12話
グリーンとポインターはにらみ合い、視線で牽制し合っていた。
ポインターの手には、ロスヴァイセが握られている。グリーンの持つ剣よりも遥かに強力な聖剣だ。
「随分可愛い姿になったじゃないか、俺の飼い犬だったお前にはお似合いの姿だ、グリーン」
『うるさい。というかお前、俺の言葉が分かるのか』
「ロスヴァイセのおかげだろう。こいつには細工して、俺も使えるようにしてある。その関係で、もとの持ち主であるお前と精神的にリンクしているんだろうな」
ポインターはせせら笑った。
『ポインター、お前、一体何を考えている。近隣国を侵略したところで、この国に何か益があるのか! 無意味に領土を広げた所で、統治しきれるわけがない……強引な領土拡大は、他国民からの反感を買うだけだぞ!』
「別に? そんな連中は、力ずくで捻じ伏せればいい。そう、この世は、力さえあればなんであろうと許されるのだから!」
セフィロトの果実を掲げ、英雄王は叫んだ。エクセルは目を細め、
「分からんな、国王になり、聖剣も手にしたにもかかわらず、それ以上の力を求めるとは。どうしてそうまで、貴様は力を求めるのだ?」
「力無き者に、生きる価値などない。ただそれだけの、単純な理屈だよ。元魔王」
『エクセルの事までご存知とはな……』
「当然だ、力ある者には自然と視線が集まる……そう、俺のようにな」
両腕を広げ、ポインターは忌々し気に歯を食いしばる。
「……ようやく、ようやく世間は俺を見るようになった。だが……ここ数年俺が国民から何と言われているか、知っているか?」
『知るかよ。こっちは閉鎖された村に居たんだから』
「なら、教えてやろう。偽りの英雄王だ!」
国民は、気づきつつあった。ポインターがグリーンから手柄を奪い、王位を強奪した事を。
理由は各地で匿われた残党軍にある。人間と共存し始めた彼らは、エクセルが倒れた時の真実を、人間達に伝えていた。
それがじわじわと国内に広まり、次第にポインターの裏切りが伝わるようになった。彼は自分の裏切りを口封じするため残党軍狩りを始めたが、、広まった悪評を止める事は出来なかった。
『自業自得じゃないか、お前が俺にした事が、今になって跳ね返っているだけだろう』
「愚行は必ず明るみになる物だ。それに気づかぬ貴様のミスだな」
「黙れ! 第三王子として生まれ、誰からも見られず、評価もされず! 友も居ない! そんな中で、俺自身を見てもらうために、どれだけ苦心したと思っている!」
ポインターはロスヴァイセを叩きつけた。
「ようやく、ようやく俺を見てくれるようになったはずなのに……また周囲の人間達が離れようとしているんだ……それを止めるには、力! 力!! 力!!! より強い力を持って、成果を証明する他にないだろう!」
『……馬鹿野郎! 何、勝手に悲劇のヒーローになってんだ!』
ポインターの気持ちは、グリーンには痛いほど分かった。
彼も同じく、孤独を恐れ、人が離れる事に恐怖を感じた者。同じ痛みを受けていたからこそ共感できるし、許せなかった。
『そんな、自分勝手な理由で得た力なんか、誰も認めやしないだろ! 第一お前、何勝手に独りぼっちだと思い込んでんだ! お前には、お前には……俺が居ただろ! 同じ境遇に居た、俺が傍に居たじゃないか!』
「だが貴様はロスヴァイセを抜いた! 俺とは違い、力を手にしていただろう! その力に惹かれ、多くの人間が……俺の家族でさえもお前を見ていた! ずっと、ずっと疎ましく思っていたよ、力を持って、多くの人間に囲まれるお前の事を! だから、俺はお前が憎たらしかった! だから俺は、お前を殺したんだ!」
『じゃあ、何か? お前が俺に向けてきた笑顔は、全部嘘だったのか? 魔王と戦う中、苦楽を共にした時間は、全部嘘だったって言うのか!?』
ポインターはわずかに逡巡する。
不意に、記憶が蘇った。
グリーンが怪我した時、ポインターは迷わず彼を助けた。
ポインターが空腹の時、グリーンは自分の食料を分けてくれた。
野営の度に二人で夢を語り合っては、木剣を打ち合い、腕を磨き合った。
出会ってから、グリーンとポインターは、二人で長い時間を過ごしてきたものだ。
「……関係あるか、今、そんな事! 俺はお前を利用していただけ、それが事実だ! まだ俺に情を持つというのなら、すぐに壊してやろう。お前の妄想をな!」
ポインターはセフィロトの果実を口にした。
途端に体に変化が起こる。皮膚が黒く禍々しい物に変質し、腕と一体化したような翼が生える。人の身を捨て、ポインターは怪物その物になろうとしていた。
『力、力……力! これこそがこの世の全て! 愚民共、俺を見ろ! 俺は、俺は! 英雄王ポインターだ!』
魔の力におぼれ、ポインターは叫び続けている。グリーンは首を振り、剣を咥えた。
『止めなくちゃ……あいつは、俺が止めるんだ。やっぱ俺、あいつを嫌いになりきれない。どれだけ裏切られても、酷い事を言われても……俺は、最初に出来た友達を、見捨てられない!』
「全く、男と言うのは随分、手間のかかる生き物だな」
魔剣コーディネイターを抜き、エクセルは構えた。
「援護してやる、柴犬の身では手に余る、いや肉球に余るだろう? 友人同士、思いっきり喧嘩をして、胸の内を明かしてこい」
『ああ……行くぞポインター!』
思えばグリーンは、ポインターと本気で喧嘩をした事が無かった。
