1話
全13話の短期連載です。
1話1話も短いので、さらりとお読みください。
「せいやぁぁぁぁぁっ!」
七日七晩にも及ぶ激戦の末に、ほんのわずかな一瞬が生まれた。
それを見逃さず、グリーンは聖剣を魔王の胸に深々と突き立てた。
血しぶきが飛び、魔王が断末魔を上げながら膝をつく。グリーンも力を使い果たし、大の字になって倒れた。
「見事だ……勇敢なる冒険者、グリーン……流石、人類最強の男……」
「お前も、強かったよ……魔王、エクセル……」
魔王エクセルが人類を滅ぼすべく、侵攻を始めて約二年。
滅亡寸前だった人類は最後の希望として、最強の冒険者グリーンに魔王討伐の依頼を託していた。
伝説の聖剣・ロスヴァイセを引き抜いた勇者である彼は、人類でただ一人、レベル100に到達した男。人間を超えた圧倒的な力を持ち、魔王と戦える唯一の存在だった。
迫りくる幾万の敵を強大な魔法で吹き飛ばし、卓抜した剣技で殲滅する。たった一人で魔王軍を全滅させ、彼は最後のボスである魔王・エクセルと対峙したのだ。
「結果、私は敗北し、お前が生き残った……喜ぶがよい、人類の……勝利だ」
「はは……ただ、俺は……長生きできそうに、なさそうだな……」
いかに魔王を倒したとしても、グリーンは人間。壮絶な力を受け止めるには、やはり体が小さすぎる。
全身に刻まれた呪いの傷が命を蝕み、激痛が走って気絶する事も出来なかった。
「ずっと戦い詰めだったんだ、少しは、平和な時間を過ごしたかったけど……俺の命一つで人類を救えたのなら、安い物さ……それに、魔王と言う好敵手にも、出会えたからな」
「グリーン……!」
この七日七晩に及ぶ戦いで、二人には奇妙な友情が生まれていた。
強者のみが分かり合える境地があるのだろう、グリーンとエクセルは戦いを通し、見えない絆を結んでいたのだ。
「例え世界の人々がお前を忘れても、俺だけは、お前を覚えているよ。……さようなら、エクセル」
「ああ……さらばだ、グリーン……よ……」
エクセルは事切れた。親愛なる魔王に祈りを捧げた後、グリーンは体を引きずりながら、魔王城を後にした。
◇◇◇
「グリーンだ、グリーンが戻ってきたぞ!」
外に出ると、待機していた後詰の部隊が出迎えてくれた。
レファレント王国第三王子、ポインターが率いる部隊だ。
ポインターは公国内でも有数の実力者であり、グリーン以外でただ一人、ロスヴァイセに触れ、操る事の出来る男でもあった。
その縁もあってか、グリーンとは身分を超えた友情を結んだ男である。あいにく力の差から共に前線へ立つ事は出来なかったが、これまでグリーンを影から支え続けた、大切な相棒である。
「グリーン、よくぞ戻られたぞ!」
「王子、殿下……ええ……依頼された、魔王の討伐……只今、完了いたしました」
瞬間、兵士達が歓声を上げた。
人類は救われた。これで、平和な日々が戻ってきたと。
「大儀を果たし、ご苦労だったな、グリーンよ。今は、存分に休むがよい。さぁ、装備を外せ。鎧を着たままでは、寝る事も出来まい」
「殿下……ありがとう、ございます」
ポインターに手を借りて、グリーンは装備を外し始めた。
聖剣ロスヴァイセを彼に預け、一息つく。その瞬間、ポインターの目が、ぎらりと光った。
「ああ、そうだ……休むがいいグリーン。永遠にな」
瞬間、ロスヴァイセがグリーンの胸を貫いた。
突然の凶行に、グリーンの目が見開かれる。ポインターはにやりとし、
「これで、ようやく我が手にロスヴァイセが戻った。礼を言うぞ」
「で、んか……な、ぜ……?」
「ずっと、貴様が疎ましかったのだよ。私は王族の中で、唯一ロスヴァイセに触れ、操る事の出来る男だ。だが……貴様がこの剣を最初に引き抜き、私以上の強さを持って、勇者だなんだと騒がれた。はっきり言って貴様は、邪魔でしかなかったのだ」
