9話
魔王軍残党を解放すると、彼らは戻ってきた魔王エクセルに対し、跪いた。
転生して子供になったとしても、彼らには分かるのだ。相手が敬愛すべき魔王様であると。
「魔王様、よくぞ、よくぞ転生されました……! 貴方が蘇るのを、首を長くしてお待ちしていました」
ラディッツは恭しく跪き、エクセルに思慕の眼差しを向けた。
「すまぬ。転生術の仕様上、一度子供に戻ってしまうからな。だが時間をかけ力を蓄えてきた、今ならば人間達と太刀打ちできる力を持っているぞ」
「あ……いえその……人間達の件で少し、ややこしい事になってしまっていて」
「ややこしい事? どう言う事だ?」
「口頭で説明しても、にわかには信じられないかと……それはまた、後程お話しします」
「分かった、ラディッツが言うのなら、正しい事だろう」
エクセルは地下牢を見渡した。
「さて、ここに収容されていた残党軍は……百と少し、といったところか」
『確か魔王軍は、もう殆どがポインターに捕まってるんだよな。あまり悠長にやってたら、戦力を集めるどころじゃないぞ』
「分かっている。だからこそここからは、電撃作戦で行こうと思う」
「? 魔王様、その……柴犬と、お話をされているのですか?」
「ん? まぁな。転生した際に手に入れた従者と言う奴だ、気にするでない。では」
地図を広げ、エクセルは現状を整理した。
「まずは私達の現在だ。私達は今、百の戦力と拠点を手に入れた。魔王軍残党は各地の拘置所へ連行された後、王都へと収集されていると聞く。そして私達が居るのは、王都から六十キロほど離れたブライド要塞。作戦を行うには、最良の位置関係だ」
『成程な。ここを落としたって情報は、早馬を使っても三日はかかる。でもって陥落の情報が伝われば、当然首脳陣は混乱するだろうな。その間に体勢を整えて王都に攻め込めば、相手の中枢を麻痺させた状態で戦う事が出来る』
「その通り。そして混乱に乗じて、拘束された残党軍を開放すれば、どうなると思う?」
『人間側にしてみれば捕虜が一転、敵拠点に深く侵入した大軍勢に早変わりだ』
「正解! 我々の目的は人間達の抹殺、そのためには広大なる拠点が必要だ。となれば、王都を陥落させ、この国を侵略するのがもっとも手っ取り早い方法だろう」
行動方針が固まった。あとは、実行に移すだけだ。
「ラディッツ、目的は以上だ。王都電撃戦の作戦立案を頼めるか?」
「はい……その前に、魔王様。一ヶ所だけ、攻略して頂きたい場所があるのですが」
ラディッツは、ブライド要塞の程近くにある集落を指さした。
「ここには、我々残党軍を支援してくれた、同志達が捕まっています。電撃戦を行う際に、力になってくれるはずです。今は戦力増強のために、彼らの開放を優先したいのです」
「ふむ、今は確かに戦力が必要な時ではあるな……分かった、ではラディッツを含む数名のバックアップを同行させ、私とこの従者で向かおう。残りの者はこの要塞の整備を」
『はっ!』
エクセルの帰還により、残党軍の士気は高まっている。
勢いのままグリーンとエクセルは、ラディッツの示した集落へと向かって行った。
◇◇◇
『魔王軍の協力者か。一体どんな奴なんだろう?』
「ラディッツが信じた者だ、それだけで信用に値すると言ってもよいのだが……なんだろうな、妙な胸騒ぎがする」
『奇遇だな、俺もだ。でも今それを気にしていても、仕方がない。人手不足の現状、一人でも戦力が欲しい。それに、物資も頂いて行かないとな』
グリーンとエクセルは、集落が見える丘にたどり着いた。
集落には兵達が巡回している。どうも制圧されているようだ。
「ふむ、魔族の集落のようだな。しかし、捕虜が収容されている場所は丁度、ど真ん中に位置しているな」
『ヘタに暴れたら巻き添えを食うな、なるべく効率よく行きたいが……さて、具体的にどうする。戦力と物資を同時に入手する作戦。ここは魔王軍の策士様に期待だな』
「ふ、ではラディッツ。集落開放の方法を聞かせろ」
「分かりました。基本軸は、魔王様が要塞を落とした時の策を少し応用します」
という事でラディッツ主導の下、集落開放戦が始まった。
二人が所定の位置に着いたところで、ラディッツは集落へ向け、あてずっぽうに雷を撃ち込んだ。
奇襲攻撃に兵士達の目がラディッツに向く。その瞬間、グリーンが兵達に飛びこんで、次々に兵を切り裂いていった。
突然割り込んできた柴犬に兵達は目を白黒させる。混乱の最中に、エクセルは捕虜が収容されている民家と、物資が貯蔵されている蔵に手を突いた。
「トラフーリ!」
同時に転送魔法を使い、ラディッツ達が待機している後方へ移動させる。これで思う存分、グリーンも魔法を振るえるようになった。
『生き残りが物陰に隠れたか。だけど無駄だよ、トラクタービーム!』
匂いと音で兵の位置を割り出し、グリーンは空中へ浮かせた。
これで連中は逃げられない。身動きの取れない兵をひと塊にし、口の中に火球を作り出した。
『ファイアボール!』
強烈な火球を叩き込み、兵達を一撃で気絶させた。
本当は全部吹っ飛ばすつもりだったが、やはり無意識に手加減をしてしまう。
『……やっぱ、俺には無理、かもな』
どうにも中途半端な自分が嫌になる。ともあれエクセルの下へ戻ると、彼女は物資の確認をしている所だった。
『どうだ、物資の具合は』
「これだけあれば充分だろう、王都侵攻において充分な量が備わっている」
『そうか。しかしまぁ、効率よく出来たもんだ。魔王軍の策士様ってのも頷ける』
「だろう?」
エクセルは満足げに鼻を鳴らした。
グリーンもほっとし、ラディッツを見やる。彼女は捕虜が収容された民家を懸命にこじ開けていた。
「えいっ!」
やっと扉が開くと、中から捕虜が出てくる。そいつを見てグリーンとエクセルは、驚いた。
「人間、だと?」
『協力者って、人間、だったのか!?』
そう、民家の中に収容されていたのは魔族ではなく、人間達だったのだ。
ラディッツはその中の、茶髪で精悍な顔立ちをした男に抱き着いた。
「マーレ! よかった、無事で……!」
「すまないラディッツ、心配をかけたな」
随分親密な様子で抱き合う二人。グリーンとエクセルは驚愕した。
「おい、ラディッツ!? 貴様、まさか人間と交際をしているのか!?」
「……はい、これが、先ほど言ったややこしい事、なのです」
『人間と魔族が、交際……』
グリーンは、唖然と呟いた。