互いに本心を打ち明け、ぶつかり合うのは、初めての事。言葉ではない、互いの腕っぷしで雌雄を決するだけだ。
『ううう……グリィィィィン!』
ロスヴァイセを振るい、ポインターが襲い掛かる。グリーンはフックショットを駆使して駆け回り、魔装備で彼に立ち向かった。
幾度も剣が折れるが、剣は何度でも再生する。エクセルの援護を受けながら、グリーンはポインターを切り続けた。
『せいっ!』
一瞬で数百回もの斬撃を与え、ポインターから鮮血が飛び散る。だが彼は、全く意に介していない。
『効くかそんな物!』
ロスヴァイセが叩きつけられる。動きを読まれ、真正面からぶつけられたグリーンは地面を転がり、倒れ伏す。
エクセルも魔剣を弾き飛ばされ、蹴り飛ばされる。ポインターは、勇者と魔王を圧倒する程の力を得ていた。
『レベルリセットで、相当ステータスを鍛えたはずなのに……それを上回ってるのか……』
「なんたる強さよ……! 力に溺れただけではない、己の力を、存分に使いこなしている……!」
『貴様らに勝ち目などない、諦めろ』
ロスヴァイセを構え、ポインターが止めを刺そうと迫る。
何か手はないか。グリーンは考え、思いつく。
『エクセル、ちょっと痛いかもしれないが、頼めるか?』
「……なるほど、手が無い以上、それしかないか。やれ、グリーン!」
了解を得るなりグリーンは、エクセルの腹を剣で何度も突き刺した。
ポインターは驚き、一瞬手を止めてしまう。
『なんだ、血迷ったのか? 味方を殺し始めるとは』
『殺しているんじゃない……一旦レベルを、リセットさせてもらったのさ。エクセル!』
「あ、ああ……大丈夫、レベル1になったぞ、グリーン!」
自分のレベルがリセットされたのを受け、グリーンは立ち上がる。再び剣を咥え、戦い始めた。
『無駄だ、幾度向かってこようが、力ない貴様らに勝ち目など!』
『それはどうかな! 勝てないなら、勝つまで何度も戦うまでだ!』
跳ね返されても跳ね返されても、グリーンは愚直に戦い続ける。すると次第に、変化が訪れた。
グリーンがポインターを、押し始めたのだ。
『何故だ、なぜ、急に強く!?』
『教えてやるよ、俺は「レベルリセット」のスキルを持って転生してね……戦えば戦う程、強くなる柴犬になっているんだ!』
「さっき私を倒したのは、レベル上限に達するためだ……今のグリーンは、常にレベル1。貴様と戦えば、即効でレベル上限に達するだろうな」
レベル1になったグリーンとポインターでは、かなりのレベル差がある。そのため少しでも戦えば、弱小種の柴犬であるグリーンは、あっという間にレベルが上限に達する。
そしてレベルがリセットされ、また上限に達し、またリセットされ……その現象を意図的に行う事で、グリーンは戦う中で強くなっているのだ。
『ぐ……だが、貴様では俺に傷もつけられん! このロスヴァイセの力がある限り、俺に敗北は!』
『だったら、それと同じ武器を用意すればいいだけ! おりゃあ!』
グリーンはあえて、剣が折れる乱暴な切り付け方をした。
無数の刃が視界を狭め、ポインターはグリーンを見失う。更に剣を投げつけ、ポインターを怯ませると、その隙に彼は聖剣の兄弟剣、魔剣コーディネイターを咥えた。
『おおおっ!』
そしてその力を持ってして、ポインターの聖剣ロスヴァイセを粉砕した。
驚愕するポインター。しかしグリーンの魔剣コーディネイターもまた、砕け散っている。
『貴様の武器も、失せただろう! これなら』
『いいや、まだ武器は、あるさ。友達って言う、仲間が!』
グリーンの声に応えるように、
「せいっ!」
エクセルはポインターの体に手を突っ込んだ。
魔王の力を使い、ポインターを魔王化させている力の核を奪い取る。赤く光る宝玉を握り、エクセルはグリーンに放り投げた。
「終わらせろ、グリーン!」
『ばうっ!』
グリーンは宝玉を、噛み砕いた。
刹那、ポインターから力が抜けていく。黒い煙が立ち上ったと思うと、彼は元の姿に戻った。
同時にセフィロトの大樹も枯れ、崩れた。果実が力の核となっていたのだろう、自身を維持できず、消滅したのだ。
「負け、か……俺の……負け……」
『ああ、そうだ……俺の勝ちだよ、ポインター』
倒れたポインターに、グリーンは伏せた。
思いっきり戦ったから、もう体力がない。でも、なんだかすがすがしい気分だ。
『ロスヴァイセは壊した。セフィロトも消えた。生贄にした魔族達は、今頃エクセルの部下が救出しているだろう。お前の完全敗北だ、ポインター』
「……結局、最後は俺になかった物で、負けたか。俺はお前と言う友人を捨て、一人力に走った。だがお前は、友人の力を受けて勝利した。……それが全ての、差になったか」
『お前な……まだ失ってなんかないだろ。俺はまだ、お前と友達のつもりだぞ?』
「何?」
『……結局、裏切られても俺は、お前を見捨てられなかった。人生で一番最初に出来た友達を……殺す事なんて出来やしない』
「……お前は、俺を許すというのか? 自分を裏切った、この、卑怯な男を」
『いいや、許さない。だから、償ってもらう。それでチャラだ。この先色々大変だろうけど、俺も出来る限り手伝う。友達の尻拭いをするのも、悪くはないしな』
「ふ……この、お人よしめ」
グリーンとポインターは笑い合う。かつて、魔王討伐の旅をしていた頃のように。
エクセルはその様子を、微笑ましく見守っていた。




