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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第1章 紅と黒猫
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 大陸の宝石と謳われたヴァイン王国。


 国土の多くを豊かな緑に包まれ、北には大河、東には渓谷と砂漠という地形に囲まれた自然の守り。

 豊かな地を、そこを治める王族を愛した精霊たちが集まる場所。


 緑の王都グラシィズ。


 春が訪れた王城の庭で、花の精霊のごとき美しい少女がぽすんと芝生に座り込んでいた。

 芝生に座るなどはしたない、ドレスが汚れます、花なら自分たちがつみますからと侍女たちが必死に訴えても少女はこてんと首を傾けた。

「ごめんなさい。いっしょにおこられてね?」などと言われてしまえば、はいそうですねじゃあお茶とお菓子も広げましょうかそちらはせめて厚手の布の上にご用意しましょうと返すしかない。

 かわいらしい、とは文字通り罪作りだ。


 侍女の2人がお茶とお菓子を籠に入れて戻ると、その場を任されて残った侍女がさらに絆された顔で否困った様子で立っていた。

 芝生に直接座る者が増えていたのだ。

 侍女たちの主が座っているのだ、何か問題でも?くらいの軽い流れでそうなったことは想像にやすい。籠とお茶を持った侍女たちは、どうして止めなかったのと八つ当たり的に彼の護衛である軍人をひとにらみしておいた。


 彼女は『翡翠の精霊姫』。

 リールミール・メルニーナ・ヴァイン。

 この時7歳。金色の髪、翡翠の瞳、象牙の肌、神様によって理想的に並べられた容貌はまだ幼く愛らしく。


 せっせと編んだ花冠を「できました」と頭より高く上げて、そのまますとんと目の前の少年の頭にのせた。ただ見守っていた少年はそれが自分に与えられるとは思ってもみなかったようで、ぱちぱちと瞬いていた。

「可愛いから、メルの冠かと思った」

「できあがる前にいらした、ラルス様がいけません」

 感想と問いと答えが微妙だなあと思いながら、少年はありがとうと礼を述べた。


 彼は雪の国の皇子。ラ・パルス・リィンネーネ。

 この時10歳。黒い髪、黒曜石の瞳、雪の積もった肌、端正すぎる顔立ちは鋭い印象も受けるが常に微笑んでいる表情がそれをやわらげていた。


 お茶にいたしましょうと侍女が持ってきた布を芝生に広げると、愛らしい妖精は「はい」と返事をしながらもまたせっせと花を編んでいた。

「まだつくるの?」

「今度はまにあわないといけません」

「今度は、誰にあげるの?」

 手元をじっと見ていた緑の目が、きょとん、と正面に座る黒を見た。


 彼は、リィン帝国第二皇子ラ・パルス。

 精霊姫の婚約者。


「いちばんは、ラルス様です」

 それはずーっと、ずーっと変わりません。

 と、金色のお姫様の無邪気な殺し文句に撃ち抜かれた皇子様(と王女付き侍女たち)は、花冠をつくる王女を囲んで和んでいた。


 この世界の幸福が、凝縮された庭。


 彼はそう言った。

 護衛の軍人2人を引き連れ登場したものの、春の陽気が目に見えるようなほんわか空間に足を止めてしまった故の発言だ。


 後ろの2人に聞こえたか聞こえないかの音量だったので王女に届いたはずはない、だが風の精霊が届けてしまったのかもしれない、すぐに気づいた王女は勢いよく立ち上がって。走り寄ろうとするのを何とか侍女に止められて、ゆっくりと近づいてきた。

