8話
「ポインター閣下、今月の魔王軍残党、捕縛数のご報告に参りました」
謁見の間にて、宰相からの報告を受けたポインターは、満足げに笑みを浮かべた。
「予定数の数倍か。イグニ地区の兵達だったか? そいつらには特別報酬でも与えてやれ。頑張った者には、相応の褒美をやらねばな」
「かしこまりました。兵達も喜ぶかと思います」
宰相は恭しく首を垂れると、謁見の間から去っていく。
ポインターは目を細め、拳を握りしめた。
「順調に魔族が集まっているな。この調子ならば、計画もきちんと進められる。俺の名と姿を世界に広める計画、蒼の樹計画を」
立ち上がり、聖剣ロスヴァイセを振り返る。
英雄王として君臨したポインターだが、まだ彼は満足できていない。もっと、自分の名を世界に広める。その目的を達するために、魔族を利用したある計画を進めていた。
「魔王軍の残党狩りを進めれば、それだけ俺の名を広める事にも繋がる。くくく……さぁ、集え贄共! 俺が俺であるために、貴様らは養分となるのだ! はーっはっはっはっは……げふっ、ごほっ!」
笑い過ぎてむせ込んでしまう。もっとしゃんとせんか英雄王。
「き、緊急伝令、緊急伝令!」
と、突然謁見の間に兵士が転がり込んできた。
「た、たった今、ラトラニ地区のブライド要塞が……陥落しました!」
「な、何? ブライド要塞が、陥落!?」
ポインターは目を大きく見開いた。
「ブライド要塞は、王国内でも1,2を争う大勢力ではないか!」
しかもその要塞には、ある重要人物を収容していたはずだ。
「それを落とすとは……何者だ! 誰がブライド要塞を落とした!?」
「そ、それが……報告では、やたらと動きの速い、剣を持った柴犬に陥落させられたと……」
今度はポインターの目が点になった。
「……馬鹿か貴様! 子供でももっとまともな言い訳を思いつくぞ!?」
「で、ですが本当の事でして……こちらの映像石を、ご覧ください……!」
ポインターは急いで映像石を確認した。
そこには確かに……なんか妙に動きの速い柴犬が、超速で兵士達を倒す姿が映っていた。
◇◇◇
『あれがブライド要塞。俺が生きていた頃にはなかった物だな』
渓谷に挟まれるように作られた巨大な要塞を見やり、グリーンは鼻をくんくんさせた。
見た目はまるで、鋼鉄の城だ。固い城塞で固めた要塞には、無数の大砲が置かれている。匂いや足音から察するに、要塞内には三千人の兵が居るはずだ。
「渓谷を利用した、自然の要塞だ。しかも対魔法障壁を使っているから、そう簡単な攻撃では陥落どころか、城壁に傷一つ付けられん。考えたものだよな」
『確かに……それに、あそこに居るんだろ? ラディッツって奴が』
二人が旅を始めて、一週間。各地の街で情報収集を行い、二人はある情報を手に入れていた。
魔王軍残党を率いている魔族、ラディッツを捕縛したという情報だ。
『合流すると言っても、捕まってたら訳ないな。頭のキレる奴じゃないのか?』
「ああ。だが今回は単純に人類の知恵が奴を上回った、そう考えるべきだろう。さて、ピロートークはここまでにしておこう。ラディッツを救出するぞ」
『オーケー。それじゃ、暴れさせてもらおうか!』
グリーンはフックショットで要塞内へ突撃した。
宙から舞い降りてきた柴犬を、兵達は呆然と見上げている。その隙に剣を咥えると、グリーンは一瞬で兵達を切り裂いた。
「ぐあっ!?」
「な、んだこの柴犬!? あがあっ!?」
腕や足を切り、次々に行動不能にしていく。ただ、グリーンは命まで取ろうとはしなかった。
『ちぇ、俺も甘いな……まだ、元同族を殺せるほど割り切れていないって事か』
殺そうとしても、体が反射的に急所を外してしまう。かつて殺す必要のない魔族を、無意味に殺してしまった反動だろうか。
『今更命を奪うのが恐くなるとか、優柔不断すぎるだろ馬鹿! ヘタレ! ○○○が!』
口汚く自分を罵りながら、グリーンは瞬く間に兵達を戦闘不能にしていった。
途中でエクセルも参入し、透過の魔法を使って姿を消し、次々に兵を潰していく。グリーンを気遣っているのか、彼女も命までは取らなかった。
『お前、元魔王だろ。容赦なく人を殺すのかと思ったよ』
「ふん、私だけ殺していたら、貴様が気にするだろう。辛気臭い奴との旅なんざごめんだ」
『うるせっ、犬に気遣い無用だよ!』
そんな無駄話をしながら、三十分後。兵士全員を戦闘不能にし、二人は要塞を見事に陥落させていた。
『その怪我じゃ数日は動けないだろうな。後で地下牢にぶちこんでやる、ここの物資や設備は使わせてもらうからな。って、聞こえるはずないよな……』
グリーンの声が聞こえるのは、エクセルだけ。兵士達とはコミュニケーションを取る事が出来ない。
ともあれ二人は地下牢獄へと急いだ。
そこには、多数の魔族が収容されている。皆酷く疲弊しているようで、膝を抱え俯いている。
「やはり、噂は本当だったようだな」
『ああ、ポインターが、魔王軍の残党狩りをしているって話』
二年前、ポインター王は魔王軍の残党狩りを軍と冒険者に命じていた。
事の始まりは三年前、残党がポインター王暗殺を計画し、実行した事から始まる。それによって魔王軍残党の存在を知った王は、英雄王の後始末として魔王軍根絶に乗り出したのだ。
以来、各地で残党狩りが行われているのだが……奇妙な事に、ポインターは残党を生け捕りにしろと命じているのである。
『どうして殺すんじゃなくて、生け捕りなんだろう。嫌な予感がするな……』
「まぁ今考えても仕方あるまい。我々には、やるべき事がある」
二人はある牢屋で立ち止まった。
そこには、翼を持つ悪魔の女が、膝を抱えて座り込んでいた。山羊のような角を持っていて、切れ長の目が印象的な美女である。
両手足には枷がはめられている。エクセルは強引に牢をへし折り、鎖を引きちぎって女性を救出した。
「う……あな、たは……?」
「久しいな、会いたかったぞ」
エクセルはそう言うと、女性と目を合わせた。
「その目の、輝き……まさか、貴方は……エクセル様!?」
「そうだ、待たせてしまったな、ラディッツ」
エクセルは女性を抱きしめた。
彼女こそが、魔王軍残党を束ねる元幹部。ラディッツであった。