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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第4章 翡翠と瑪瑙と黒皇子
37/98

8


 晴れ渡る空を、黒鉄の鳥が悠然と飛ぶ。

 リィン帝国使節団の皇国入りである。


 キーサ皇国首都シウノ・モアに飛空艇三機が降りられる場所など、キーサ飛空艇団の本陣以外にない。

 だから他に選択肢はないのだが、そんな郊外に使節団を迎える気かと最後まで嫌味を垂れていたどこかの長の顔を思い出し、カレルはつかんで捨てた。

 郊外でけっこう、ここは使節団の案内役を務めるカレル皇子を団長とする飛空艇団だ。よほど安全で、皇子の懐にて歓待する意もある。

 さらにここから皇后の待つ白金の宮まで移動するだけで、帝国の到着を見世物のように市民に知らせることができるのだから合理的。

 あの嫌味ったらしい長は、発言権が強くなく政策にはまったく口を出さないくせに小物感満載の口をきく。議会では流しているが、腹は立つ。


「カレル。…顔を直してください」

「おう」


 すぐ後ろに控えたエルの言葉に、両手で顔をはさんで揉み出した。

 敬称なしの普段の呼び方だ。今まさに大地に降り立つ飛空艇が巻き起こす風と轟音で、誰の耳にも届いていないだろう。

「カルラは元気か?」

 だから前を向いたまま訊ねた。エルの表情は見なかった。

「はい。最近は調子が良いんです。今朝、いってらっしゃいって、…言ってもらえました」

「それは好かった。ああ、またエルの惚気話が始まるのも近いな」

「カレルの、惚気も愚痴も聞きませんよ?」

「どっちになるかは、あの恋敵次第だな」

 ですからどちらでも聞きませんからねと、軽やかに笑うように、白髪のエルは正しい位置に控えた。


 着陸した飛空艇三機の内、旅客用の機体は一機だけだった。もう一機は軍用の護衛艦。

 そして黒鉄の船体をさらに漆黒に塗りあげた、戦場で旗艦となる皇弟の飛空艇からその人が降りた。


 使節団代表はラ・パルス・リィンネーネ。

 彼は、式典に着用する帝国軍の礼服姿だった。

 潔癖の白いシャツにタイを巻き、腰まである黒の上衣をベルトでとめる。階級を示す肩章はラ・パルスの場合は特殊なので星も線もない。ただ軍盛装であるので頂いた勲章をすべて身につけている。

 そして彼だけが、皇族の正装に用いられる装飾外套を軍服の上から羽織っていた。


 皇弟を先頭に、すぐ後ろには黒い式典用軍服を着た軍人が二名。そこからきっちりと一名分の距離をあけて同じ軍服の一団が歩く。

 その後から煌びやかな衣装の貴族代表たちが続き、技術者たちだろう慣れない礼服をまとった集団を誘導するようにまた黒い軍服たちが幾人か。

 沈んだ草色の軍服もいたが、彼らは一団には加わらず、そのまま飛空艇内もしくは艦の下で待機の姿勢を取っていた。


 ラ・パルスが皇族の正装でなく軍服を着ているということは、彼は軍部の代表であるという事。

 使節団代表が皇弟であったから渋々引き下がった貴族連中は、ラ・パルスの出で立ちにさぞ苛立ったことだろう。これが現在の帝国の勢力だ。

 なるほど、と笑ったカレルは芝居のように両手を広げて声を張った。


「キーサ皇国へようこそいらっしゃった!」


 対するカレルは白の布をふんだんに使ったキーサの伝統衣装、皇族の正装である。

 絵師に描かせる時ほど盛っているわけではないが、白金もしくは金の装飾を「首」につけるのが正しい装いなので重い。首とは頸椎と手首足首の事だ。金とは重い。

 そして男女問わず頭に白布を巻く。これは伝統的な形はあれど、現在では流行りが優先されても咎められることは少ない。

 ちなみに普段から白布で髪をおさえている人もいる。理由は正装時と同じく、額の洗礼の証をよく見せるためと、白を人の一番高いところに置いて太陽神に存在を誇示するとも加護を乞うとも云われている。


 誰よりも先に歩み寄ったカレルの前、失礼でない距離まで近づいたラ・パルスは、目深にかぶっていた帝国軍章のついた軍帽を手に取った。

 陶器の肌に埋め込まれた黒曜石。上等の絹を深く深く黒く染めた髪。

「はじめまして。ラ・パルス・リィンネーネでございます。殿下のことは、」

「カレルで好い。書面にするなら規約はあるだろうが、ここはキーサなので堅苦しくなくとも大丈夫だ」

「ではそのように、カレル殿下」

 ツクリモノめいた美貌に薄く浮かんだ微笑みに、カレルは手を差し出して握手を求めた。

 そして思った。


(いやもう、顔がいいな?! リールと並んだら本気で絵画だな!!)