 腰を落とさず頭を下げず、背を伸ばしてにこりと笑う。

 そうして相手も笑ってくれるのが純粋に嬉しかった。


「お久しぶりでございます、リールミール王女殿下。弟がご迷惑をおかけしておりませんか」

「ごきげんよう、ル・クリフ皇太子殿下。ご迷惑などとんでもないこと、ただ、ええと」

 言葉の終わりには凛とした王族の雰囲気がくずれ、幼い少女は右と左を確認していた。それから背を向けないようどうにか後ろへ視線を向けた時、侍女の手から花冠が渡された。

 今度は間に合った。けれどどうしよう、と目の前の少年を見上げた。

 胸に拳をあてて決められた角度だけ少し腰を傾けているのに見上げてしまう、このままでは届かない、腕を思いっきり伸ばしてみれば彼の頭上まで届くだろうかと考えていると。


「わ」

 膝裏に腕をさしこまれて腰を支えられ、よいしょと持ち上げられた。

 荷物のように、もしくは父親が子供に遠くを見せてやる時のように。

「はい、これで届くかな?」

 一国の王女にただの子ども扱い、抱っこだ、ほほえましいようなマズイようなどちらだろうと侍女護衛ともども諫める前に停止してしまったが。


「ラルス様」

「うん」

「ありがとうございますこれでとどきます! はいルーク様!」

 金色のお姫様は元気いっぱいお礼を言って、花冠を差し出した。黒髪皇子が腕に乗せている格好なので両手を使えた、さすがだと思った。


 白い。

 どこまで白い髪に、真っ赤な瞳。

 リィン帝国皇太子、ル・クリフ・リィンネーネ。


 この時13歳の彼はすでに皇太子。なので小さく幼い精霊姫に膝をつくことができなかった、だからって持ち上げるかこの弟。

 ぽすん、と花が。白い、何も色のない髪に様々な花の色が咲いて、まさに彩った。

 やり遂げた姫は婚約者にもう一度礼を述べ、下してもらい、今度こそお茶ですみんな一緒に!と花が咲き誇る庭で笑った。

 それはまさに花が咲いたというにふさわしい様子だった。彼女こそが花だと誰もが褒め称えるので、リールミール王女を呼ぶ名はいくらでもある。

 翡翠の精霊姫、至宝の姫君、精霊に愛された最後の王族。


「戴冠式のようでしたよ。兄上」

「…心からそう言っているなら、お前は本当に質が悪い」

「おそろいですね僕たち」

「本当はな、お前のような人が、帝位につけばいいものを」

「陛下も国民も皆、兄上をお待ちですよ」


 軽い風のような会話。ふたりであればくり返された、いつもの会話だから風に流れて誰の心にも留まりはしない。

 だが、ふと、ル・クリフ皇太子が白い睫毛をぱちりと瞬かせた。

 今初めて思い至った。

「兄上?」

「うん? もしかすると、お前が皇帝になってだな、しかしヴァインとの結びつきをなくすわけにもいかないだろう?」

「雲行き怪しいですよ兄上それ以上聞きませんよ」

「すると王女との婚姻は私でもい」

「聞きません」

 そこで自分の耳を塞ぐのが普通だろう、兄の、皇太子の口をむぎゅと押しつぶすのはいかがかと思う。


「本当に、メルは精霊に愛されて困る…」

 他国の王城の庭で何を戯れてんだろうなウチの皇子様たちはと、護衛たちはぬるい気持ちになっていたのだが表情には出さなかった。わりといつもの光景であった。

 いつもの。

 何年か続いた。



 穏やかな、この世界の幸せをぎゅうと詰め込んだ庭。



 これより5年の後。

 リィン帝国はヴァイン王国に侵攻する。

 布告もろくに行われなかった侵略行為。わずか4日の内にヴァインの要である国立研究所三拠を落とし、王城に黒き帝国の旗が掲げられたのは7日後のことだった。

 防衛も協議も意味を持つ前に、噂が錯綜する程度の間にすべてが終わった。

 王弟は戦の7日目で城壁に張りつけられ、王は一度帝都に出向いたとの話もあったがその真偽が民に知れる前に。王と王妃の首だけが返された。


 時の皇帝は、ル・クリフ・リィンネーネ。


 北の多様な民族をまとめ上げ、傘下とすることで力を得てきた国ではあったがこれほどの暴挙はかつてなく。わずかで大国ヴァインを陥落した武力も今までの帝国ではなかったことだ。

 これによりリィン帝国は広大な領土を手に入れたが。

 その皇帝の傍にも国のどこにも、翡翠の精霊姫の姿はなかった。








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