3話
エクセルに抱きかかえられながら、グリーンは帰路についていた。
こうやって抱かれていれば、会話をしていても怪しまれにくくなる。彼女からそう提案され、大人しく抱えられているのだが……。
(なんだろう、この悔しさと言うか、敗北感は……しかし、女の子って事もあってか、いい匂いがするなぁ……)
幼女に抱きかかえられ、ブンブンしっぽを振る元勇者。もうこいつ、ダメかもしれない。
「さて、互いに転生して再会出来た所で、もう一つ確認しなければならぬことがある」
『なんだよそれは』
「貴様の持つ、力の具合だ。転生術は本来、能力を引き継ぐはずなのだが、どうやら貴様は女神のミスでレベルが1に逆行しているらしくてな」
『なんだって? ミスし過ぎだろ命の女神!』
グリーンは思わず吼えた。生前のグリーンのレベルは100だ、それが一気にランクダウンした事になる。
そしたらエクセルは顎を撫で始め、
「飼い主に吼えるとはいい度胸だな、ほれほれ喰らえなでなで攻撃」
『あっあっ、おぉ~ん……ちょ、骨抜きになりゅう~……』
もう既に骨抜きになっとるがな。
「レベル1の柴犬とは言え、元勇者だ。それなりに力は残っているだろうから、明日改めて確認したい。今日は犬の体に慣れる事に集中するがよい」
『分かった。ただ、なんかもう半分以上順応しつつある自分が居るんだけど……』
色は識別できないが、動く物に関してはよく見えるし、近眼でも嗅覚と聴覚のお陰で頭の中に周囲の映像が浮かんでくるし。意外と犬の体が便利で、グリーンはもう慣れつつあった。
「その順応力、流石は元勇者だ。だがこれから待つ試練に耐えられるかな?」
『試練って?』
「すぐにわかる」
エクセルはにやりとした。
そしてその意味は、すぐに分かった。
「はーい、ご飯だよー」
自宅に戻ったエクセルは、エルフの娘としての顔になり、グリーンに食事を出した。
そう、犬の餌……ドッグフードを。
平皿に盛られた餌を見やり、グリーンは青ざめた。
「どうした? 犬が人と同じ物を食べるわけにはいくまい、それが貴様のご飯だぞ」
『あの、俺人としての感性残ってるんだけど。それ食わされるのすっげー屈辱なんだけど!?』
思わずわんわんと泣き叫ぶ。そしたらエクセルの母がやってきて。
「こら! 貴方がちゃんと世話するって言うから飼うのを許可したのよ、ちゃんとしつけが出来ないのなら元の場所に戻してらっしゃい!」
『げっ!?』
「分かったか、グリーン。それを食べられなければ、貴様は住む家を無くしてしまうのだぞ」
エクセルは意地悪く笑った。
仕方なく、グリーンはドッグフードに口を付ける。そしたら、
『ん? これは……ジャーキーみたいな味がする。それにカリカリした歯ごたえがまたなんていうかたまらないというか癖になるというか……あ、思いのほか美味いなこれ』
「おい、元人間のプライドはどうした」
『いや、意外とこれ、好きかも』
バクバクとドッグフードを食べる元勇者に、若干ドン引きする元魔王であった。
そして寝る時も、木箱に毛布を敷いただけの、犬の寝床を用意されているわけなのだが……。
『あ……程よく狭くて、毛布が思ったより温くて……これいい、サイコー……』
「……たった一日で犬に順応し過ぎだろう貴様……」
完全に犬が板についた瞬間だった。エクセルは呆れ、ため息を吐く。
「これではからかいがいがないではないか、ったく……」
エクセルがグリーンをからかう理由は。
まぁ、好きな子ほど虐めたくなる。と言う奴である。
◇◇◇
翌日朝早く、グリーンは森の中に作られた広場へ連れていかれた。
エルフ達はここで魔法や弓の訓練をするのだが、まだ夜明け前だ。この時間帯に来るエルフは居ない。
「貴様の力を確認するには、よい環境だな」
『具体的にはどうすればいい?』
「人間であった頃と同じ感覚で魔法を使えばいい。待っていろ、今敵を呼び寄せる」
エクセルはモンスターを呼び出す魔法、「コール」を使用した。
すると程なくして、木々の間からマンドラゴラが現れる。
『あいつを潰せばいいんだな、魔法攻撃からためしていいか?』
「そうだな、まずはファイヤボールでも使ってみてはどうだ?」
『成程、魔力コントロールとかのテストによく使われるしな。よし』
早速初級魔法、ファイヤボールを使った。手が無いので、口から火球を吐き出す感じで。
そしたら次の瞬間、爆音と同時に火球が飛び出した。
螺旋回転を描いて飛んだ火球は音速を超え、マンドラゴラを一撃で消滅させる。何本もの木々をなぎ倒して空へ飛んでいってしまった。
あまりの威力に唖然とし、グリーンとエクセルはぽかんとした。
『……俺、レベル1、だよな?』
「あ、ああ……おかしいな、拾った直後に「スキャン」で確認したのだが……」
エクセルは改めてグリーンの能力を見てみた。そしたら……。
「……これは」
『どうした?』
「い、いや……確かに貴様は、レベル1に逆行している。だがステータスが……生前の能力値をそのまま引き継いでいるのだ」
エクセルは表示したグリーンの力を見せた。そしたら確かに……生前カンストしていた能力値を、そのまま引き継いでいる。全能力値、999だ。
しかもレベル1になったから。
『……上限値まで、リセットされてないか?』
「うむ、ここからまた、更に強くなるな、これは……」
強くてニューゲームどころか、裏ボスになってニューゲーム状態だ。……柴犬だけど。
『……ちょっと郊外に出て、力を試してみたいんだけど、いいか?』
「……ああ、いいだろう」
◇◇◇
という事で、フィールドに出たグリーンは目につく魔物を片っ端から潰し始めた。
『おるぁぁぁぁぁぁぁっ! オレ様・お前・丸かじりぃっ!』
たまたま通りかかったギガンテスは、頭を一撃で噛み砕き、KOした。
『無限ファイアボォォォル! おらおらおらぁっ!』
たまたま見つけたスライムの群れは、ファイアボールをマシンガンのように撃ちまくってハチの巣にした。
『メガトン! キィィィィィック!』
お魚咥えたワイバーンは、犬の足で蹴り上げて一発KOできた。
『凄い、凄いぞこれは! つーか犬だから、人間よりも身体能力が上がってる!』
犬は最高時速70キロで走る事が出来、自分の身長の数倍もの高さを飛ぶ事が出来る。それに持久力も優れており、一日で百キロもの距離を走破する事も可能だ。
生前は最強の冒険者として名をはせたグリーンだ。それが犬の身体能力を手にした事で、より強化されている。
前世の力をそのまま引き継いだ彼は、世界最強の柴犬として転生したのである。
「……なんだこのチート犬……」
期せずして誕生した奇怪な生物に、元魔王は引き攣った笑いを浮かべた。