 なんて考えていたのは、おそらく背中にいたエルには筒抜けだったろう。そのさらに後ろにいた、レオポルト副団長くらいまでは気づいているかもしれない。

 だが障害など叩き壊せばいいと考えているカレルにとって、ラ・パルスは、生身の生きている恋敵。

 そう、使節団の目的がなんであれ、その点においては敵だ。

 手袋をとって礼儀正しくさし出された手を少々手荒につかんで、カレルは一瞬眉をひそめ、しかしすぐに友好的な笑みに戻って使節団一行を案内した。


 皇后の待つ白金の宮までの移動に用意したのは馬車と、軍馬。

 事前に決めていた通り、貴族籍の者や技術者たちは馬車に、ラ・パルス等軍部の者は騎馬で向かうことになっている。

「多少気性は荒いですが、賢い良い子です。ラ・パルス殿下に粗相はしないかと」

「ああ、美しい青毛ですね。ありがとうございます」

 飾り房のついたくつわを食み、美しい彫りのある鞍をつけた馬を引いてきたのはエルだ。

 エルがくつわを押さえ、ラ・パルスの後ろにずっと控えていた軍人二名が両側についた。何かあった際にすぐ対処できる位置、訓練された動きだと感心する前に、エルは目を細めた。

(ああ、この人たちが)

 「聞いていた」軍人なのだとすぐわかった。

 身につけた装飾や勲章の重さを物ともせず、ラ・パルスは軽やかに青毛に飛び乗った。手綱を握りしばし足踏みさせ、「賢い子だ」と穏やかに話しかけていた。

 艶やかな毛並みの黒い軍馬にまたがる、麗しき軍服の青年。皇族に許された豪奢だが品のあるマントをひるがえす姿は、切り取って絵におさめれば飛ぶように売れるのではなかろうか。


「…腹立つほど絵になるっつーか」

「せめて声に出さないでください」


 下がったエルに冷ややかに窘められた。

 声に出すならまっとうに、貴族っぽく褒めればいいだろうに。最初から敵認定してるから面倒臭いとエルは内心溜息を吐いた。


 飛空艇団の連中が順に馬を引いてくる中で、ラ・パルスに控えていた二名は、手綱を預かりながらもすべてを確認するまで背に乗る気がないとばかりに周囲を見渡してた。

 カレルも、エルもそれに気付いていたが、一団を先導しなければならないのでレオポルト副団長にしんがりを任せて自分の馬を引いた。

 直接の面識はない。だがリールから聞いていた。


 青灰色の目をした方が、ルイス・トライバル中佐。

 黒髪の堅物が、ロクスウェル・フォロウ大佐。


 つい先日までヴァイン領を実質治めていた司令部のトップたちだ。

 そして、ヴァイン王国侵略の際の、実行部隊で最も功績をあげた三人の内二人。世間の噂ではこちらが有名だろう。

 帝国内でどんな編制があったのか知らないが、ラ・パルスの護衛にしては階級が高く、軍部代表として随行するには地位が足りない。

 レオポルト副団長から使節団参加の名簿を見たリールは眉を寄せ、ナニコレと言った。

 まさかこのまま開戦しようとか思ってないよね、思ってなくてもできちゃうなと。


『その二人、とユング大佐ね。この間ファルマの町をボコボコにしてった将校たちね。所属が特殊で、皇帝陛下の特務隊なんだよ』


 本来、帝国軍の総指揮権は皇帝が持つ。

 しかし即位して一年余りで、皇帝は指揮権を弟のラ・パルスに渡してしまった。

 近しい年頃の兄弟など通例であれば臣籍降下して爵位を与え、外から貢献するように仕向けるのだが。皇帝は弟に爵位は与えず軍を与えた。

 リィン帝国の礎となる国は、武と智を持って侵略と支配をくり返してきた。途上にあった国は武勲に対する褒賞を他国にならった貴族籍、爵位を与えることによって便宜を計ってきた。

 なので元を正せば現在の帝国貴族はかつて武勲をあげた名門なのだが、軍が組織として細かく編成されてくるとそうとも言えなくなってきた。

 貴族と軍部が二分した、のであればまだ簡単で。

 爵位を持ち、今もなお軍上層に相応しい人材を輩出する家があり。軍内で実績を上げ、一代限りの爵位を与えられた平民があり。戦は対岸の話だと自領の運営にしか興味のない家、戦場で死ぬのは御免だが出世はしたい資産を増やしたい家。みずからは動かないが資金援助を通して軍部に権限を持つ者、それを受け取る者、利用する者。

