開かずの扉がひらいた!
「ヤス、明日お前の通帳もってこい。暗証番号つきでな」
それだけが、僕トモヤスが修学旅行で同じ班に入れてもらう条件だった。ほかに選択肢はなかった。
僕は高校の校舎を出た覚えがない。いつの間にか家のマンションに帰ってきていた。9階建ての築30年。かつては白かっただろう壁は、僕が知る限りずっと排気ガスの色だ。
「9階です」
今日唯一好意的に話しかけてくれたエレベータを降りて、右手に曲がる。機械油の臭いといれかわりに、風が顔にかかる。突き当たりに三つ並んだドアの一番左が僕の家だ。
僕は家の扉を見つめた。ここを明日出たときは、手に通帳を持っていなければならない。そう思うとなんだか家に入りたくなかった。
家のドアは綺麗だった。それに比べて、横の二つのドア付きポストには広告の束がはち切れるくらい突っこんである。僕は溜息をついた。
「まじでウチの階の住人はハズレだよな」
真ん中の部屋は空き家で、その右隣には昔幼馴染だった子が住んでいる。彼女は中学から引きこもった。それ以来一度も顔を見ていない。ドアが開いたことすら見たことがない。
「カラ」
僕はつぶやいた。彼女の名前をまだ覚えていたことが驚きだった。胸が大きかったからかもしれない。引きこもってから、何回ベルを鳴らしに行っても無視された、その程度の仲だったのに。
空は曇りつつあったが、うちよりもよほどキレイだ。廊下の鉄格子ごしからは隣のマンションのベランダが見える。隣のマンションは新しくて空に似あう。ベランダの柵も上に乗れるぐらい厚い。ウチのマンションの鉄格子は細すぎる。運動神経の悪い僕が乗ったら、すぐに滑って落っこちていきそうだ。そんなことを考えて、ぼうっとしていた。そのときだった。
空かずの扉が開いた。