夕食時のバナナ
「ねえ、こっち座りなよ」
リュックの中に、ロケット装置を詰め込むとカラは自分の隣を叩いた。骨は転がってないが、綺麗だとも思えない。僕はポケットから自分のハンカチを取り出し、地面に敷いた。
「ありがと」
瞬間、カラがそのハンカチの上に座った。そのボロジーンズだったら意味ないだろ、と思いながら、僕は自分用にティッシュを改めて敷いて座った。
「そんで、どうしたの?」
カラは突然尋ねた。
「どうしたって、地面が汚かったからティッシュを」
「そうじゃなくて、その前」
「ロケットを発射するならせめて、カウントダウンして欲しか」
「それでもなくて!モヤス、今日はじめて会ったときから、ずーっと顔おかしいんだけど」
僕は焦った。
「いや、そりゃ、5年も会ってないんだもん。顔くらい変わるって」
「誤魔化してもムダ! イマ、心拍数が上がってるよね。突然。つまりアタシの勘は正しかったワケ。さあ吐け。5年経って、他人同然のアタシになら吐けるだろ。さあ、吐け。吐け吐け吐け!」
僕は気持ち悪くなってきた。そして、思い出した。僕は胸のことしか覚えていなかったけれど、カラはこんなヤツだった。こうなって、僕が耐えられた例は一度もない。
案の定、僕はゲロった。高校で僕がクラスのカースト最下層にいること。先生は面倒なことはすべて生徒任せで、仕事ばかり押しつける自由な校風であること。修学旅行も、計画立案や、観光は学業の一環であるというこじつけも全て生徒側がするし、グループ分けなども生徒自身が決めること。僕が上のカーストに位置するグループに目をつけられて、たかられていること。クラスの誰も助けてくれないこと。うちの高校はレベルが高く、高校が好きな生徒を選ぶ側。生徒が無条件降伏して高校に入れて貰っている為、先生に訴えても自己責任だと逆に切り捨てられること。
カラは黙って聞いていた。そして僕が全てを話し終えると、一言つぶやいた。
「フーン」
カラの目は何も見ていなかった。僕も黙って座っていた。風が流れ、石鹸の匂いがただよってきた。もうすぐ日も落ちる。ゆっくりゆっくり落ちていく。
「モヤスはどうしたい?どうなって欲しい?」
静かな声だった。僕は素直に答えられた。
「カースト上位に立ちたいとは思わない。ただカーストがなければいいって思うよ。正直手詰まりかな。引っ越すとか、違う学校に転校するとか…でも何度転校しても同じことを繰り返す気がするんだ」
「そっか」
カラは素早く起き上がった。そして振り向くと、敷いてあったハンカチを掴み、ジーンズのポケットに突っこんだ。
「あ、それ僕の」
「洗って明日返すし。忘れてなければ」
「わざわざ晴れにしたんだもんな」
僕は笑った。はじめて笑った。人に話しただけでも少しは気が晴れるものだ。僕も立ち上がり、汚れたティッシュを拾うと手の中で丸めた。
カラはリュックを正面に回していた。待っていると、中身を漁りながら声を出した。
「それじゃあ、もう行く?」
「そうだね?」
カラが今度取り出したのは、一本のバナナだった。まだてっぺんが緑の若いバナナだ。
カラはそれを持ちながらリュックを背中に戻していた。
「ウチはもうすぐ夕食だし。てかカラはそれが夕食とかいうんじゃ?」
カラは僕に向き直り、バナナを片手に一歩近づいた。
「ううん。違うの。これはアタシが作ったバナナ」
カラはバナナを僕の腹に突き出した。
とっさに予期したバナナの衝撃は来なかった。バナナが潰れたわけでもなかった。
バナナは何事もない様に、僕の腹に突き刺さった。