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翌朝。
辻馬車に押し込まれて連れていかれた先は、仕立て屋だった。嫌な予感的中である。
「夕方には着て出たいから、それまでに間に合うものでいい。貴族の社交でもないから厳格な決まりがあるわけじゃないし、ひとつ注文するとすれば」
どす黒い空気はなりをひそめ、一見するといつものリールのように見えた。話を聴く使用人は手元の注文書でなく、確実に麗しい貴公子の顔面に釘付けだったがとりあえず手は動いていた。自動手記か。プロすごい。
フィールズは貴族も行き交う場所であり、今回連れて来られた店も庶民がふらっと立ち寄って普段着を買う所には到底見えなかった。
そこの女性店員たちに「あらあらまあまあ」と撫でまわされたアヤは、すみません男か女かもわからない子猿みたいなのが来てと思ったが、卑下されている様子ではなかった。
美しい令嬢をさらに美しく、なんて使命に燃える方向とは違っても、可愛がられているのは空気でわかった。おそらく絶対小動物扱いの可愛がりだが。
「とにかく、この子に似合うものを」
「え」
思わず声に出したアヤは、リールと自動手記のお姉さんを見返った。
似合うって、野生動物に似合うものじゃダメだろう。やるなら素体を隠して盛りに盛った方がマシに、ならないだろうか?
言葉に出さなくとも唇を結んで「ぐぬぬ」と睨みつけてくる黒猫の様子に、リールは言いたいことを正しく理解した。が、さらっと無視した。
「彼女のとなりに並ぶのを、楽しみにしているので。頼みましたよ」
そしてお姉さんにキラキラ攻撃していた。それにはさすがにペンを落としていた。
まずは既製品の中からドレスを選んで、寸法や一部に手を加えていく。できれば元のドレスはある程度把握したいとリールが注文し、少々お待ちを!と店番を残したお姉さんとおばさまが奥に駆け込んだ。店番の少女がどうぞと待合いのソファセットに案内してくれた。
そちらに腰かけ足を組み、深く息を吐いたリールは昨夜の真っ黒オーラではないが。
(ちょっとお疲れ?)
何だかどこか体調が好くないのかと思わせるわずかな違和感。どこが、とか。どんな仕草が、とか。わからないけれども、しいていえば、猫っかぶりキラキラ攻撃を連発はしている。女性の多い店だからと言われてしまえば、それまでの違い。
「あのさ」
「うん」
「やっぱり俺にドレスとか似合わ」
「…うん?」
「あ、ごめん。なんでもないホントなんでもない」
キラキラ攻撃とは違う笑顔のまま、空気に刺し殺されるかと思った。あぶない。やっぱり今は逆らってはいけない。
アヤが一人掛けソファに小さく丸まっている間に、ドレスは勝手に決まったようだった。問答無用で今度こそお姉さん方に拉致されてしまう。それに逆らってはいけないと思いつつ、他に頼りがいないアヤはいちおう、いちおうリールに助けを求める視線を送ったが「がんばれ」と応援されたあげく置き去りにして店を出ていかれてしまった。
他人の逆境が楽しそうなリールはこの野郎と思うが、それがいつも通りだったので、よかったとか思ってしまったのは内緒だ。後で倍にして遊ばれる。
ラスの砦は、東の渓谷からやや南寄りに配置されていた。
国境警備、南への牽制、血の気の多い東の連中のお目付けと、荒事に関していろいろ引き受けていた場所は、そうある故に帝国軍に落とされた。
七日間戦争の初めの四日で、最大の兵器となる精霊たちへの交渉を断つために研究所三拠点を。七日目には王城を。王城を護る騎士団はその時に壊滅、指揮した王弟の亡骸は城壁に打ちつけられたまま国王、王妃の首が返ってくるのを待っていたという。
国王斬首の後はヴァイン各地に配備されていた軍施設の制圧。場所によってはすでに決起していたため、容赦ない鎮圧がなされた。ラスの砦は後者。ヴァインの誇り高き獣騎士団が多く任務についていた場所だった。
帝国軍があまりに手際よく進軍するため民間への被害は少ない方であった、だが、ラスの砦と周辺は文字通りの焼け野原になっていた。
そんな場所であるため、鎮圧後には帝国軍の駐屯部隊が置かれていたのだが。
「ちくしょー、いい天気だなー」
東の砂漠が近く風が乾いている。さらにいったん焼け野原になった地に遮蔽物は少なく、フィールズの街から馬で一時間ほど移動しただけなのに体感の気温が違った。
空の青さが眩しすぎるくらいだ。
青灰色の目を細めて、自分が吐き出した紫煙が風に流されるのを眺めていた。
「トライバル中佐!」
咎めるような強い語調で呼ばれ、トライバル中佐は煙草をくわえたまま肩越しに振り返った。淡い茶色の髪を凛々しく刈り込んだ、女性士官が大地を踏み鳴らす勢いで大股で歩いてくる。
「トライバル中佐。何をしてらっしゃるんです?」
「ヤニきゅうけい」
「何しにいらしたんですか」
「自らアリバイ作っちまったから、いちおう現場検分?」
「疑問形ですね…」
でしたら現場に戻ってくださいと正論を言われ、はいはいと素直に従った。かつて自分の手で焼き払った平野と、強い風にさらされてさらさらと崩れていく砦の跡地を背に、駐屯地まで徒歩で戻る。
「で? どんな感じ?」
「中佐が出歩かずに第二大隊棟にいらっしゃれば、もっと早くに報告できましたが」
「前置きが刺さるな…」