 複雑化した体制を一新するべく、皇帝は貴族制の廃止を計画しているのだと噂には聞くが。

 ここまで根深いと簡単にできるものではなく、また、総指揮権を弟に渡しても皇帝直属の部隊は存在する。


 皇帝の特務隊はラ・パルス総指揮官の指揮系統には組み込まれない。

 古い時代に皇族の手足となって暗躍した精鋭たちの名残で、皇帝の私兵に近い。


『特務隊の軍人たちは厄介。精鋭部隊といえば聞こえはいいけど、各々の得意を活かせば個で国のひとつやふたつ落とせる。それが皇帝の一存で動くから機動力も半端ない』

 リールの言葉に、聞いていたレオポルト副団長はいやいやとかぶりを振った。

 圧倒的な存在というのは、ある。

 純粋な戦闘力であったり、カリスマ性であったり、その個人が存在するだけで士気が上がり旗色が変わる。

 しかし一人の暗殺者が王を一人殺せたとして、それで国そのものは揺るがないものだ。もちろんそれで大きく流れは変わるだろう、反乱のきっかけになり、結果として国が落ちたとしても。

 部隊の、幾人かの軍人だけで国が落ちるという言い方は、さすがにないだろうと。皇国一と云われる獅子の獣人ですら疑ったが。

 紅い髪のリールはそれこそ不思議そうな顔をした。


『だって、ヴァイン王国は七日で落とされたでしょう?』


 綿密な作戦を計画する頭脳も、それを先陣で確実に遂行する戦闘力も、大局を俯瞰できる「目」を持つのも特出した才能だ。

 そういった何かを特務隊の連中は持っている。

『殿下より、むしろコッチ二人がカレルから離れないか、見てた方がいい』

 ラ・パルスはリィン帝国軍の代表でも、トライバル中佐とフォロウ大佐に対して厳密には命令権がない。


 帝国軍の総指揮官と、皇帝の犬が二匹。

 これは他が飾りと言われても素直に納得するわと、顔だけは取り繕ったカレルは馬上から市民に手を振った。

 いろいろ面倒だが、とりあえず。

 ラ・パルスが手を振ると黄色い悲鳴がそこかしこで上がるのには、ちくしょうと思う。

 騎馬と馬車と互いの優劣のなさを見せるために、カレルとラ・パルスはほぼ並んで馬を繰っている。年配の方々や野郎どもからの熱烈な声援は頂くが、女性たちの視線は帝国の美しい軍人に軒並み掻っ攫われている。

 解せぬ。とも言えず。わかってるよ軍帽を目深にかぶっていても通った鼻筋や顎のライン、薄氷のように薄く笑んだ唇は見えるからな。それはもうわかりやすい美貌がだだ漏れですから。


 リールも、こういうのが好みなのだろうか。

 七日間戦争を経て、今は複雑な感情だったとしても。かつては仲睦まじい様子だったという。

 リールミール王女の婚約者の座を勝ち取れなかったカレルとしては、帝国の皇子に何かあってこちらに機会が回ってこないだろうか。という嫉妬よりも。

 あの日見た、幸せなお姫様のまま、笑っていてくれれば良かったのだ。


 なのにこの男は、今も皇帝の右腕として帝国にいる。

 どういうつもりなのか。


 リールに言われたからじゃないが、面と向かって聞いてやりたい。だがこれは仕事。外交。皇帝の特務隊を堂々と連れて来ようが、何もなければ友好的な関係を築かなければならない。

「カレル殿下」

 馬の半身分、寄せてきたラ・パルスに話しかけられた。

「こちらはまだ暖かいですね。歓迎を受けているからでしょうか。帝国はもう雪が降っている場所もありますが」

 そしてものすごく普通の、当たり障りない会話だ。

 議会でもどこでも面の皮が厚いのも根っからの悪人もいるが、本当に、どういうつもりなのか。

 読めない。

「キーサでは山の上でなければほとんど雪は積もらないので。見たこともない者も多いでしょう」

「これ以上日程を遅くすると、吹雪く日も多くなります。飛空艇でも移動が難しくなりますので、受け入れてくださり感謝します」

「いや、こちらこそ。帝国自慢の飛空艇を間近で拝見できたのは喜ばしい、ぜひ時間があればじっくりと見学したいな」

「殿下のご都合が宜しければいくらでも」

 にこりと笑った顔が、どうしてか、リールに似ているなと思った。

 顔の造形はまったく違うのだが。

(笑い方? 雰囲気か?)

 わからないけれど。はっきりしているのは、ただでさえ賑わっていた道が、その笑顔のおかげで真っ黄色な悲鳴で埋め尽くされたという事だ。



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