平和な転生の為、両手合わせて
「それでは、転生特典は同じものの方がよろしいですね?」
確かに二人が一心同体ならそうなるな。僕は納得しそうになったけれど、カラは首を振った。
「恐れながら、申し上げます。ワタシ達は二人で一人でありますが、一人で二人。助け合ってやっと一人前でありますので、望むべくなら別々のものを頂けたらと存じます」
「でも二人で一人でもあるのでしょう?違ったら齟齬が起きるのではなくて?」
神様は笑った。カラのいうことを信じていないというよりも、そっちの方がラクだから誘導していると僕には感じられた。たぶん別々の特典を倉庫で探すのが面倒なんだろう。
「はい。ですから、ワタシ達二人を同時に特典装置に入れて、特典を二つ与えて下さいませ。そうしてはじめて、一人に一つの特典が入りましょう。そうやってワタシ達は今迄二人でやって参ったのです」
神様は首を傾けた。
「わたくしはそれでも構いませんよ。一人一人、魂が混じらないように、カートリッジを替えている、そのカートリッジ代が節約できますし。けれど、その方法だと、一人ずつ0.5ずつ入るということも有り得るのですよ。特典というのは1入らないと役に立たないのです。以前、せっかちな転移者が一匹、作業が終わらないうちに外に出てきて、0.9止まりでした」
僕は彼の末路がもう予想できた。
「その後、その者はわたくしの神殿に入り浸り、わたくしの像に約束が違うと文句ばかり念じ続けたのです。最初は無視していましたが、あまりに安眠妨害が酷いので、最後は上級モンスターをその者のいる町にけしかけて処理しましたっけ」
カラは顔を顰めて、首を振った。
「なんと信心のない…。ワタシ達は決してそのような結果に至らないことをお誓い申し上げます」
「お誓い申し上げます」
僕は急いで同意した。僕は異世界転移のノベルはそこまで読み込んでいた訳ではないけれど、それでも女神様に夢を見ていたんだなと気づかされた。処理されるぐらいなら、特典なんてない方がいい。それと異世界に行く人は事前に敬語の勉強をしておくこと!
「分かりました。では申し出た通りに。二つの特典は如何しますか」
神様の声は最初よりもずいぶん優しくなっていた。
「ワタシ達は無知ゆえ、いかなる特典があるか見当もつきかねます。お願いできますならば、可能な特典の目録などを見せてはいただけないでしょうか」
比べてカラは初めから変わっていない。僕には、あんなに淀みなく話すことは出来なかったろう。
「目録は結構ですが、説明書きはありませんよ。二つ三つ望みを言って、それに一番近い特典を選ぶというのが基本ですから、目録を渡すのなら説明はできませんよ。ほかの転生者に不公平になりますから」
ただ説明が面倒なだけなのだろうと僕は思う。
「構いません」
カラは、僕に目録を渡さなかった。まあ、一人で二人ってことになってしまったし、僕に渡せば何か言われたかもしれない。カラは、「魔法素地完全解放」と「天界パス」を選んだ。
神様は微笑しつつ承知した。その訳は神様と部屋を移動し、次の部屋の中心にある装置に僕達二人が入ったあとに告げられた。
「天界パスはいいとして、素地解放では、魔法は使えませんよ。わたくしの世界の民は皆素地だけは持っています。転生者は解放してやっとそうなるだけ。よく誤解する者がいるのですが、たとえば聖属性魔法習得等、すぐに強力な魔法が使えるようになる特典もあったのです。不公平になるので変更はできませんが」
神様の声は装置越しだったのでマフされて聞こえた。実験動物に実験結果を報告するようなものだから、こちらの反応はどうでもよいのだ。神様はそれから、飛行機のコクピット型の複雑な機械を操作しはじめた。手を突っこんだり、顔をカメラに写したり、認証行為が主のようだ。僕達はそのコクピットにコードで繋がれた透明な筒の中で、神様を見ていた。
周りは透明で厚い扉と壁と天井で頑丈に遮られていた。立ったままなら最大4人は押し込められそうなスペースだが、2人でも座れはしない。筒の中はなぜかペンキの臭いがして息苦しい。はやく外に出たかったが、0.9止まりになる訳にはいかない。
僕はカラの肩の上にそっと左手を置いた。神様との交渉を任せっぱなしにしてしまったのは僕だ。カラはよくやってくれていた。カラは左手を僕の手に重ねた。そして指相撲の形に持ち込んだ。その姿勢のまま、僕達は待っている間中ずっと試合をした。カラは僕の方を向いていない癖に連続で5回勝った。
装置の部屋は明るく、特に装置自体が輝いていた。この部屋の方がよほど女神の家らしかった。あまりに明るかったので、装置の壁に手をつけると、跡がよく分かりそうだった。しかし筒はどこまでも透き通っている。神様がやっと扉を開け、僕達を筒の外に出したとき、筒に身体が当たらないよう全身が緊張していたことを僕は知った。
「特典は有効ならば、人間界に下りてから発動します。ステータスはいつでも確認可能、人間界へはそこの白い扉に入るとランダムに飛ぶようにしました。それでは、よい異世界ライフを」
神様はそう言うと、暗い部屋へ続く黒い扉の向こうに消えた。
カラは扉が閉まると、ちらっとコクピットの方を見た。しかし首を振ると、緑のリュックを肩から下ろした。
「何がなんでもまず人間界に行こ?神界に長居するのはよくないし」
リュックを片手だけで探りながらカラは僕を見上げた。カラに訊きたいことは沢山あったけれど、あの神様はヤバイ。さっさと距離を置きたい。僕は頷いた。
カラが取り出したのは、またバナナだった。僕は身構えた。けれどカラはバナナを手に持ったまま何もせず、白い扉に近づき、開けた。そして空いている方の手を僕に差し出した。
「行こ?」
僕はカラと手を繋ぎながら扉を潜った。装置の中と今、久しぶりに握るカラの手は小さい。そしてちょっと爪が痛かった。