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10話

 要塞に戻るなり、残党軍は解放された人間達との再会を喜んでいた。

 仲睦まじい姿の彼らを見ていて、グリーンとエクセルは複雑な心境になる。道中で聞いたラディッツの話を思い返し、グリーンは呟いた。


『……まさか、魔王軍残党を、各地の人間達が守っていたなんて』

「ラディッツの話では、我々が死闘を繰り広げた後……人間達の追撃により魔王軍は散り散りになったらしいな。だがその際に、敗れた魔族達を人間が匿ったそうだ」


 なぜ人間が敵であるはずの魔族を助けたのか。それが分からない。

 だけど魔族達は皆人間を受け入れている。十数年前には、本気で殺し合いをしていた間柄とは思えぬくらいに。


「魔王様、このような事態になっていた事をお話しできず、申し訳ありません……」

「いいや構わぬ。貴様がラディッツの伴侶となった、イーゲルとやらか」

「はい、お初目にかかります、魔王様」


 イーゲルはエクセルに跪いた。

 この男は、ラディッツを嫁に向かえていたのだ。


「聞かせてくれるか、ラディッツと出会うまでの経緯を」

「はい。ラディッツ達が私の集落へ来たのは、十三年も前の事です。その頃の彼らは、我々人間達に追われ、重傷を負っていました。そこを、当時の村長である父が助けたのです」

「勿論、私達は驚きました……ですが村長は、「同じ世界に生きる者同士、辛い時には手を差し伸べる。当然の事」。そう言って、我々を手厚く介抱してくれたのです」


 その後、各地に散った残党軍と連絡を取り合った所、同じ様に介抱してくれる人間が多数いたのだ。


「私達は確かに、いがみ合っていた仲です。ですが……彼らと生活を共にするうちに、争い続ける事がどれだけ愚かな事か、分かってきたのです」

「都市部の人間にしてみれば、妻のような存在はまだ受け入れられないかと思います。ですが地方に住む我々にとっては、同じ命の仲間です。それに彼女達と手を取り合う事で、より豊かな生活を営めるようになったのです」


 人間は高い知能で効率よく土地を開拓する術を学んでおり、魔族はその知恵を魔術でより発展させる。それを受けて人間はまた新たな技術を学び……という循環が出来ているという。

 しかもその輪は、王国各地で広がっている。目に見えぬところで、人と魔族の共存関係が広まりつつあるというのだ。

 魔族と協力している人間は、ポインターの残党狩りを阻止すべく、水面下で戦っている。今日まで残党軍が存続しているのは、彼らの力があったからだ。


『人間と魔族の、共存関係が出来ている……なんて……』


 グリーンは迷ってしまう。魔族の味方として人間を滅ぼすつもりでいたが、もし実行すれば、涙を流す魔族が出てきてしまう。そんな事、自分にはできない。


「……頭の中を整理したい。少し一人にさせてくれ」


 エクセルに気を遣われ、二人で要塞の奥に下がる。グリーンはしゅんとし、黙っていた。


『……どうしよう、俺達のやろうとしている事って、守ろうとしている魔族を悲しませる事になっちゃうよな』

「確かに、そうだな。閉鎖的なエルフの集落では、そこまでの情報を集められなかった。だが、だとしても私のやるべき事は変わらない」

『人間を滅ぼすのか?』

「いいや、そもそも私が人間を滅ぼそうとしていたのは、人間から奪われた魔族の土地を取り戻すため、それが一番の目的だ。人間の滅亡はその手段にすぎない。だがラディッツ達の様子を見るに、別の手段を取る事も可能だろう」

『まさか、人間と共存する方法を考えるのか?』

「そうだ。勿論主導権は私に握らせてもらうが、人間と魔族が共に過ごせる世界を作れれば、私にしてみれば一族の悲願、大陸の奪還を果たす事が出来るし、ラディッツ達を悲しませずに済む。その土台を作るには、やはり今の君主、ポインター王の打倒を目指すべきだ」


 残党狩りを主導しているポインターが居ては、人間と魔族が共存する世界を作れない。という事なのだろう。

 柔軟な思考と対応だ。だけどグリーンは割り切る事が出来ず、俯いてしまう。


「どうした、決心が鈍っているようだが?」

『……エクセルは、凄いな。よくそんな割り切りが出来るよ』

「それが統治する者だ。行政に自分の感情は必要ない、配下の者達に利益が出るかどうか、それを考えるだけ。統治者の頭は、単純でなければならないのでな」

『そっか……俺は、それが出来ないんだ……』


 情けないものだ、ポインターへの復讐を決めたはずなのに、もうそれがブレている。どうしてこんなに優柔不断なのだろうか。


『情けないな、自分で決めた事が、こんなにも簡単に崩れてしまうなんて……それでも俺、ポインターとは、戦いたいんだ……でもその理由が、全然見えてこない……』

「別に情けなくはなかろう、迷い、悩むのが人間だ。そんな時は、今一度振り返ってみろ。なぜ貴様は、ポインターと戦いたい? そんなに自分の意見がブレてしまう、理由はなんだ?」

