そのものだった。


「敵陣に乗り込むわけだから、恰好から入ろうと思って」

「やりすぎ… まぶしい… めがいたい…」

「そこで素敵惚れちゃうとか言わないでドン引きするアーヤが可愛いよね」

「昨日のどこにそれ用意する隙あったよ…」

「せっかく用意してくれた宿だし? 有効活用しなきゃだし? いい施設にはいい使用人がいるものだよ。さすがに既製品だけど」

 一晩でそろえさせたのか。それは応えた宿の使用人たちがプロだな。

 というか鉄馬車の特級車両といいこれだけのをさらっと揃えることといい、いったいリールの財政事情はどうなっているのだろう。

 いっそ本当に王子様じゃないのかと疑ってしまうが、否ありうる。本気でありうる。

 だがヴァイン王国に王子はいなかったはずだ。しかし他国の王子様かもしれない、他の国の王族なんてろくに知らない。アヤが知っているのは、帝国の白い皇帝と黒い皇弟くらいだ。それだって話で聞くだけで。


 笑わない、最近では姿もろくに見せない、虚像だとか機械仕掛けの人形だとか言われる、白い皇帝。

 彼が何を思ってヴァイン王国に侵攻したのかなんて知らない。


「アーヤ」

 ぶ、と声が出たのは、ふくれっ面を指で押されて変な空気を吐いてしまったからだ。

「なに考えてるの?」

 白い手袋がつるつるだ、すべすべっていうか。

 ヴァインの貴族は、実は健在の家が多い。パークの街のように研究所があった明確な攻撃目標は別だが、そうでない土地の運営そのものは領主たちがそのまま行っている。

 だからそういう家の、貴族の令息だったりしないか。とか。

「考えてもわかんなかった」

「そうだね。だから知るために行くんでしょう?」

 考えている内に、馬車が緩やかに速度を落とした。そうして一度止まる。

 御者が何やら話している声が聞こえたと思えば、また少し進む。窓はもちろんあるのだが、中が見えないよう布がかかっていたので、あえてのぞかない限り外の風景は見えなかった。

 だから、完全に馬車が止まり御者が扉を開けてくれて、ようやく見る。


 半壊した建物と、帝国の技術で補ったいびつな今の姿を見上げる。


 サルダン少尉は降りるとまるで上官を迎えるように扉の前に控え、それを受けてリールも馬車を降りた。建物にやや圧倒されていたアヤが遅れたと身を乗り出すと、手がさしのべられた。

「どうぞ」

 馬に乗る時と違って今度は手をのせる、で合っているはずだ。でもなあ、どうかなあ、これにすがりたいわけじゃないけれど。アヤ一人ではどうにもできないから彼を頼ったわけで。

 うん、依頼料はふっかけられても一生かかってもちゃんと払おうと決めて、リールの手を取った。

 令嬢のエスコートというより元気な子供の手を引く、みたいな図だったがそこは気にしない。


 研究所の正面は白亜の城の名残。エントランスに足を踏み入れると、貴族の見本みたいなごてごてした服(にでっぱった腹を詰め込んだ)初老の男性と、白くて長い揃いの上着を着た壮年の男性2人が出迎えてくれた。白衣の一人は眼鏡だった。

 一歩先を歩いていたサルダン少尉が、彼らを見つけて立ち止まり、右の拳を胸にあてた。手のひらを額にかざす敬礼ではなかった。


「所長。突然の訪問、失礼します」

「いえいえ、驚きましたが先触れはもらいましたからな。それで、協力いただける精霊使いというのが、」

 まどろっこしい挨拶とかやり取りとかそういうのすっ飛ばして単刀直入に本題キタ!と、アヤがこわばる前で、少尉が90度向きを変えてから大きく一歩下がった。なんていうか真面目だなと感心した。そんなわけで少尉と横並びの位置におさまってしまった。

 道を開けられたリールは、にっこり、それはもうにやこやに笑った。


「突然申し訳ございません。リールと申します。不肖にも精霊たちの声を聴くことができる身でありながら、それを民に還元する術を持ちませんで。厚かましいと存じながらも、大佐からお願いしてもらった次第です。僕でできることがあれば何でも仰ってください、代わりにご指導くだされば幸いです」


 花が咲くような笑顔、とはこの事。

 迎えは所長をはじめ初老中年の男性たちだったにもかかわらず、リールが好意の握手を求めて片手をさしだすと呆然とやもするとうっとりと見惚れた様子でためらいがちに握手を交わしていた。照れるなよおっさんと誰か突っ込んでやれ。


「おぉ… リールとばしてんな… 本気で目がいたいわ…」

「さすがの自分にも花が舞い散る幻影が見えます」

 あ、少尉にすら見えるんだ。ていうかそういうこと口にしてくれるんだ。


 リールよりもさらに高い位置にある赤茶髪を目指して、ちろ、と目線を向けると気づいた少尉も返してくれた。目元がわずかに緩んで、たぶん人前でなければ「だよね」なんて同意で笑ってくれたと思われる。

 やっぱりこの人、いいひとなんじゃないかなと思った。帝国軍人だけど。


 なんてアヤが少しだけほっこりしていると、有無を言わさない力でだが自然に肩を引き寄せられた。そうしてリールに寄り添うように立たされる、つまりお出迎え所長たちの前に引きずり出されたのだ。

