モヤス対リュック
周りはざわめいた。
「おい、アイツ何か魔法つかったぞ」
「あんな魔法見たことあるか?」
「でも失敗したって言ってて」
「昨日アイツらが冒険者登録したの見たぞ!なあ」
「剣士ですよ。ゲイカップルの」
「でも魔法使ってたぞ」
「あの光の強さ、絶対初心者じゃない!」
「お前、光魔法苦手だから大袈裟なんだよな」
「相手、エミだぞ。人海戦術で捕まえられても、エミとマトモにやったら誰も勝てねえよ」
「隙を見て一斉にかかるぞ」
「元勇者エミか。ちょうどよいときに来たものだ。これで捕獲か殺害できれば、我の功績は果てしない」
「王から派遣されている王城ギルド官が見えてます」
「ちっ、ほとんどサボって来ない癖に、今日に限って」
周りの人の層は刻々と厚くなっている。包囲網は出来ていた。
エミは腰に差していた剣を抜いた。そしてカラの方に狙いをつけた。剣は黒く透き通っている。
「王に追われる事情がある。ここは見逃してくれ。そうしないと、君を傷つけなければならなくなる」
カラはカラ姫を背中のリュックから取り出すと、鞘から抜いた。
「ダーメ。言い訳は死んだら聞いたげるから。たぶん」
僕はカラのリュックに呼びかけた。
「おい、カラ、話だけでも聞いてから」
「モヤスは黙ってて!!」
僕はブチ切れそうになった。その時、刀を持たないカラの左手の指先が、カラの右胸、左胸と触れた。
「仕方あるまい。手加減はしよう」
「必要ないし」
カラはエミの懐に走り込むなり、横なぎにカラ姫を振るった。
「フン」
そもそもエミの剣の方が刀よりもずっと太いのだ。エミは難なく剣で受け止めた。そう思った。
「な」
エミの剣はあっけなく折れ、エミの首は飛行した。首は下級掲示板と中級掲示板の間の壁にぶつかり、鈍い音を立てて跳ねかえり、床に落ちた。とたん、残った身体から血が吹き出し、鉄の匂いが漂う。
キャアアアアアアアア!!!!!!!!!
包囲網の外から悲鳴が上がった。外から様子を伺っていたギルド職員の女性達だった。座り込んだ職員達を、別の職員がカウンターの隅へと運んでいく。
「元勇者をあっけなく」
「なんでアイツが8級?」
「あり得んだろ!エミは1級だぞ!」
「勇者なら、ほかの1級二人でやっと互角と聞くが」
「油断してたってのは大きいか」
雑音が続く中、偉そうな役人風の男がカラに近づいた。カラはカラ姫を振って、血を落としていた。役人男はエミの首に目をやり、嬉しそうに頷いた。
「この首は間違いなくエミだ。我は王城で見たことがある。王城の魔術師には善戦していたようだが、王の命に従わない者の最期は決まっておる。バカな女よ。手駒にすぎず、替えはいくらでもおるというに」