『それは……あいつが俺にとって、最初に出来た友達だから、なんだ。俺、物心ついた時から両親が居なくて、孤児院で育ってね。でもそこに居た子達とは馴染めなくて、独りぼっちのまま十二歳で孤児院を出たんだ。それから、聖剣ロスヴァイセを見つけて、引き抜いて……それが縁で、ポインターと出会えたんだよ』

「それ以来、良くしてもらったんだったな。大切な友人として」

『うん。だから、あいつには嫌われたくなかった。周りの人達にも。本音を言うと、俺は誰も殺したくはない。でも嫌われないように、頑張って期待に応えて、戦い続けた。だから裏切られた時は凄くショックだった。友達だと思っていたのに、あんな事を、するなんて……』


 誰からも嫌われたくない、それが彼の行動原理だった。

 そのせいでグリーンは、自分の意見を持てず、言われるままに行動するだけだった。


「なんだ、貴様にもちゃんとあるではないか。貴様がポインターと戦う理由が。要は貴様は、友と決着をつけたいのだろう。かつて裏切られた事に対してのけじめを。その上で奴に謝らせたい。至極、単純な事ではないか」


 グリーンははっとし、もう一度自分の気持ちを振り返った。


『……確かに、そうだな。俺は、ポインターと決着をつけたい。あの時俺を裏切ったあいつに、「ごめんなさい」と言わせてやりたい。それに、そこらの兵すらまともに切れない俺じゃ……いざあいつと対面しても、切り伏せる事なんか無理だろうな』

「魔王である私にすら、殺した事を謝るくらいだからな。元々優しすぎるのだよ、貴様は」

『はは……エクセルに呆れられるかと思ったけど、ありがとう。慰めてくれて』

「気にするな。それになグリーン、貴様は極端に人と離れる事に恐がり過ぎている。確かに人間達は貴様に掌を返したかもしれんが、大多数は貴様とは無縁の人間、赤の他人ばかりだろう? そいつらに嫌われる事に、何を恐れる必要がある。どうせ今後、出会う事のない連中だろうに」


 そう言われてみれば、そうだ。ずっと独りぼっちだったから、誰かに嫌われる事に、怯えていた。


「貴様には私が居る、少なくともそれでいいだろう。話し相手が私しかいないというのも、むしろ好都合ではないか? 不要な人間関係に悩まずにすむのだからな」

『エクセル……ほんと、強すぎるよ。お前は。人間と魔族の共存なんて、かなりの難題だろ。よく迷いなく実行しようとするよな』

「何を言う。そもそも私が人間との共存を迷いなく選択できたのは、グリーンが居たからだ。何しろ、貴様と私は人間と魔族。それが転生し、分かり合えて、互いに協力関係にある。この関係は、まさしく人と魔族の共存関係であろう?」

『あ……!』

「この五年間、私達は一度でもいがみ合ったか? していないだろう。だから確信が持てる、人と魔族は共存できるとな」

『……それを聞けて、よかった。おかげで俺も、決心がついたよ』


 グリーンは立ち上がった。


『俺は、ポインターを叩きのめしたい。昔俺にやった事のけじめをつけさせるために。その上で、あいつに残党軍の追撃を止めさせる。互いに争わず、発展できる道があるなら、そっちを選ぶべきじゃないか。もう周りの連中がどう思おうが、どうでもいい。俺は、俺の友達と決着をつけるために、戦い抜いてみせる』


 誰からどれだけ嫌われても、もう構わない。犬になった自分には、関係のない話だから。

 友達であるポインターと、魔王エクセル。その二人のために戦う。


『頭を空っぽにして戦う、柴犬だったら、それでいいだろ。単純でさ』

「吹っ切れたようだな、勇者。では戻ろう。ポインターが残党を集め、何をしようとしているのか。それを確かめねばならん」


 ラディッツの下へ戻った二人は、改めて彼女から話を聞き始めた。


「ポインター王は、魔族を集めて何を企んでいる? 魔王軍殲滅なら分かるが、収集するのは理解が出来なくてな」

「それは、ある儀式を行うためです」

「ポインター王は、周辺国への侵攻を考えています。そのための力を手に入れる、そう王は言っていました」

『あの馬鹿、なんで周辺国に喧嘩を売ろうとしてんだよ……!』


 思えばポインターは、随分と自分を周囲に売り込もうとしていた。自分を見ろと言わんばかりに。

 王族の三男として生まれた彼は、その立場故に、誰からも見てくれなかったそうだ。


『……もしかしたら、あいつも俺と……』

「今それを考える時間はあるまい。やるべき事は王都への電撃戦、それしかない。奴がやろうとしている儀式には、心当たりがあるのだ」


 いつになくエクセルは深刻な顔をしていた。


『ポインターがやろうとしているのは、なんだ?』

「恐らくだが奴は、魔王になろうとしている。自分を魔族に、変えるつもりなのだ」


 グリーンの目が、見開かれた。

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