ポインターは剣を引き抜き、グリーンを蹴り飛ばした。
「だからずっと、友達ごっこを通して、機会を待ち続けていた。貴様が魔王を倒し、弱り切る瞬間を。その甲斐があったよ、こうして聖剣ロスヴァイセと、魔王討伐と言う大手柄を持って帰国できるのだから。私は第三王子だ、今のままでは、兄上達の後背を拝む事しかできない。王の座に着く事が、出来ないのだ」
「な……んだ……と……!」
「この功績をもってすれば、私が兄上達を蹴落とし、王の座に着く事が出来るだろう。それが叶う今、貴様にもう用はない。さようならだ、我が親愛なる勇者殿」
ポインターは手を翳し、グリーンへ爆炎を放った。
装備を奪われ、魔王との戦いで疲弊した彼に避ける術はない。生きたまま、業炎で焼き払われた。
「ポ、インター……ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
信じていた友の裏切りに遭い、勇者グリーンは、その命を潰えてしまった……。
◇◇◇
(ゆるさない……ポインター……お前だけは、お前だけは……許さない……!)
息絶える直前、グリーンは裏切った親友への怒りを燃やしていた。
(友達、だと、思っていたのに……! あんな、あんな……! 復讐、してやる……例えこの身を焼かれ、魂だけになったとしても、必ず棺桶から這い出して……! お前を、殺してやる!!!)
その心の叫びを最後に、グリーンの命は消え去った。はずだった。
―汝、転生を望むか?
不意に、頭の中に声が聞こえた。
―無念のまま死にゆく者よ、その無念、果たさずして死にゆくか?
(嫌だ……俺は……ポインターに復讐をしてやりたい! 俺を裏切った、あいつに……何万倍もの仕返しをしてやりたい!)
―よかろう、なれば聞き入れよう。勇者の力を来世へ引き継ぎ、その無念、果たすがよい。
次の瞬間、グリーンはびりりと、電気が走った様な感覚を覚えた。
気が付けば、魔王から受けた呪いの痛みが無くなっている。それだけじゃない、体が軽い。それになんだか、毛皮に包まれているように、体がポカポカと温かい。
(あと、色んな匂いが、鼻に入ってくる……?)
草の匂い、土の匂い、美味しそうな料理の匂い……あらゆる情報が匂いとして、頭の中に叩き込まれてくる。目が見えてなくても、周囲の光景が、くっきりと想像できるほどに。
(なんだ、何かがおかしい。俺の体に、何が起こったんだ?)
次の瞬間、グリーンに全ての感覚が戻った。
体が動くようになり、立ち上がってみる。そしたら早速違和感が。
……なぜか、四つん這いになって立った感じがした。
(……え? おいこれ、まさか!)
恐る恐る目を開く。するとグリーンの目に、モノクロの景色が浮かんできた。
十メートル先も見えない程視力が落ちている。ただ何か、生物が動いているのだけは確認できた。
(目が……景色が……! そう言えば聞いた事ある……あの生き物は、色をしっかり認識できないって!)
「あ、ハチ! ごめんごめん、お散歩の時間だったよね」
少女の声が聞こえた。その声がやけに大きく聞こえる。耳も遥かに良くなっているようだ。
モノクロの景色の中に、女の子の姿が浮かび上がる。長い耳に、やけに光っている髪。エルフの少女だ。
「お母さん! 私行ってくるね! さ、行こっかハチ」
グリーンはその少女に無理やり連れていかれる。その途中に、鏡があった。
そこに映った自分の姿を見て、グリーンは愕然とした。
鏡に見える姿は、もふもふとした毛皮に、可愛らしい四つ足。ふわふわでくるりと丸まった尻尾と、なんか笑ったような、愛らしい顔の……子犬だ。
(これ、これって……! 柴犬じゃねぇかぁぁぁぁぁっ!?)
仲間に裏切られ、殺された勇者グリーンは。
何故か、柴犬に転生してしまったようです。