「本日の深夜から未明にかけて起きたと思われる機関部襲撃ですが、遺体の確認すべて終わりました。31名、その時間に機関室に勤務していた全員です。6名、おそらく逃亡の際の目撃者と思われます。廊下、入り口等での発見。計37名が死亡。怪我人はありません」
「徹底してんなあ。つまり目撃者なしか」
「銃火器類の使用痕はすべて我が軍のものと判明、古典的かつ有効な室内での白兵戦と推測されます」
「商会が雇った傭兵と考えるには、素晴らしすぎるお手並みだ」
「昨晩はドゥーレ商会会頭と中佐はご一緒でしたしね」
「アルカイム中尉が厳しい…」
「事前に打診した会談ですから、いくらでも指示はできますが。そういう動きは見られませんでした。遺体と現場の状態からいっても、今のヴァイン領に適する傭兵団がいるとも考えづらいですね」
「室内戦か、」
「感知、追跡系の精霊石持ちもおりますが、今は何も出ていません」
「武器に付加した精霊石とか、そういう小さいのも追えるか?」
「残念ながら、召喚による現象でないと恐らく無理です。―――ユング大佐にご依頼しますか?」
「全力で断る」
レイリック・ユングは本国でも有数の精霊使いだ。
しかし正しい報告を軍にしているのかは謎で、ある程度有益でそこそこ脅威になるだろうレベルを自己申告していると思われる。あまり表立って精霊絡みの仕事を受けている姿は見ないからだ。
軍上層が把握している内容と噂はどうあれ、皇帝陛下に次ぐんじゃないのかあれは、とトライバル中佐は思っている。口に出さないが。
調査依頼だって絶対出さないが。
短くなった紙巻の草を指でつまむと「現場に捨てないでくださいね」と念を押されてしまった。片足を持ち上げて軍靴の底で火を消し、さて、と考えてから内ポケットで空になっていた元の箱に戻した。
犯人らはすでにラス駐屯地から離れていると思われた。だが無傷であるとも考えづらい。そして第三支部があるフィールズまでは馬で1時間ほど。
「とりあえずラス駐屯地は全部隊警戒態勢を維持。フィールズから伝達系の精霊石持ち含めて何人か連れて来たから、こき使ってやれ。遺族への連絡にも許可する。それからアルカイム中尉に捜査の全権を。大隊長の現場判断を優先するが、報告は必ずあげるように睨んでおけ。俺はいったん司令部に戻る」
「イエス・サー」
「やることありすぎんな。俺みたいんじゃなく本国で暇してるどっかの将軍閣下よこしてくんねえかなあ」
「トライバル中将閣下に打診しますか?」
「全力でやめて」
俺が親父殿に殺されるわ。
でもまあ、あの戦闘狂ともいえる親父殿なら、本国の重厚な机の前で会議しているより前線のがいいんだろうなあと考える。
人並みの家族愛など一切なかったが軍人教育なら並以上に受けたので、実は共に過ごした時間というのは長い。今考えればどっかの複雑な事情が絡んだ親子よりよほど一緒にいて話をした気がする。軍議みたいな会話ばかりだったが。
政治的な駆け引きはトライバル将軍には向かない。そういうのはユング家の方々が得意だ。士官学校卒業後すぐに、両殿下の護衛任務とかぶっこんでくる感じとか。
(どれくらい、…ああ10年経つのか。まじか)
リィンの第二皇子とヴァインの王女との婚約が決まり、皇子が国外に出るという機会を逃さず。
国同士でも国の中でも人の腹の中でもいろいろな思惑があったけれど、ウチの皇子様たちもたいがい職人がつくる白磁のお人形みたいと思っていたけれど。
ああいう美しい「人」がいるものだと知ることができただけで悪くない、とライバル中佐は思っている。それだけは本当に思っている。
お茶会でクッキーをもらった。
皇子を驚かせたいとかくれんぼの手伝いをした。
騎士団の鍛錬場で模擬刀を振っている姿に驚愕した。
贈り物に悩みまくっている皇子に進言すると「どうして僕より知ってるんだ」と叱られた。なぜなら自分から伝えて欲しいと頼まれたからだ。
ラ・パルス皇子の後ろにいる人、ではなく。認識されていたと思う。
『ねえ、ルイ。ラルス様に伝えてくださる?お願いですよ』
そう言って気安く耳打ちをしてくれた、美しい人の世界の一部にいたのに。
その人に、銃を向けるとは我ながら思っていなかった。
ポケットからマッチの箱を取り出したが、肝心の煙草がもうなかったと指でもてあそんだ。
「ラスの、」
「はい?」
「ラスの砦にいた連中の所属って、出せるか?」
「…焼けましたね。マッチで思い出したなら、よくご存じでは」
「中尉の正論が痛い」
「ヴァイン騎士団の方も元王都で丸焼けですからね。けれど、その方向なら精霊石でも追跡できるかもしれません」
獣人たちは、人よりも精霊に敏感ですから。
「もしそうだとしたら、面倒だなあ。おっかねえんだよ、アイツら」
「本国は、獣人たちの入国にかなり厳しい、故にほとんどおりませんが。ここは、指揮系統以外ヴァインの体制そのままと言っても過言ではありません。可能性はあります」
「属国にしたいなら、これまでやってきた事と同じ手筈でいい。王を斬首にする必要はない。不和があって取り潰したい、とも違う。だったら真っ先に殿下の婚約云々が話に出たはずだ」
「――…私ごとき、忖度できる件ではありません」
「お。中尉には捜査を頼むわ」
「そういう事ならばやはり、ユング大佐にご連絡致しますか」
「だから全力全開で断るわ」