「先ほども申しましたように、僕は精霊石の精製はさっぱりでして。今は錬金術師見習いの彼に頼ってばかりです」

 ぶっこんできた。

 そういう設定でいくのな!とか簡単に合わせづらい方向性できやがった。


 ひきつる頬を隠すため、しかし何か喋るとぼろが出ると思い軽く頭を下げておいた。リールは花を飛ばす勢いで変わらず笑顔だったが、アヤの肩を抱いている状態なので困って困って必死で考えているのが伝わっているのだろう。楽しくてたまらないわずかな震えが彼の指から逆に伝わってきて、アヤはこんのどえす後で覚えてろと心の中で盛大に悪態をついた。


 リールの美貌にのまれがちな所長たちは、精製師のたまごまで!と喜び、さっそく研究所内を案内しましょうなんて流れになった。目論見通りでこわい。

 精霊への交渉術、精霊石への精製方法が確立している、一般にも普及しているような精霊石をつくる現場なら見学も大丈夫だということで。白衣の2人にそのまま案内してもらうことになった。


「精製方法が確立していても、それを刻める技術者は年々減っておりまして。需要と供給の均衡がくずれることもあります。それを見極め指示くださっていたのは王城の方々でして… 今は皇帝陛下のご意思もありますから… 圧倒的に手が足りないのです」

 話しながら、白衣の眼鏡の方がサルダン少尉をうかがうように見ていた。けれどそこは少尉殿。陛下の命が優先なのは当然だと圧をかけるわけでもなく、不快な表情を浮かべるでもなく、淡々とリールとアヤの後ろを歩いているだけだった。


「皇帝陛下からのご依頼まであるとは、さすがですね。こちらでなければ解読できない、よほど高位の精霊術でしょう」

 むしろコッチの圧の方がつよい。

 リールはにこやかに「なにそれどんな命令なの?」と問いかけたが、さすがに白衣の男たちも言葉を濁していた。


「ええと、君は」

「アヤです」

「そう。君は精霊石の精製はもうできるのかな?」

 聞かないでください。そんなの一度もやったことありません。

「あー… えっと、俺は本当に独学で。自然界から素体になる鉱石を見つけること自体が難しいから、精製っていうか、古代文字の解析とか術式の簡略化とか」

「なるほどそちらか。錬金術師を目指したいのだっけ」

「ああ、……はい」

 もちろんそんなことをしていたのは父親であってアヤではない、これ以上つっこむなと汗がだらだら出る。となりでリールがすごく喜んでいる。声に出ていないが「がんばれ! なんとかならなくても助けないけど!」とくっきり聞こえるくっそう。


「リール殿は、どの程度の精霊まで交渉が可能ですかな?」

「恥ずかしながらそういったこともわからず… 精霊たちに厳格な位があるのは知っておりますが、普段声を聴く『彼ら』がどの位のどんな精霊かを深く考えずにきたのです。それをユング大佐が民に役立てるべきだと言ってくださったので、それなりの精霊たちだと思うのですが…」

 まどろっこしいやり取りというか腹黒というかリールなら必要な駆け引きとでも言うだろうか、そういう言い方いっそすげぇとアヤは感心した。

 格好といい物腰といい無知で扱いやすいどっかの貴族の令息、という認識をさせながらユング大佐の名前を出して有用性を強調していた。この髪色と美貌で精霊使いなど、噂にならないはずがない。けれどその辺を蹴っ飛ばして「なるほど」と表面上は言わせるだけの言い方だった。


「では、一度その精霊に声をかけてもらえませんか?」


 そう言ったのは、白衣の眼鏡でない方だった。

 ゆっくりとだが歩きながら話していた、いつの間にか、石造りの廊下に絨毯を敷いた場所から様変わりする所まで来ていた。

「我らは確かに人手不足です。大佐殿の口添えである精霊使いの協力など、願ってもないことです」

 大きな扉は崩れた石をつなぎとめるようでもあり、鋼の枠が食い込むようでもあった。この先は七日間戦争以降に帝国が鋼の技術で建てた、冷たい建物になっている。

 扉を開けて少し進み、左に曲がると下への階段があらわれた。どうぞと促されても怪しい雰囲気しかない、だがサルダン少尉もいる状況でいきなり変なことにならないだろう。突然来た精霊使いと錬金術師見習いならとにかく、現在の研究所が軍直下の施設であり所長は据えているが管理者はユング大佐である。

 だから「護衛」かと、アヤは肩越しに少尉を見やった。彼は何も変わらず生真面目に後ろに控えていた。


 階段を下りた先は広い、奇妙な部屋だった。

 足元はわざと石を敷きつめさらに土を盛っている。壁は鉄。壁にかけられた灯は、木を燃やす松明だった。そして地下水でも汲みあげているのか、部屋の壁に沿うように溝があって水が流れていた。

「いちおう、どの属性でも良いよう造っておりますが。何か要望はありますか? 交渉の陣を描く媒体だとか、」

 偽らないための理由だとか。


 白衣の男の言葉に、リールはゆっくりと振り返った。予想はしていたが、予想通りでいっそ愉快な気持ちになった。

 だが平和にのんびり生きていたいのも本音である。

「アーヤ。油断してるから」

「だってさ、少尉はいい人だなーって思ってて」

「油断もなにも疑ってなかったと」

「……悪い」

 背中で両腕をひねり上げられ、さらには短銃を突きつけられた状態でアヤは素直に謝っていた。うなだれる余裕があるのなら、身動きはとれずとも骨や関節に負担のある拘束ではないのだろう。

 サルダン少尉は、変わらず生真面目な顔で任務を遂行していた。



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